「はああぁ、緊張する~」
「あはは、別に取って食われる訳じゃないんだから、大丈夫だよともくん」
「う、うん……、それはわかってるんだけど」
でも、彼女の家に初めてお邪魔するっていうのに、緊張するなって方が無理な話だよ。
どうしよう……。
まーちゃんのお父さんが、ラブコメによくいる娘の彼氏を隙あらば殺そうとしてくるお父さんだったらどうしよう……。
一応手土産は用意したけど、念のため遺書も用意したほうがよかったかな……。
「さっ、ここが私の家だよ」
「えっ」
まーちゃんに案内されたのは、閑静な住宅街の一角にある、それはそれは立派な邸宅だった。
おおぅ……。
これ、絶対お金持ちの家だわ。
中小企業の万年係長の僕の父親とは提灯に釣り鐘だわ。
こりゃ、益々僕は肩身が狭いな……。
「ただいまー! ともくん連れてきたよー」
だが、まーちゃんはそんな僕の心情など知る由もなく、ノーモーションで豪快に玄関の扉を開けたのだった。
「お、お邪魔します!」
僕は死刑台に登る死刑囚みたいな気分でその後に続いた。
――すると、
「おっ、いらっしゃい。茉央がいつも世話になってるみたいだね」
「っ!?」
そこには逆立ちしながらこちらに笑顔を向けている、妖艶な美女が立って(逆立って?)いたのだった。
「はじめまして浅井君。アタシが茉央の母親の
そう言うなりまーちゃんのお母さんは、両手で反動をつけて跳び上がった。
そして空中で回転すると、猫みたいに音もなく足で着地したのだった。
え、えええぇ……。
「は、はじめまして。茉央さんとお付き合いさせていただいている、浅井智哉と申します」
僕は恭しく頭を下げた。
「うんうん、茉央から話は聞いてるよ。ごめんね変な格好で出迎えちゃって」
「い、いえ」
「そうだよお母さん、今日くらいは逆立ちはやめてって言ったじゃん」
いつも逆立ちしてるの!?
「アハハ、ごめんごめん、つい癖でさ。アタシは筋トレが趣味で、家の中じゃいつも逆立ちして過ごしてるんだよ」
「は、はあ」
お母さんは屈託なく笑った。
流石まーちゃんのお母さんだけあって、いろいろと規格外だな……。
しかしこうして見ると、笑い顔がまーちゃんそっくりだ。
ただ、まーちゃんはまだ若干あどけなさの残る美少女といった感じだが、お母さんは酸いも甘いも噛み分けた大人の色気を全身から醸し出している。
まーちゃんも将来はこうなるのかな……。
しかもおっぷぁいがまーちゃん以上に大きい……!
えっ!? 待って!?
もしかしてまーちゃんのおっぷぁいは、まだ発展途上だったのですか!?
まーちゃんのおっぷぁいは、あと三回の変身を残しているというのですか!?
まーちゃんの
「ん? どうしたのともくん? 私の胸をそんなに凝視して」
「い! いや、何でもないよ。あははは」
「?」
「フフフ、若いねえ」
お母さんは意味ありげに微笑んだ。
ううむ、何だかお母さんには僕の思考が全部見透かされてそうで怖いな……。
「さ、何はともあれ上がっとくれよ。今日は腕によりをかけてご馳走作ったんだよ。スリッパはこれを使ってね」
「あ、ど、どうも、恐縮です」
僕は再度お邪魔しますと言って靴を脱いでから、高級そうなスリッパを履いた。
――すると、
「あさいくんあさいくーん」
「っ!?」
家の奥から幼稚園児くらいの可愛いらしい幼女が走ってきて、僕の脚に抱きついた。
ぬあっ!?
何このカワイイ生き物!?
「あさいくんあさいくーん」
「えっ!? えっ!? えっ!?」
その幼女は無表情のまま、僕の脚に頬擦りをしてくる。
いやだから何なのこれ!?
僕をロリコンにするための罠なの!?
「こらこら
「ま、まーちゃん……、この子は、もしかして……」
「うん、私の妹の未央。あれ? 妹いるって言ってなかったっけ?」
「言ってないよッ!!」
しかもこんなカッワイイ子がッ!!
確かによく見れば、まーちゃんをちょうど幼くしたような顔立ちをしている。
「あさいくんあさいくーん」
「……」
尚も未央ちゃんは無表情のまま頬擦りを持続中だ。
何で僕、初対面の幼女にこんな懐かれてるの?
