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第14話:対決

「ねえともくん……、その人は誰なの?」

「いや! これは、その……」


 冷や汗が止まらない。

 口の中がカラカラで、言葉が上手く喉から出てこない。

 まーちゃんは明らかに僕が一度も見たことのない表情をしていた。

 能面のようなというか……。

 幽霊みたいというか……。

 更にまーちゃんのバックにはドス黒くて禍々しいオーラが立ち上っていて、あまりの恐怖に僕の足は生まれたての小鹿みたいにガクガクと震えていた。


「フッ、これはこれは。もしかしてこちらのお嬢さんは君の彼女かな?」

「えっ!? えっと……」


 が、コスねえさんはそんなまーちゃんに怯む素振りすら見せず、ツカツカとまーちゃんに近付いていった。

 この人の精神力なんなの!?

 恐怖を感じる脳の神経壊死してるんじゃないの!?


「ええそうです。私がともくんのカ・ノ・ジョ・の、足立茉央といいます。――あなたは?」

「フッ、私の名前は峰岸みねぎしうめという。――そうか、この少年はともくんというのか」


 峰岸梅と名乗ったコスねえさんは首だけこちらに振り向いた。

 この人梅って名前なの!?

 名前まで随分古風ですね!?

 いや、良い名前だとは思いますけど。

 ……こんな状況じゃなければ。


「そうですか峰岸さん。では一つお聞きします。私のカ・レ・シ・の、ともくんと、今、何をやってらっしゃったんでしょか?」


 まーちゃんの背中から立ち上るオーラの勢いが、一層激しくなった。

 あわわわわわわわわわ。

 修羅場!?

 修羅場ってやつなのこれが!?

 古今東西、数々のラブコメ主人公が晒されてきた登竜門――それが修・羅・場!

 できればご遠慮させていただきたかったッ!!

 実際その現場に立ち会ってみてわかったけど、これ胃痛が半端ない!

 ガ〇ター10!

 お客様の中に、ガ〇ター10をお持ちの方はいらっしゃいませんかッ!?


「その前に一つだけいいかなお嬢さん」

「? ……何でしょう」


 っ!?

 何だ?

 今のこの修羅場じょうきょう以上に重要なことなんてなさそうだけど……。


「お嬢さんは、何故単一電池をそんな大量に購入しているんだい?」

「……ああ、これですか」


 ああ、まあ、確かにそれは僕も気にはなってましたけど。

 でも、こんな修羅場じょうきょうでサラッとそれを聞けることからも、峰岸さんの胆力の高さが窺える。

 いったいどんな人生を歩んできたら、こんな人格が形成されるんだ?


「これは私のお母さんが、『単一電池の有効的な使い方を模索する会』の副会長を務めてるんで、お使いを頼まれただけです」

「フッ、なるほどな。得心が行ったよ」


 会長ではないんだ!?

 むしろそれ、会長はどんな人なのか気になるな……。


「さあ、私は質問に答えましたよ。次はあなたの番です。ともくんとここで、何をやってらっしゃったんですか!?」


 ゴウッ、という音を立てて、更にオーラの量が増した。

 ヒィッ!


「ま、まーちゃん、違うんだよ! これには深い訳が――」

「ともくんは黙っててッ!!」

「すいませんでしたッ!」


 あっぶねー。

 危うく彼女に土下座しちゃうとこだったぜ。

 もうダメだ。

 今の僕は、大嵐の海のど真ん中で丸太にしがみついている哀れなただの男だ。

 僕にできるのは、何とかこの嵐が無事に過ぎ去ってくれるのを天に祈ることくらいだ……。


「フッ、いやなに、別に大したことはしておらんよ。私がこの少年に興味を抱いたから、研究対象にさせてくれないかと懇願していただけさ」

「研究対象!?」


 まーちゃんが眉間に皺を寄せた。

 もうホント勘弁してください!

 何なの!?

 僕前世で、そんな悪いことしたの!?

 来年からは7月中に夏休みの宿題終わらせますんで、どうか今日だけは穏便に済ませていただけませんか神様ッ!


