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第15話:席替え

「なあ智哉、お前あの先生と知り合いなのか?」

「え?」


 勇斗は突然教室に入って来たセーラー服姿の自称担任教師を横目で伺いながら、小声で聞いてきた。

 流石親友。

 峰岸先生と僕らの僅かな遣り取りを見ただけで、何かを察したらしい。


「う、うん。いろいろと込み入ってるから、今度ゆっくり話すよ」

「ふーん、そっか。ならいいけどよ」


 淡白にそれだけ言うと、勇斗は前を向いた。

 こういうところで過度に突っ込んでこないところもありがたい。

 やっぱ持つべきものは友と可愛い彼女だよね(どさくさ)。


「フッ、さて、何の因果か一時間目の授業は私の受け持ちの科学だ。――が、せっかく諸君と知り合えたんだ。初日くらいは堅苦しい授業はなしにして、ちょっとした余興を催そうと思う」


 余興!?

 何だろう……、あの人が言うだけで、凄く嫌な予感がする……。


「はい、峰岸先生、ちょっとよろしいでしょうか」


 っ!?

 唐突にまーちゃんが手を挙げた。

 ま、まーちゃん!?


「フッ、言っただろう足立? 私のことは気軽に梅先生と呼んでくれと」

「いえ、私と峰岸先生はあくまで生徒と教師という間柄ですので、そんな友達みたいな呼び方はできません」

「フッ、そうか」


 まーちゃんッ!

 やっぱまだ昨日のこと引きずってるんだね!?

 そりゃそうか……。

 そしていつの間にか峰岸先生はまーちゃんの名前を把握してたな。

 まあ、担任教師になったんだからそれくらいは普通か?


「で? 用件は何かな」

「はい。私は別にその余興とやらには一切興味がございませんので、普通に科学の授業を始めていただきたいと思いまして」

「フッ、フフフフフフ」


 まーちゃんッッ!!!

 うううう!!

 また僕の胃がッ!

 大正漢〇胃腸薬!

 お客様の中に、大正漢〇胃腸薬をお持ちの方はいらっしゃいませんかッ!?

 普段は誰に対しても太陽みたいな接し方しかしないまーちゃんが、こんな露骨に敵意を向けていることについて、クラスメイトも動揺しているのが空気で伝わってくる。

 ゴメンねみんなお騒がせして!

 ちょっとこの二人、昨日死闘を演じただけなんだよ!


「智哉はどう思う?」

「え」

「「「「っ!」」」」


 何故か峰岸先生はここで僕に水を向けてきた。

 しかも何で僕のことは下の名前で呼んでるんですか!?

 あわわわわわ。

 またまーちゃんからドス黒いオーラが立ち上ってるよお。

 一族郎党の仇を見るみたいな眼で、峰岸先生を睨んでるよお。

 クラスメイトも、「オイ、お前この先生とどんな関係なんだよ!?」みたいな眼で僕を見てくる。

 いや違うんだよ!

 僕は昨日、この人のおっぷぁいに無理矢理顔をうずめさせられただけなんだよ!(錯乱)


「ど、どう思うと言われましても……」

「智哉は私の余興が欲しくはないのか?」

「「「「っ!?」」」」


 峰岸先生は艶っぽく舌なめずりしながらそう言った。

 いや言い方ッ!!

 もうクラスメイトからの視線が痛くて死にそうなんですけど!?


「峰岸先生ッ!! ともくんのことを名前で呼ぶのはやめてください! ともくんは私の彼氏なんですから!」

「「「「っ!!」」」」


 まーちゃーーーん!?!?

 まだ僕とまーちゃんが付き合い始めたことは、クラスメイトは知らないはずなんですけど!?

 昨日まで夏休みだったからね!

 ――が、何故かこの件についてだけは、クラスメイトは一様に「ま、知ってたけどね」みたいな表情を浮かべていた。

 おや?

 知ってたの?

 なんで?