「ハハハ、ごめんね浅井君。この子ったら、毎日茉央から浅井君の話ばっか聞かされてるもんだから、すっかり浅井君のファンになっちゃってさ」
「え?」
「ちょ、ちょっとお母さん! その話はしないでって言ったじゃん!」
まーちゃんが顔を真っ赤にしながらお母さんに抗議した。
ま、まーちゃん!?
「まあまあいいじゃん別に。減るもんじゃないし。ホント、高校に入学して以来、茉央ってば家で浅井君の話しかしないんだもん。我が娘ながら、こっちが恥ずかしくなっちゃうよ」
「っ!?!?」
「お母さんッッ!!!」
まーちゃんは髪を逆立てて激怒した。
高校に入学して以来……?
てことは、まーちゃんは本当にそんな前から僕のことを……?
「うううぅ……。ともくん、今のは聞かなかったことにしてね……」
まーちゃんが涙目で縋ってきた。
「う、うん、わかったよ……」
ごめん、それは無理だわ。
僕はまーちゃんみたいな最高の女の子に、高校入学以来ずっと好かれていたという誇らしい事実を、しっかりと胸に刻んだわ。
これは将来必ず、履歴書に書くわ。
「あさいくんあさいくーん」
「……」
カッワイイッッ!!!!
あれ!?
もしかして将来僕がまーちゃんと結婚したら、このカワイイ未央ちゃんを合法的に妹にできるのでは!?(危険思想)
「ハァ……、まあいいや、とりあえずリビング行こ、ともくん。お父さんも待ってると思うから」
「っ! う、うん」
いよいよお父さんとご対面か……。
どうか殺そうとしてくるタイプじゃありませんように!
僕は脚にカワイイ生き物を付けたまま、まーちゃんの後に続いた。
「やあはじめまして浅井君。僕が茉央の父親の
「は、はじめまして! 茉央さんとお付き合いさせていただいている、浅井智哉と申します! あの、これ、つまらないものですが!」
「ああ、これはこれは、ご丁寧にどうも」
僕は恐る恐るお父さんに手土産を渡した。
お父さんはメガネで痩身の、とても人がよさそうな人だった。
……よかった。
少なくともなりふり構わず
「……ところで浅井君」
「は、はいッ!?」
お父さんは急に真剣な表情になった。
く、くるのか!?
娘の彼氏絶対殺すマンモードがきてしまうのか!?
「……茉央と付き合っていくのは、とても大変だと思うけど、心を強く持つんだよ」
「え?」
お父さんは哀れむような眼で僕を見た。
お、お父さん!?
「ハハハ、浅井君なら大丈夫だよ樹央。きっと茉央のことも丸ごと全部受け止めてくれるさ」
お母さんはフランクにお父さんの肩に右手を回した。
「ふふ、そうだね鐵子」
「もう! 別に私はそんな大変な女じゃないよお父さん! 失礼しちゃう!」
まーちゃんはむくれてそっぽを向いてしまった。
まーちゃんも家族の前だと普通の女の子なんだな。
「まあ、浅井君、老婆心ながら言わせてもらうとね」
「は、はい!?」
またお父さんが眼だけ真剣になったので、僕は身構えた。
「……男と女が付き合ってたら、良いことも悪いことも、星の数程起きるからね。だから悪いことが起きても、そういうものだと思って気にしないのが、男女が長く付き合っていくコツだよ」
「……はい」
何て含蓄のある言葉なんだ。
きっとお父さんも、お母さんとお付き合いしていく上で、いろいろなことがあったのですね……。
確かに、こんなにもバイタリティに溢れてそうなお母さんですもんね。
それはそれは山あり谷あり、とても一言では言い表せない夫婦生活だったのでしょう。
その点では、僕もまーちゃんと付き合って一週間しか経ってませんが、既に洗礼はいくつか受けている気がします。
お父さんが仰る通り、今後もいろいろとトラブルは絶えないかもしれませんね。
――ですが大丈夫ですお父さん。
僕は何があろうと、生涯まーちゃんと共に生きるって決めましたから。
「もう、お父さんは心配性だなあ。私達は今日まで一切ノートラブルできたんだから、今後も毎日平和だよきっと! ねー、ともくん」
まーちゃんは本気でそう思っていそうな笑顔を向けてきた。
「う、うん。……そうだね」
少しだけ。
ほんの少しだけ心配になってきましたお父さん……。
「あさいくんあさいくーん」
「……」
まだくっついてたカッワイイッッ!!!!
