「そうだ、一条拓斗! これは禁呪だ! 外道の技が許されるのか!?」
おれは霧状のダスティンに向けて、薄く笑みを向ける。
「へえ、禁呪だったんだ。でもこの国じゃまだ禁じられてない。日本じゃまだ合法だよ、この禁呪は」
「よせ! やめろ!」
「断る」
発動に向けて、着々と魔力を注ぎ込んでいく。
「そ、そうだ、一条拓斗! お前も
「ふーん……」
「真面目に聞いてくれ! 永遠だぞ! 欲しくはないのか? 人類の夢だぞ!」
「お前は一度、おれとの会話を一方的に中断した。聞く必要があるか?」
「それは謝る!」
「謝るのはそれだけか?」
「フィリアにも、あの紗夜という少女にも謝る。いや他の男たちすべてにも! 許してくれ、頼む! こんなところで終わるなんていやだ!」
ダスティンの声はより必死で、泣いているかのように震えていく。
「お願いだ、助けてくれ……! 寂しかっただけなんだ……! 『闇狩り』ハーカーどもにやられて、ずっと隠れて生きてきたんだ。独りだったんだ! そして気づけばこの空間に閉じ込められていた……人恋しかったんだ! 誰かに会えてはしゃいでしまっただけなんだ!」
「タクト様……」
フィリアがおれを見上げる。その黄色い綺麗な瞳が、なにを言わんとしているのかはわかる。
「同情しちゃダメだ。友好的な上級吸血鬼は何人か知ってるけど、はしゃいだからって、人の心の操り、支配しようなんてやつはひとりもいなかった。加害者の、ただの言い訳だ」
「仲間や、家族が欲しかっただけなんだ……私には、こうして作る方法しか知らなかったんだ! 教えてくれれば、貴方がたの友になれる……! だから助けてくれ!」
「たくさんのパーティを引き裂いたお前に、仲間を語る資格はない。なにより、おれのフィリアさんを乗っ取り、永遠に奪おうとしたお前を許せるわけがない」
「フィリア、貴女からも言ってくれ!」
「……貴方とは相容れませんでした。そして先ほど、わたくしの体の中にいたときも、言葉とおりの邪悪さを感じました。残念です。貴方の居場所は、ここには無いのです」
「そん、な……!」
魔法は、いよいよ最終段階に入る。対象の周辺に障壁が張り巡らされる。
「フィリアさん、こちらにも防壁魔法を! 発動させたらすぐ逃げるよ。走れるかい!?」
フィリアはすぐ従ってくれる。口移しで飲ませた魔力薬の効果か、強力な防壁魔法を発動させる。
「はい、こちらは大丈夫です!」
「うぁああ! いやだぁあああ!」
「孤独のまま消えろ、ダスティン! ——
元素破壊魔法が発動。閉じ込めた障壁内で、ダスティンの
崩壊した
消費した魔力の大半は、その障壁の維持と、元素破壊によって発生する放射線の除去に使われる。
おれはフィリアの手を引いて駆け出した。地下貯蔵庫を抜け、階段を駆け上がり、なおも全速力で離れていく。
その最中、ついに地面が大きく揺れた。
廃墟となった屋敷が、その地盤とともに吹き飛ぶ。遅れて、轟音とともに凄まじい熱風が吹きすさんだ。周辺の木々をなぎ倒す。舞い上がった土砂が降り注ぐ。
フィリアの防壁魔法のお陰で、こちらに被害はない。
今回崩壊させた
やがて爆風も地震も落ち着いた頃、フィリアは青くなった顔をおれに向けた。
「タクト様、これは……やはり禁呪であるべきです……」
「うん……まあ、そうだね。こんなことがなければ、おれも使いたくなかった……。ごめん、怖がらせちゃって……」
「いえ……このような魔法まで操るなんて、やはりタクト様は凄いお方です。それに比べてわたくしは——」
と、そのときトランシーバーに反応があった。丈二からの連絡だ。
『一条さん、ご無事ですか! 今の爆発はなんですか!?』
「無事だよ。ダスティンを完全消滅させたんだ。その影響」
『あの凄まじい威力で消し飛ばしたと?』
「いや順番が逆。
『は……?』
丈二は言葉を詰まらせた数秒後、大声を上げた。
『つまり核爆発ではないですか! すぐ避難を! 放射線が——』
「落ち着いてくれ! 放射線は出ない! そういう魔法なんだ」
『そ、そうなのですか? ですが……』
「本当に問題はない。
『……でも核爆発なのですね? 一条さん、非核三原則はご存知ですか?』
もちろん知っている。核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」という日本の原則だ。
「でも魔法は核兵器じゃないし……」
『それを操るあなた自身が核兵器という解釈もできてしまいますよ』
「えっ。じゃあ……秘密、ね?」
おれは丈二には見えていないのに、つい唇に人差し指を立てた。
それを見ていたフィリアが、ぷっ、と吹き出す。同じように唇に指を立てる。
『……善処します。まあ、厄介な騒ぎになることは、上も望んではいないでしょう……。ですが、その魔法については現時点から国家機密扱いになるとお考えください。使用も、存在の開示も、決してあってはなりません』
「……うん。思ったより
『この件はまた後ほど。それより、フィリアさんは?』
「お陰様で無事だよ」
『それは良かった』
「結衣ちゃんたちのほうは?」
『先ほど連絡がありました。被害者含め、全員無事だそうです。これから合流します』
「良かった。おれたちもすぐ行くよ。待っててくれ」
『いえ、ゆっくりでいいですよ。せっかくのふたりきりなんですから。では』
丈二は会話を打ち切った。
フィリアとふたりきりだと意識すると、どきりと胸が跳ねてしまう。
見ればフィリアは、先ほど口元に立てた指で、なにかを確かめるように唇を撫でていた。
「あの……タクト様、先ほど……」
それはきっと、魔力薬を飲ませるためにした口づけのことだ。
「ご、ごめんフィリアさん! さっきのは、無しにしてくれないか!?」