 ……やはりあの噂は本当だったのか。

 何でも僕達四人が初めて遊園地にダブルデートに行ったあの日、このクラスの男子も偶然あの場に居合わせたらしいのだ。

 そこで僕達のことを目撃し、一瞬でクラス中に僕らが付き合い出したことが広まったとか……。

 ま、まあ、いいんだけどね。

 別に隠すようなことじゃないしさ。


「フッ、足立よ、お前はまだ子供だからわからんかもしれんが、人の気持ちなど簡単に揺れ動くものだ。今の智哉はお前の彼氏でも、半年後もそうだとは限らんぞ?」

「なっ!?」


 峰岸先生もッ!!

 いい加減にしてもらえませんかね!?

 もしくは僕お腹痛いんで、今日はもう早退させてもらえませんか!?


「そんなの絶対あり得ません!! ともくんのことは何があろうと、死ぬまで離しませんから!! ……そ、それに…………、私もう、ともくんに全てを捧げたんですからーッ!!!」

「「「「っ!?!?!?」」」」


 まーちゃああああああああん!?!?!?!?

 全クラスメイトの前で何をカミングアウトしてるんだい君はッ!?!?

 うわわわわ。

 勇斗が「お前マジか……」みたいな眼で僕を見てるじゃないかあああ!!!

 勇斗には僕の口からちゃんと伝えようと思ってたのに……。

 篠崎さんは顔を真っ赤にして、両手で口元を押さえながらも眼を爛々と輝かせている。

 嗚呼……、これは後でまーちゃんに根掘り葉掘り詳細を聞くつもりなんだろうな……。

 そして周りのクラスメイトの、特に男子からは刺すような殺気を感じる。

 何やら後ろの方からはゴトッと、重い岩みたいなものでも取り出したかのような音さえ聞こえた。

 まさか僕、重い岩みたいなもので狙われてる!? クラスメイトから!?

 ……いや、まさかね?

 流石にそれはない……、よね?


「おやおや、『全てを捧げた』とは教師として聞き捨てならんな? 事と次第によっては、不純異性交遊で相応の処分を下さねばならんかもな」

「――くっ!」

「なっ!? ま、待ってください峰岸先生!」


 僕だけならまだしも、まーちゃんにまで危害が及ぶのは堪えられない!


「私のことは『梅先生』と呼べと言ったろう、智哉?」

「――!」


 峰岸先生は不敵な笑みを浮かべながら僕を見つめてきた。

 い、今は従うしかないか……。


「う、梅先生……、僕はどんな処分でも甘んじて受けます。――でもまーちゃんのことだけはどうかご容赦願えませんでしょうか」

「! ……ともくん」

「――フッ、フハハハ、フハハハハハハハッ!」

「「っ!?」」


 急に笑い出したぞこの人!?

 よし、今すぐ大きめの病院を検索しよう!


「お安くないな。なかなか見せつけてくれるじゃないか。――これは長期戦も覚悟せねばならんかもしれんな」

「え?」


 長期戦?

 何の?


「――今回は智哉の男気に免じて、さっきの発言は聞かなかったことにしておいてやる足立」


 っ!

 おお!


「っ! む、むう……」


 釈然としないのかまた頬を膨れさせたまーちゃんだが、僕はホッと胸を撫で下ろした。

 よかった、大事にならずに済んで。


「その代わり私の余興には付き合ってもらいぞ。いいな? 足立」

「………………はーい」


 すっげえ不満そう。

 ま、まあまあまーちゃん。

 別に余興に付き合うくらい、いいじゃない?


「それでは諸君もお待ちかねであろう! 本日私が用意した余興は――これだ!」

「「「「?」」」」


 梅先生は穴が開いた正方形の箱を二つ掲げた。

 クジ引きとかでよく使われる箱に見える。

 あれで何をしようっていうんだ?


「フッ、ズバリ『席替え』だよ!」

「「「「!」」」」


 ああー、そういうことか。

 まあ、確かに高校生にとって席替えは重要なイベントの一つだよな。

 大方あの箱でクジを引いて席を決めるって寸法かな?

 でも、それなら箱は一つでいいと思うんだけど、何で二つあるんだろう?