「ああ、私はこう見えて科学者の端くれでね。一度興味が湧くと、そのこと以外目に入らなくなってしまうんだよ」

「科学者……!?」


 確かに科学者には見えないですね!?

 セーラー服着た20代中盤の科学者なんて、聞いたことありませんからね!


「……何となくですが事情はわかりました。少なくともともくんが浮気してたわけではないというのは理解しました」

「フッ、そうかい」

「ま、まーちゃん!」


 まーちゃんのオーラが少しだけ治まったように見えた。

 よ、よかった!

 わかってくれたんだね!


「もしもともくんが浮気してたら、ところでしたから、そうならずに済んで安心しています」


 っ!?!?!?

 まーちゃん!?!?!?

 僕の耳がおかしくなっちゃったのかな!?

 今、ものっそい不穏なワードが聞こえた気がしたんだけど!?

 えー、待って待って。

 光属性100%だと思ってたまーちゃんに、こんなヤンデレな一面もあったなんて……。

 どんな欲張りセットだよッ!


「フッ、安心するのは早いんじゃないかい?」

「え?」


 えっ!?

 いやもうこれ以上話を拗れさせるのは勘弁してもらえませんか峰岸さん!

 単一電池ならいくらでも差し上げますんで、今日のところはこれで!


「私はまだこの少年のことを諦めたとは言ってないぞ。言ったろう? 私は興味が湧くと、そのこと以外目に入らなくなると。一度興味が湧いた以上、使、私はこの少年を自分のものにしてみせる」

「「っ!!」」


 そう言うなり峰岸さんは、右手に持っているスタンガンをバチバチと唸らせた。

 えーーーーー!?!?!?!?!?

 こっちもこっちでとんでもねーヤンデレだったー!!!!

 いやっ、ちょっ、一回休憩いいですかね!?

 休憩なしブッ続けでこれは胃がもたないですね!

 労基法に違反してますね確実にッ!


「くっ! そっちがその気なら、私も手加減はしませんよ!」


 まーちゃんは半身の構えを取って、臨戦態勢に入った。


「ちょっ、まーちゃん!?」


 何でまーちゃんまでヤる気になってるの!?

 しかも相手はスタンガンを持ってるんだよ!?

 いくらまーちゃんでも危険だよ!

 僕はまーちゃんの前に立ちはだかった。


「危ないよまーちゃん!」

「ともくんどいて! そいつ殺せない」

「日本一有名なヤンデレの台詞!」


 まーちゃんのヤンデレ化がとどまることを知らない!

 僕は最低でも80歳までは生きたいと思ってるんだけど、この分だと無事に20歳を迎えられるかも怪しいな!


「フッ、後悔するなよ」

「「っ!?」」


 峰岸さんがスタンガンに付いているボタンを操作すると、スタンガンから出ている電撃が伸びて、エネルギー状の剣のようになった。

 えーーーーー!?!?!?!?!?

 急にファンタジー感が増してきたけど!?

 もしかしてこれ、僕が見てる夢だったとかいうオチじゃないよね!?


「チッ! ともくん! これ持って下がってて!」

「えっ?」


 まーちゃんは僕に単一電池の袋を投げると、僕を迂回して峰岸さんに跳び掛かっていった。


「まーちゃんッ!!」

「フハハハッ、いいね! 君もなかなか興味深いよ!」


 峰岸さんはそんなまーちゃんに、容赦なくスタンガンサーベルを振り下ろした。

 危ないッ!


「残念でした」

「「っ!?」」


 が、まーちゃんはスタンガンサーベルを紙一重で躱すと、右の手刀で峰岸さんの腕からスタンガンを叩き落した。

 おおっ!?


「クゥッ!」

「覚悟しなさい!」


 そのまままーちゃんは、左の掌底を峰岸さんの鳩尾辺りに打ち込む姿勢を見せた。

 これは、決まるか!?


「フッ、残念でしたはこちらの台詞だよ」

「「っ!?」」


 が、いつの間にか峰岸さんの左手には、もう一つのスタンガンが握られていた。

 まだストックがあったのかあれ!?

 峰岸さんは左手のスタンガンもサーベル状にし、まーちゃんに振り下ろした。

 ダメだ!