はぁ……。
何だかごちゃごちゃ心配するのも馬鹿らしくなってきたな。
ま、人生なるようにしかならないし、何か起きたらその時考えればいいか。
「フフフ、ま、愛があれば大抵のことは何とかなるよ、浅井君」
「そうだね、大事なのは愛だよ、愛」
お母さんは左手で、お父さんは右手で半円を作り、それを合わせてハートの形を作った。
おおぅ……。
ラッブラブですね。
「まったく、ホントにバカップルなんだから、お父さんとお母さんは」
「……」
まーちゃん、頭に特大ブーメラン刺さってるよ?
「よし、じゃあ冷めない内に食べよ、食べよー。お腹は空いてる、浅井君?」
「あ、は、はい」
食卓の上にはそれはそれは豪勢な料理が所狭しと並んでいた。
ちらし寿司にポテトサラダに油淋鶏などなど――ミートボールまである!
「えへへ、このミートボールは私が作ったんだよ!」
「おお!」
ってことはこれは正に、前にまーちゃんがお弁当として僕に作ってくれた、あのミートボールってことか!
思えば僕とまーちゃんが付き合うキッカケになったのも、このミートボールだったんだよなぁ。
感慨深いものがあるぜ!
「フフフ、そして本日のメインディッシュはこれさ!」
「え?」
そう言うなリ、お母さんはテキパキと食卓の周りを囲うように、小型のウォータースライダーのようなものをこしらえた。
なっ!?
これは、まさか……!
「そう、流しそうめん機さ!」
「何と!?」
「お母さんが一晩でやってくれました」
「お母さんの手作りなんですか!?」
マジでお母さんチートスペックすぎじゃありませんかね!?
転生者!?
よもやお母さんは転生者なのではッ!?
「電源を入れたら自動で延々そうめんが流れるようになってるから、好きにお食べ。はいめんつゆ」
「あ、ありがとうございます……」
これからはお母さんのチートスペックにも慣れていかないとだな……。
多分まだまだチートを隠し持ってそうだし……。
「あさいくん、みおもそうめんたべたーい」
「あ、うん」
未央ちゃんが無表情で僕を見上げてきた。
でも、未央ちゃんの身長だと、そうめんまで届かないけど……。
「あさいくんがだっこしてー」
「えっ!?」
「アハハ、そりゃいいね。じゃあ将来のお兄ちゃんに抱っこしててもらいな、未央」
「「しょ、将来のお兄ちゃん!?」」
僕とまーちゃんのリアクションがシンクロした。
まーちゃんは耳まで真っ赤にしてもじもじしている。
カーワイッ!!
僕の彼女カーワイッ!!!(うぜえな)
「で、では……、失礼して」
僕は未央ちゃんを抱っこして、そうめんに届く高さまで持ち上げた。
おおう……、意外と重いね。
そりゃそうか。
多分このくらいの子供でも、20キロ近くは体重があるんだもんね。
こりゃもやしっ子の僕には、いい筋トレになるな。
「ちゅるちゅるおいしー」
未央ちゃんは依然無表情のまま、器用に箸でそうめんを掬って食べた。
凄いな。
僕が未央ちゃんくらいの頃には、ろくに箸も使えなかった気がするけど。
「あ、でもこのままだと、ともくんがそうめん食べられないね」
「え? ああ」
まあ、確かに。
両手が塞がってるからね(幼女で)。
「ハハッ、じゃあ茉央が食べさせてあげればいいじゃないか」
「うんうん、そうだね、それがいい」
「「えっ!?」」
またリアクションがシンクロした。
いや、それは流石に恥ずかしすぎますって!
彼女のご両親の前で、そんなこと……。
「大丈夫大丈夫、アタシ達もやるからさ。はい樹央、あーん」
「あーん」
「「っ!?」」
が、お母さんは微塵の躊躇もなく、そうめんをお父さんの口に運んだのだった。
わーお。
「そ、そっか……。それならしょうがないね。……はいともくん、あーん」
「っ!?」
まーちゃんが照れながらそうめんを差し出してきた。
……マジっすか?
「あ、あーん」
僕はそのそうめんを、たどたどしく啜った。
とても美味しかったが、それはお母さんの腕が良いだけではなかったかもしれない。
「どうともくん、美味し?」
「うん……。とっても美味しいよ」
「ちゅるちゅるおいしー」
……。
何このゲロ甘な空間はッッ!?!?
桃源郷!?
桃源郷なのここは!?!?
「ねえ、ともくん」
「え? な、何だい」
まーちゃんが僕の耳元で囁いた。
「ご飯食べ終わったら、二人で私の部屋に行こうね」
「っ!!」
ま、まーちゃんの部屋……。
ごくり。