 それに、今の僕は窓際の席だし、たまたままーちゃんも勇斗も篠崎さんも近くの席だから、この席気に入ってたんだけどな……。


「ルールは簡単だ。先ず私がこちらの箱から一つずつクジを引く」


 梅先生は向かって左の箱を掲げた。


「この中には諸君らの名前が書かれたクジが入っているので、私に名前を呼ばれた者は順に前へ出てきてこちらの箱からクジを引いてくれ」


 今度は向かって右の箱を掲げた。


「こちらのクジには数字が書いてある。それがこの座席表の数字とリンクしているという訳だ」


 梅先生は黒板に素早く6×6のマス目を書き(うちのクラスの人数は36人だ)、そこに1から順に36まで数字を振った。

 ああ、もう一つの箱はクジを引く順番を決めるためのものだったのか。

 確かに人によっては、先に引きたいとか後に引きたいとか好みが分かれそうだもんね。

 因みに僕はこの手のクジはいつ引いても確率は一緒だと思ってるので、引く順番に特にこだわりはないタイプだ。


「では早速いくぞ! フッ、記念すべき最初の人物はだれかな?」


 梅先生は露骨にワクワクしながらクジを引いた。

 あの人ホント人生楽しそうだな……。

 何故かあんま羨ましくはないけど。


「ババンッ! どれどれ――『田島勇斗』!」

「えっ!? 俺!?」


 勇斗だったか!?

 まさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったであろう勇斗は、露骨に狼狽えた。

 ただでさえ本当に教師かも怪しいセーラー服姿のおねえさんに突然名前を呼ばれたのだ。

 そりゃ誰でも動揺するだろう。


「ホレ、どうした田島。さっさと引くがいい」

「は、はい……」


 猛獣にでも近付くみたいなオドオド具合で勇斗は前に歩いていく。

 そしてそんな勇斗のことを、篠崎さんは戦地に息子を送り出すお母さんみたいな顔で見守っていた。

 ……うん、どちらもあながち間違ってはいないと思う。

 そして勇斗は恐る恐る箱の中からクジを取り出した。


「何番だった?」

「え、えーっと――10番ですね」

「フッ、そうかそうか」


 10番。

 数字は左上から右に順に振られてるから、勇斗の席は左から4番目、前から2番目だな。

 ……おおぅ、教卓の真ん前じゃないか。


「私からよく見える位置だな。これからよろしくな田島」

「は……はい」


 すっげえ不安そう。

 できれば僕も勇斗の近くの席がいいけど、正直梅先生の前はちょっとヤだなぁ……。


「よし次だ」


 梅先生は箱に手を入れた。


「ババンッ! 何何――『篠崎美穂』だな!」

「ひゃっ!? ひゃいっ!」


 緊張のあまり変な声が出てしまった篠崎さんであった。

 プルプルしてチワワみたいだ。

 守ってあげて!

 守ってあげて勇斗!!

 まもって守護〇天!

 篠崎さんもビクビクしながら前に歩いていくと、オドオドとクジを取り出した。


「何番だ?」

「は、はい――――きゅ、9番です!!」

「フッ、なるほどな」


 ぬおっ!?

 てことは勇斗の左隣じゃないか!

 オイオイオイ、持ってるねえ!

 結ばれてるねえ、赤い糸で!(倒置法)


「よ、よろしくね、勇斗くん」

「オ、オウ、よろしく」


 もじもじしながら互いを見つめ合う二人であった。

 相変わらずアレだな君達は!

 ホラ、アレだよアレ!

 えーと……、まあいいか!(思考停止)

 ――その時、またしても後ろの方からゴトッと、重い岩を取り出す音が聞こえた。

 やっぱこの教室の中に、岩でリア充を抹殺しようとしてる人がいる!?

 信じたくない!

 信じたくないよ僕はそんなこと!

 もう怖くて、後ろ振り向けないよッ!


 でも、こうなってくると僕もできればまーちゃんと隣の席になりたいよな。

 確率的には相当低いとはいえ、ゼロじゃない以上、期待したくもなるってもんだ。

 まーちゃんも僕と同じ気持ちでいてくれるのか、さっきから頬を染めながらチラチラ僕の方を見てくる。

 カーワイッ!

 僕の彼女今日もカーワイッ!

 ……ハッ!

 また後ろからゴトッて聞こえた!

