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第90話 今回の勝利はみんなのものだ





 おれがフィリアさんと手を繋いでみんなのもとに戻ってみると、紗夜を中心に、丈二も結衣もはしゃいでいた。


「……なにしてんの君たち?」


 見事な変身を見せていた紗夜は、びくぅっ! と体を跳ねさせて振り返った。


「ち、違うんです、先生! 遊んでたわけじゃないんですっ!」


「ノリノリでポーズ取ってたのに?」


「結衣ちゃんと津田さんにそそのかされたんですよぉ〜!」


「ユイ……変身までしかお願いしてない、です」


「私は、一度試してもいいのでは、と提案しただけです」


「いや、君らもノリノリで撮影してるじゃん」


 結衣と丈二は顔を見合わせて、苦笑する。


「ははは。それよりフィリアさん、ご無事でなによりでした」


「はい、ありがとうございます。みなさまのお陰で、無事に戻ってこられました」


「うん、今回の勝利はみんなのものだ。おれひとりじゃ、ここまでできなかった」


「えへへ……ユイも、モンスレさんや武田さんのお陰で、紗夜ちゃんを助けられました」


「ご迷惑をおかけしましたっ」


 深く頭を下げる紗夜である。


「迷惑なんてかけられてないよ。みんなも無事で本当に良かった。ところで吾郎さんは?」


「武田さんは今は寝ちゃってますけど、起きたらきっと喜んでくれると思いますっ」


 といったところで、丈二、紗夜、結衣の視線がおれたちの手のほうに向いた。


「あ、先生……。今度こそおめでとう、ですよね?」


 ちょっと照れるが、フィリアと繋いだ手は離さない。


「あははっ、うん。ありがとう」


 フィリアもはにかみの笑みを浮かべる。


「はい。わたくしたち、お付き合いすることになりました」


「わぁ、おめでとうございますっ!」


 紗夜は大喜びで祝福してくれる。丈二や結衣も、拍手だ。


「いや、そんな騒いでくれなくてもいいっていうか、あははっ、ありがとう」


「ふふっ、こそばゆいです」


「……って、おれたちまではしゃいでどうするのさっ。迷宮ダンジョンなんだから、周辺の警戒はしっかりしとかないとっ」



   ◇



 それからおれたちは、持ち回りで周辺を警戒しつつ、野営に入った。


 拘束中の半下級吸血鬼たちは、回復は始まっているが、完全にもとに戻るにはあと数日はかかりそうな様子だった。


 安全な地上で回復を待ちたいところだが、彼らが魔素マナの欠乏で死亡する可能性もある以上、連れて帰るのはやめたほうが無難だ。


 迷宮ダンジョン内に放置するわけにもいかず、おれたちも近くで寝泊まりすることになったのだ。


 そうして数時間後。毒から復帰した吾郎も加えて、ささやかながら打ち上げを始めた。


 襲ってきた魔物モンスターを返り討ちにして、各々で料理の腕を振るった。ちなみに、吾郎は意外に料理が上手かった。


 食事を囲んで和やかな雰囲気ではあるが、手元に武器を置いて魔物モンスターを警戒し続けなければならない。


「例の吸血鬼ヴァンパイアの屋敷が使えりゃ、少しは気が休まるんだがな」


 肩をすくめる吾郎に、丈二は首を振った。


「あそこはまだ封魔銀ディマナントが漂っていますよ。魔物モンスターは近づかないでしょうが、半下級吸血鬼化した彼らにどんな悪影響があるか……」


「わかってる。せいぜいこの焚き火が、魔物モンスターを遠ざけるのを期待するしかねえな」


「まあまあ、もう少し辛抱すれば帰れるからさ」


 結衣は嬉しそうに頷く。


「はい……。楽しみです。帰ったら、紗夜ちゃんとイチャイチャする、ので」


「イチャイチャじゃなくて、お部屋探しだよっ。も〜、すぐ百合営業するんだもん」


 笑ってツッコむ紗夜だが、おれには結衣が本気に見えた。それは言わないでおく。


「みなさんは、帰ったらなにします?」


「いつもと変わらねえな。うちの若えのに説教して、また特訓して迷宮ダンジョンに挑むだけだぜ」


 吾郎の返事に、丈二も続く。


「右に同じですね。やるべき仕事はたくさんあります。特に今回は、厳格に協議すべき件もありますので」


 丈二に向けられた視線で、元素破壊魔法のことだなぁ、と察する。おれは苦笑する。


「おれもそうなっちゃうかな……。でも休みは欲しいなぁ〜」


「フィリア先生とイチャイチャするんですね?」


 紗夜に言われて、少し頬が熱くなる。フィリアも照れ隠しに笑う。


「それはもちろんですが……わたくしは、そろそろ新アイテムの販売など商売のアイディアを形にしたいかと。それに動画投稿も。最近は停滞気味でしたので」


 丈二は真面目に頷く。


「確かに、冒険者振興のためにも人気配信者による動画投稿は重要です。それが滞っているのは、よろしくない。今回の吸血鬼ヴァンパイア退治も、ネタは美味しいのに、撮影する余裕がありませんでした。ドローンにでも撮影させるべきでしたか……」


「先行調査のときの動画は、ただの記録映像って感じで面白くはないしねぇ。料理動画は使えそうだけど……さすがにそれだけじゃ飽きられちゃうか」


「ネタなら……美味しいのが、あります」


 結衣は微笑みとともに、紗夜に目を向けた。


「や、やだよっ。あたしの変身動画なんて、封印だからねっ」


 拒否するに紗夜に、フィリアが迫る。


「いいえ、葛城様。大人気間違いなしのネタを捨ててしまうなんて、勿体ありません。ぜひぜひやるべきです」


 丈二も難しい顔をする。


「むしろ、なにがそんなに嫌なのですか?」


 紗夜は自分の衣装に目をやってから唇を尖らせる。


「だってこの衣装、可愛すぎますし。恥ずかしいですし」


「では違う衣装なら問題ない?」


「それは、まあ」


 キラリと結衣の目が光った。


言質げんち、取りました」


「よし。違う衣装で再撮影です。変身能力が消える前に」


「わあ、しまったぁ」


 紗夜が頭を抱える横で、丈二と結衣が軽くハイタッチする。仲良いな。


 吾郎は深くため息をつく。


「ったく。お前ら、人気者なんだからよ、ただ喋ってるだけでもいいんじゃねえか? 生配信でコメントに答えたりよぉ」


「ふむ、いいかもしれません。みなさんとコミュニケーションが取れるとなると、視聴者も集まりそうです。帰ったら企画してみましょう」


「ああ、そういうのは全部戻ってからにしろ。オレは警戒に出るぜ。ごちそうさん」


 さっさと席を立ってしまう。もともとそのつもりで、みんなより早く食べていたのだろう。


 ぶっきらぼうな態度とは裏腹な気遣いに、吾郎の仲間意識が見えた気がして、おれは嬉しかった。



   ◇



 翌日。おれは丈二に請われて探索へ出た。


 ダスティンを消滅させた爆発跡を確認したいというので連れて来たのだが……丈二はそこで、とんでもないものを発見してしまった。


「これは……。なぜ、こんなところに少女が……?」

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