「ウオオオオオオッ!で、出番これだけっ!?バァーニーィィィングッ!」
光を放ちながら激しい火柱が上がり、重人が倒れた。その重人の名は、バナナピーマン重人といい、薄い黄緑色をした細長い形のピーマン状の頭を持つ重人である。柔らかく甘い為、子供にも食べやすいという特徴から主に子供をターゲットにしていたようだが、あまりにも認知度の低い野菜であるせいか敬遠されてしまい、まごついている所をファイアカロリーに退治されたのだった。
「ふうっ!……あっ!では、サラバだっ!」
ポカンとした顔で戦いを見つめていた幼稚園児達の視線に気づき、ファイアカロリーは慌ててその場を後にした。正直に言ってあまり強い重人ではなかったので、エネルギー切れで変身が解ける事もなく、何も問題の無い戦いだった。
コッソリ隠し持っていた自分用の道着のお陰で、今回は戦闘後のストリーキングに悩む心配もない。道着は帯で締める事が出来る為、多少サイズが合っていなくても着られないことはないのである。ちゃんと下着も用意してあって、まさに全てが順調…いや、この後起きた出来事の事を考えれば、順調すぎたと言ってもいいのかもしれない。
「最近は戦いにも慣れてきたし、いい傾向だなぁ。ハイカロリーめ、このまま基地に乗り込んで全部倒してやろうか。…なんてね」
あははと笑いながら、丈太は空を見上げている。道着姿の男が道端で笑っているのは、少し危ない感じがするが、そんな人の目を気にしないくらい丈太は浮かれていた。
そんなある日のこと。
その日は日曜で、学校も休みである。丈太は久し振りに趣味の料理でもしようかと、食材の調達へ出かけることにした。
「シュウジさんの料理動画で、気になってたのがあるんだよな~!ここんとこ、ゆっくり料理する余裕もなかったから久し振りにたっぷり作って食べよっと!」
シュウジというのは、ネットで有名な料理系のインフルエンサーである。ザ・男の料理!という感じで、様々な手抜きと多彩な食材の組み合わせをフルに使って、簡単でズボラだが味は一級品という、謎の創作料理をSNSで公開している人物である。名前こそシュウジというが、普段は仮面で顔を隠していて、声もボイスチェンジャーで変えているので男か女かも解らない。そのミステリアスさもウケているようで、ファンもかなり多いようだ。そして、何を隠そう丈太も、シュウジのファンの一人であった。
丈太は勢い込んで商店街に向かうと、八百屋や肉屋などを廻って食材の購入に努めている。
「おう、いらっしゃい!おお、炎堂さんとこの丈太君じゃねぇか。何だか久し振りだなぁ」
「あ……肉屋のおじさん、退院したんだね。おめでとう」
立ち寄った肉屋にいたのは、あのウシ重人に変身していた肉屋の主人である。彼は、仕入れている自慢の高級肉が売れないことに不満を持ち、惣菜ばかり買っていく客に憤っていた。そんな心の闇を見抜かれて、重人にさせられてしまっていたのだ。丈太に敗れて普通の人間に戻った彼は、自分がウシ重人として暴れていた事など一切覚えておらず、調理中に失敗をして全身に軽い火傷を負い入院したことになっている。
「ははっ!まぁ、入院ったって、大した怪我じゃなかったからな!でも、なんであんな全身に火傷したんだが覚えてねぇのが困るんだよなぁ。カァちゃんにもだいぶ怒られちまったしよ」
「あ、あはは……」
止むを得なかったとはいえ、その火傷を負わせたのは自分だとも言えない丈太は、ひたすら愛想笑いで誤魔化す事しか出来なかった。丈太の一家は、ずっとこの街で炎堂流の看板を掲げてきた一家である。その為、丈太も幼い頃から商店街の人達とは顔見知りであった。
更に言えば、炎堂家は門下生を集めてよくBBQをやったりするし、先日のように父・豪一郎が門下生を連れて山籠もり合宿をすることもある。そんな時に食材を調達するのがこの商店街で、中でもこの肉屋は、食欲旺盛な荒くれもの達を率いる炎堂家が大のお得意様なのだ。