 ……僕、生きたまま無事に卒業できるかな。




「よし、これで残っているのは足立と智哉だけだな」

「そんなッ!?」


 が、現実は実に無情だった。

 次々とクラスメイトの名が呼ばれていく中で、何故か僕とまーちゃんの名前だけは一向に呼ばれず、遂には最後の二人になってしまった。

 まーちゃんも信じられないといった顔をしている。

 しかもあと残ってる数字は4番と32番だけ。

 つまり僕達は席が離れてしまうことがこの時点で確定したわけだ……。

 更に不幸なことに、4番は教卓から一番近い席。

 まさに『死』の番号……。

 2分の1で地獄行きとは、ロシアンルーレットなんて目じゃない罰ゲームじゃないか。


「さーて、実質最後のクジを引くのは誰かな?」


 が、そんな僕らとは裏腹に、梅先生は心底楽しそうに箱の中に手を伸ばす。

 そして梅先生が引いたクジは――。


「ババンッ!――フッ、『智哉』だな!」

「――!」


 とりあえずずっと思ってたんですけど、その「ババンッ!」ってのちょっとウザかったですよ!?

 先生だから言うの我慢してましたけどね!


「さあ、最後のクジを引くがいい、智哉」

「は……はい」


 僕は絶望に打ちひしがれながら、前に出て箱の中に手を伸ばした。

 せめて4番じゃありませんように!

 せめて4番じゃありませんように!

 あと特に大きな病気もなく、80歳までは健康に生きられますように!

 就職も土日休みであまり残業もない割には、そこそこ給料が良い会社に入れますように!

 あとは――。

 などと考えていたら、右手に一枚の紙が触れた。

 くっ! ままよ!

 僕は一思いに紙を取り出し、それを開いた。


「……何番だった?」

「はい――ええと」


 そこにはこう書かれていた。


「……4番です」

「フッ、そうか」


 僕のバカアアアアアアアアアッ!!!

 欲張ったからだぞ!

 4番を引かないことだけを神様に祈ればよかったのに、欲張って健康祈願やら就職祈願やらも付け足そうとしたから神様が怒ったんだぞッ!!

 あああああもうお終いだああああああ!!!!


「異議あり!」

「「「「っ!?」」」」


 え?

 その時だった。

 まーちゃんが突如立ち上がり、異議を申し立てたのだった。

 逆転〇判!?


「今の一連のクジ引きは、明らかに不正です!」

「「「「っ!!」」」」


 なっ!?

 マジで逆転〇判みたいな展開になってきたぞ!?

 でも、いったいどこが不正だって言うんだいまーちゃん!?


「フッ、そう言うからには、証拠があるんだろうな?」


 だが、梅先生には微塵も動揺した素振りはない。

 でも、まったく動揺していないというのが、まるではなからそう指摘されることを想定していたようにも見えて、僕の中では逆に疑惑の念が強くなった。

 まさか本当に不正を……?

 だとしたらどうやって……?

 そして何故そんなことを……?


「証拠はその二つの箱です」

「……」


 依然として梅先生の表情は崩れないが、反論もしなくなった。

 あの箱がなんだっていうんだ?


「そもそもおかしいと思ったんです。わざわざクジを引く順番をクジで決めるなんて」

「……フッ」


 ああ、まあ、それは僕も思ったけど、でもそれはそこまでおかしいことでもなくない?


「そして最後に残ったのがともくんと私だったという時点で確信しました。――大方最初から、その箱にはんじゃないですか?」

「「「「っ!?」」」」

「ホホウ」


 梅先生は片側だけ口角をニヤリと上げた。

 そ、そんな……。


「そして今、箱の中からクジを取り出すフリをして、手の中に隠し持っていたともくん用のクジを引いた」

「なるほどなるほど」

「席順用のクジも同様です。4番と32番のクジだけは入ってなかったんです。そしてともくんがいざ引く段になった時に、コッソリと4番のクジだけを箱の中に入れておく」

「フッ、フフフフ」

「……そうすればともくんの席は自分の目の前にできるし、厄介者な私は教室の隅に追いやれるってわけです。――以上です、何か反論は?」


 そういうこと!?

 そこまでしてこの先生は、僕とまーちゃんを引き離したかったの!?

