国王から通達された決闘の内容は、ギルド長を決する勝負も兼ねていた。
ギルド長の座を争う職人は、自分の陣営に武具を作り提供する。
その武具を用いて決闘をおこない、雌雄を決する。その勝敗が、職人の勝敗にもなるとのことだ。
だからこそおれはソフィアに伝説級の武具の製法を教えようとしたが、彼女はそれをやんわりと断った。
「ショウさんのお力を借りれば、簡単に勝てるのは目に見えています。けれど、わたしの力だけでやり遂げなければ、ギルド長としてやっていくことは難しいと思うのです」
「そっか、そうだね。ごめん、出しゃばっちゃったな」
「いえ、わたしのほうこそ、わがままを言ってごめんなさい。おふたりを守るための武具なのに、最強の武具を作れる手段をみすみす……」
「そうとも限らないぞ、ソフィア」
アリシアが優しげに口を開く。
「武具と人との相性もある。
ソフィアは小さく頷いて、瞳に炎を灯したような輝きを見せる。
「ご期待に沿うものを、必ず作ってみせます……!」
そうして早速、ソフィアは製作に入った。
まずソフィアは、おれとアリシアの手のひらの形や、手足の長さ、筋肉の付き方などなどを細かく、丁寧に確認した。それだけで三日かかった。
それが済むと、ソフィアは凄まじい集中力で工房での作業に入った。
一方、おれとアリシアは、ノエルにも協力してもらい、決闘に備えての訓練に入った。
その傍ら、おれはよく工房に足を運んでソフィアのそばにいた。
今晩もまた、工房の一画で簡単な工作を続ける。
「……ショウさん? いらっしゃっていたのですか?」
ソフィアはやっと集中が途切れたらしく、おれがいることに初めて気づいたようだった。
「お疲れ、ソフィア。ちょっと作りたい物があってさ」
「決闘に必要な物ですか? それならわたしが——」
「ああいや、ただの趣味だよ。このところ忙しかったからね。気楽に、ちょっとしたアクセサリーを作りたくなってさ」
言いながら、作っていた物にさり気なく布をかぶせる。
「それと、君のそばにいたくて」
ソフィアは照れるように微笑んだ。
「わたしも……ショウさんのそばのほうがいいみたいです。今夜はとても調子がいいと思っていましたが、ショウさんがいてくれたからなのですね」
ソフィアは使っていた椅子をおれの椅子の横に並べて、そこに座った。
小さなあくびをして、甘えるように肩にもたれかかってくる。
「ショウさん成分を補充です……」
そのまま目をつむるソフィア。
すー、すー、といった落ち着いた呼吸音。
眠っちゃったのかな?
そう思ってしばらく、そのままでいた。
やがてソフィアは、目をつむったまま穏やかな声色で尋ねてきた。
「どんなアクセサリーを作っているのですか?」
「気になる?」
「はい。わたし……そのアクセサリー、欲しいです。あなたが作ってくれた物を、身に付けていたいです」
「いいよ。もともと君に贈るつもりだったんだ。完成したらあげる」
ソフィアはまぶたを開けて、黄色い綺麗な瞳でおれを見上げた。
「嬉しいです。楽しみにしていますね」
そしてソフィアは立ち上がり、自分の作業場のほうへ戻っていく。
「とても癒やされました。やる気がめらめらと復活です」
その日のソフィアは、仕事中、微笑みを絶やさなかった。
◇
「……軽い!」
ソフィアが完成させた武具を身に着けたアリシアの第一声は、それだった。
「はい。アリシアさんの装備は、軽量化に特化させてみました」
重い金属部品を極力使わず、同等以上の防御力を持つ魔物の鱗や骨といった素材をふんだんに使って完成させた鎧と盾だ。
「凄いな。特に剣が凄い。まるで小枝を握っているかのようだ!」
余計な装飾を一切廃し、可能な限りの肉抜きをした、細身の剣だった。
「はい。重量を減らした分、強度も落ちてしまいましたが、切れ味には自信があります。アリシアさんは、もともと力がお強いので重量級の剣を使っていたようですが、怪我で剣を長く握っていられないのなら、こちらのほうがいいと思いました」
「ああ! ありがとう、ソフィア! これなら何時間でも戦っていられそうだ」
次に、ソフィアはおれの鎧を見せてくれる。
「ソフィア、これは!」
「はい。ラスティンの町で壊れてしまった、ショウさんの鎧です。実はこっそり、破片をいただいていました。自力で再現してみましたが、いかがでしょう?」
おれはじっくり検分し、実際に身に付けてみる。印象は初見と変わらない。
「完璧だ。さすがだよ、ソフィア! 君には一度しか見せられなかったのに、よく覚えててくれたね」
「はい。あの町での思い出は全部、わたしの宝物ですから」
続いてソフィアが持ってきた武器に、おれはもっと驚かされる。
「ソフィア……これ……この槍、どこで話を聞いたんだ……?」
その槍は、おれが追放され殺されかけたとき、確かに紛失した愛用の槍だった。
いや、細部は異なる。しかし手に馴染むこの感覚、この重量感、このバランス。すべてが、失ったはずの愛用の槍そのものだった。
「ショウさんが使いやすい物を考えていたら、自然にこうなったので——わっ」
思わずおれは、ソフィアを抱き寄せていた。
「嬉しいよ。ありがとう! この装備で、必ず勝って帰ってくるよ!」
かつて散々悩んで導き出した答えと同じ物を、愛する人が作ってくれた。
愛用の槍が手元に戻ったことよりも、その事実がずっと嬉しかった。