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第28話 予見!丈太危機への道

「キノコ重人とタケノコ重人が敗れた、か……」


 いつものビルのフロアの一室で、報告を受けた甘味飽食がそう呟いた。その手の上には、彼が口に含もうとしていたはずのチョコレートが所在なさげに乗ったままである。人の体温で溶けるほど繊細に作られたそのチョコレートからは、甘いカカオの香りが漂っていて、じんわりと飽食の手で溶け広がっていくようだ。しかし、飽食はそれを意に介さず、黙ったまま何かを考えているようだった。


「まさか、あの二体が撃破されるとはな。ファイアカロリー、それほどのものか?」


 飽食はまた呟き、ようやく手の上のチョコを口に入れた。手に残った溶けたチョコも丁寧に舐めとるが、その甘さを味わう余裕は感じられない。それほど、あのキノコ重人とタケノコ重人の敗北がショックであるらしい。


 というのも、キノコ重人とタケノコ重人は、小麦が提案した中でも特に優秀な部類に入る重人であったからだ。戦闘能力は元より、人を太らせるという至上の命題をこなすにもうってつけな能力を持っていた。どちらもそれ単体ではカロリーが高くないとはいえ、キノコやタケノコは食材として非常に日本人の口に合っている為、容易く人を暴飲暴食させるに足ると、他ならぬ飽食が太鼓判を押していたのである。


 にもかかわらず、あの二体は倒された。しかも、各個撃破されたのではなく、二体同時にだ。ここまで来ればファイアカロリーが、想定以上の力を持っていると認めねばならない。計画の練り直しが必要なのは、誰の目にも明らかであった。


「今回の事で、重人の存在がまた広まりつつあります。如何いたしますか?」


「……本来であれば、秘密裏に行動するのが一番だったがな。ファイアカロリーがこれほどの戦士であるならば、ある程度の戦闘能力を持った重人でなければ止められんだろう。隠密性はこの際捨ててもよい。我々の目的はあくまで、全人類の肥満化だ。これまで以上に高カロリーの重人を用意せねばならんな」


 皿の上に乗せられた最後のチョコレートを摘まみ上げ、飽食はゆっくりとそれを食べた。そのまま目を瞑れば、鼻に抜ける程のカカオの香りが口の中に充満し、後から震えるほどの甘さが追いかけてくる。本来であればこれほど幸せな時間はないはずだが、どうにも後味が悪いのは、チョコのせいではない。これが敗北の味なのだ。糖度の低いものは決して口にしないという彼だが、この時ばかりはその苦味から逃れられそうもない。


「……ちっ。おい、アレを出せ」


 そう呟くと、一人のメイドが前に出て、薄い赤色に染まった液体――ニトロを飽食の前に差し出した。

 そのニトロを一気に飲み干した飽食は、黙って静かに食事を終えると、後はビルの窓から外を眺める行為に移った。その背には、静かな怒りが湛えられているようであった。





「へっくし!……あー、寒。風邪ひいたかなぁ…」


 秋をすっ飛ばしてやってきたような冬の寒さが身に染みる。くしゃみをする丈太は学校に向かいながら独り言ちた。一晩ゆっくり休んだとはいえ、強敵との戦いの後で、まだ少し疲れが残っているのかもしれない。だが、彼の心はとても晴れやかである。

 自分を、ファイアカロリーを求め、応援してくれる子供がいた。つい十日ほど前までは何をやってもうまくいかず、いじめられて死にたがっていた自分をだ。



 キノコ重人とタケノコ重人を倒した後、丈太はそっとその場を後にした。あれほどの大技を放ったのに、いつものようにエネルギー切れで変身が解除されることもなく済んだのは、それだけあの粉塵爆発で発生した炎と熱エネルギーが大きかったということだろう。顛末を聞いた栄博士によれば、それは偶然の産物であり、同じ結果はそうそう起きないだろうということであった。

 外部からの熱エネルギーをファイアカロリーが吸収し、応用することは可能だが、ファイアカロリーの必殺技に必要なほどのエネルギーとなると、それはかなりの火勢が必要となるらしい。ライターやマッチの炎などでは、とてもファイアカロリーのエネルギーを補填することはできないのだ。だが、その度に大爆発や火事を引き起こす訳にもいかない。そう言う意味で、それは偶然の産物なのである。


 それにしても気掛かりなのは、あの二体の重人がもたらした影響の方だ。明香里がサービスで貰ったと言って持ち帰ったあのキノコとタケノコは、夜の内に博士がコッソリ処分したようだが、どうやら後から調べた所によると、あの重人達は昼前からタケノコとキノコを配っていたという。となると、丈太が止めに行ったあの頃には、既に相当数のタケノコとキノコがばら撒かれてしまったことになる。大っぴらに保健所などが声明を出してくれる訳でもないので、貰った人達がそれらを食べるのを止める手段はないに等しい。肥満化の影響を受ける人は少なくないはずだ。


 結局、今後は博士がMBN系肥満の治療薬を迅速に作るということで、結論は出た。丈太に出来ることは、少しでも多くの重人の活動を食い止める事のみだろう。


「だいぶ新しい技も増えてきたしなぁ。博士はエネルギー効率についても考えてくれるって言ってたし、この調子なら、もっとヒーローらしくなれるかもしれない。……へへっ、楽しみだな」


 キノコ重人とタケノコ重人との戦いでは、敗北寸前まで追い詰められたものの、また新しい技を身に着けたお陰で勝利することが出来たのだ。気がかりなことは残っているとはいえ、これだけの戦いを勝ち抜いてきた事は丈太にとって初めての成功体験と言っていいだろう。

 炎堂流の男子に生まれながら、また両親や弟妹達のような優れた運動能力を持たず、逆に運動が大の苦手であった丈太にとって、今の状況は何よりも楽しく心弾むものであった。だからだろうか?この後に続く戦いで、丈太は大きな危機に見舞われることとなる。


 その厳しい戦いは、すぐ傍まで迫っていたのだ。

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