 確かに僕がクジを引いた時、箱の中には一枚分の紙しか感触がなかった。

 こーわ!

 マジで怖いわこの人!!

 こんな人が教師やってていいの!?


「お前は一つだけ大事なことを忘れているぞ足立」

「え?」


 まだ何か!?

 まーちゃんの推理には、特に穴はないと思うけど……。


「私がその不正をしたという、証拠はどこにある?」

「っ! そ、それは……」


 あっ!

 そうか!

 今のは全て状況証拠であって、物的な証拠じゃない!

 これじゃ梅先生の罪を立件するのは難しいのでは!?(何故こんなエセ法廷ドラマみたいな展開に?)


「あっ! そうです! その箱ですッ!」


 ん? 箱?


「その名前用のクジの箱の中には、私のクジが入ってないはずです! あと席順の箱にも、32番のクジはないはずですッ!」


 おお!

 そうか!

 それは動かぬ証拠になる!


「フッ、残念だったな」

「え」


 梅先生が両方の箱をひっくり返すと、それぞれ一枚ずつ、紙がはらりと落ちてきた。

 なっ!?


「う、噓……」

「噓じゃないぞ、ホラ」


 梅先生がその紙を広げてこちらに向けると、そこには確かに『足立茉央』、『32番』とそれぞれ書かれていた。

 ……ジーザス。


「そ、そうか! ともくんがクジを引き終わった後すぐに、その紙を入れたんですね!」


 えっ!?

 ……ああ、確かにそれならこうなってても不思議じゃないか。

 ……でも。


「フッ、まあ、足立の言うことも一理あるが、かと言って私が紙を入れたという証拠にはならんだろう?」

「……グッ」


 その通りだ。

 もしかしたら最初から紙は入っていたのかもしれないのだから、今更それをここで立証するのはほぼ不可能だ……。

 残念ながら、これはもう……。


「と、いうわけだ。では諸君、席の移動を開始したま――」

「ダメなんですッ!!!」

「「「「っ!?」」」」


 まーちゃん!?

 ダメって何が……?


「ともくんは――私が隣の席じゃないとダメなんですッ!」

「「「「っ!?!?」」」」


 えーーーーー!?!?!?!?!?

 まままままままーちゃああああああん!?!?


「ともくんは私のことが好きで好きでしょうがないないから、私が隣にいないと授業も身に入らないんです!」


 まーちゃああああああああああああん!!!!!!

 さっきも言ったけどクラスメイトの前なんだよ!?

 ちょっとは手加減してもらえないかな!?


「ね! そうだよねともくん!」

「え」


 まーちゃんは鬼気迫る勢いで、僕に圧をかけてきた。

 え、ええええええぇ……。


「フッ、足立はこう言っているが、お前はどうなんだ智哉?」

「あ、……ええと」


 ……ままよ。


「は、はい……。まーちゃんの言う通りです……」

「…………フッ、なら致し方ないか」

「ふふん!」


 梅先生は伏し目がちに俯いた。

 そしてそれを梅先生の降参宣言と受け取ったのか、まーちゃんは満面のドヤ顔をキメたのだった。

 ……やれやれ、可愛い彼女を持つのも楽じゃない。


「だがこうなった以上、智哉の席だけは4番で譲らんぞ。となると、絵井えいに32番の席と交換してもらうことになるが、いいか?」

「あ、はい。別にいいですよ」


 元々3番の席のクジを引いていた絵井君が快諾してくれた。

 まあ、絵井君としてもこんな猛獣の真ん前は嫌だろうし、何より絵井君は31番の席の微居びい君ととても仲が良い。

 絵井君にとっては渡りに船だろう。

 ただ、さっきから岩のゴトッていう音は、微居君の席の方から聞こえてきた気がしたんだけど……。

 ……まさか、ね。


「フッ、では諸君、各自席の移動を開始したまえ」

「やったね! ともくん!」

「あ、うん」


 人目も憚らず、まーちゃんが僕の左腕に抱きついてきた。

 例によってまーちゃんのおっぷぁいが僕の二の腕を襲う。


 ――その時、またしても後ろの方からゴトッという音がしたのだけれど、多分気のせいだろう……。

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