そんな小さい頃からよく知っている肉屋の主人がウシ重人にされてしまった事に、戦いが終わった後の丈太が酷く動揺していた。
栄博士は、重人の素体となる人物は犯罪者である事が多い傾向にあると言っていたが、肉屋の主人は普通の一般市民である。彼は特に犯罪をしていた人間ではないし、比較的善良な人間の部類に入る人物だろう。そんな人間でさえ、心に抱えていた怒りや嫉みなどの誰にでもある心の闇を利用されてしまったのだ。ハイカロリーの恐ろしさは、そんなすぐ身近に潜んでいることではないかと、丈太は思っている。
「それじゃおじさん。えっと、今日はスペアリブ五人前で。それと、まだ寄る所があるから保冷剤もお願い」
「あいよ!」
上機嫌で肉を用意するその姿を見て、丈太は内心ホッと胸を撫で下ろしていた。重人にされてしまうほどの鬱屈した思いも、こうやって働く姿を見ているとほとんど感じられない。この分ならば、もう心配はいらないだろう。これまでに丈太が倒してきた他の重人達の素体となった人々も、まともな生活をしていてくれればいいなと、丈太は願っている。
その後で八百屋によって野菜を買い、ショッピングモールの輸入品専門店で必要なスパイスを買った丈太は逸る気持ちを抑えて家路に着いた。後は帰って、のんびり動画を見ながら調理して食べるだけである。足取り軽く進む中、帰り道にある公園へ差し掛かった頃、突然栄博士から通信が入った。
――丈太君、今どこにおる!?近くに重人の反応があるぞ!
「え?こ、こんな所で!?……って、あれは」
何となく覚えのあるシチュエーションだったが、それは以前見たものとは少し違う光景であった。公園は多くの人達でごった返しており、そのお目当ては大きな鍋で作られた芋煮である。そう言えば、少し前の回覧板で、芋煮会イベントをやるとお知らせが入っていたが、それは今日ここでだったらしい。芋煮の美味しそうな良い匂いが公園の外にまで漂ってきていて、その匂いに釣られてたくさんの人達が集まって来ているようだ。
「あれって、町内会の……。って、もしかしてあの中に重人がいるのか?嘘だろ…!?」
芋煮イベントを行っている町内会の人々は、いずれも丈太の顔見知りばかりだった。その中でも、恰幅のいい老人は現在の町内会長をしている
「列の先頭はこちらでーす!慌てなくても芋煮はたっぷりありますから、落ち着いて並んでくださーい!」
そんな中、多くの参列者を捌いていたのは、あの凄まじくマズいパン屋の主人、飯場小麦だ。丈太達は彼女がハイカロリーの幹部であることは知らないが、彼女は何か企みがあるようである。
(ふふ……合法的に、何も怪しまれることなく多くの人間に
二重の意味で恐ろしい計画を立てる小麦だったが、その計画は未遂で終わる。その場に居合わせた丈太が、ファイアカロリーに変身して現れたからだ。
「待てっ!」
突如現れたファイアカロリーは、公園のアスレチック遊具の一番上で名乗りを上げた。公園内にごった返す人達は、ファイアカロリーの登場に驚き、時間が止まったように皆が動きを止めた。
「俺の力は正義の炎!脂肪と糖が明日への活力!燃やせ、命動かす無限のカロリー!俺は炎のダイエット
「なんだなんだ?ヒーローショーか?」
「…何あれ?ダサくない?」
「っていうか、芋煮イベントで邪悪な企みって……何言ってんの?」
市民たちの多くは、それを何かのイベントだと思っているらしい。誰もが本気で取り合わず、どちらかというとファイアカロリーに非難的な視線を向けている。その中で、小麦だけは複雑な目でファイアカロリーを見つめていた。
(コイツが、ファイアカロリー……!散々私達の邪魔をしてくれたヤツね。丁度いいわ、もう十分芋煮を配った所だし、後は
そうして小麦は、ファイアカロリーに気取られないよう、そっと人混みに紛れてその場を後にした。どうやら、他にも重人がいるようである。それと入れ替わるようにして、それまで芋煮を配っていた