 体勢的に、今度こそ避けられない!

 ――まーちゃんッ!


「――いいえ、やっぱりそれは私の台詞です」

「何ッ!?」


 っ!!?

 僕は自分の眼を疑った。

 何とまーちゃんは、、それを指で弾いて弾丸のようにし、峰岸さんの左手からもスタンガンを撃ち落としたのであった。

 ままままま、まーちゃーーーん!!!!


「ウゥッ!? ……フッ、これはこれは。大変興味深いお嬢さんだ……」


 流石にもう手持ちの武器は尽きたのか、峰岸さんは両手を上げて降参のポーズを取った。

 ……か、勝ったか。


「これでわかってくれましたよね? 私は何があろうと、ともくんを誰にも渡すつもりはないってことを」


 尚もまーちゃんは構えを解かず、峰岸さんを見据えた。


「フッ、そうだな――」

「オイッ、君達! そこで何をやってるんだ!」

「「「!」」」


 その時だった。

 偶然通りかかったお巡りさんに、僕達は遠くから声を掛けられた。

 マ、マズい!


「おやおや、これはとんだ邪魔が入ってしまったな。――では、勝負はまた今度にお預けだな」


 っ!?


「はあっ!? 何を言ってるんですか! 今の勝負は私の勝ちだったでしょ!」

「おや、そうかな? 私は一度も負けを認めたとは言ってないぞ」

「なっ!?」


 大人はズルいな!!


「……よもや君達は、肘川ひじかわ北高校の生徒なんじゃないかい?」

「「え」」


 何故この人、僕達の通ってる高校を!?

 ……まあ、この近辺に高校は肘北ひじきたくらいしかないから、ただの当てずっぽうかもしれないが。


「……だったら何だっていうんですか」

「いや、だとしたら明日また会うなと思っただけさ」

「「は?」」

「君達! 何をやってるかと聞いてるんだよ!」


 っ!

 お巡りさんが近寄ってきた。

 あわわわわ、どうしよう……。


「フッ、ではさらばだ!」

「「!」」


 峰岸さんはおっぷぁいの谷間からテニスボールくらいの大きさの球を取り出し、それを地面に投げつけた。

 えっ!?

 すると辺りには大量の煙が巻き上がった。

 煙幕!?

 もうこの人何でもアリだな!


「フハハハハハハハー」

「ま、待ちなさいよ!」


 だがまーちゃんの叫びも虚しく、峰岸さんの高笑いは遠くなっていく。


「むうっ! しょうがないなあッ! 私達も逃げるよともくん!」

「え?」


 そう言うなりまーちゃんは僕をヒョイとお姫様抱っこした。

 ぬあっ!?


「ま、まーちゃん!?」

「大丈夫、私に任せて」

「っ!」


 まーちゃんはそれはそれは凛々しい顔で、僕を見下ろした。

 やだイケメン!


「ちょっと飛ばすからねー」

「え? ――ええっ!?」


 まーちゃんはとても男子一人を抱えているとは思えない、短距離走者並みのスピードでその場から立ち去った。

 うえええええええ!?

 僕の彼女、どんだけハイスペックなの!?

 ――あれ?


「でもまーちゃん、これ、僕の家とは反対方向に走ってるけど?」

「ああ、そりゃそうだよ。私の家に向かってるんだもん」

「は?」


 な、なんで……?


「お母さん達が軽井沢から帰ってくるのは夜中になるっていってたからさ、まだ時間あるなって思って」

「時間?」


 何の?


「ともくんは私のモノだって、ともくんの心と身体に刻み込む時間」

「っ!!」


 まーちゃんは獲物を狩る前の猛禽類みたいな眼で、僕を見つめてきた。

 ……お、おぉ。

 僕まだ、夏休みの宿題終わってないんだけどな……。




「ハァ……」


 翌朝、久方ぶりに学校に登校した僕は、昨日から通算何度目になるかわからない、深い溜め息を零した。


「何だ智哉、随分やつれた顔してんな。大方昨日宿題終わらなくて、夜更かしでもしてたんだろ?」


 勇斗が僕の顔を見るなり、からかうようにそう言ってきた。

 まあ、それも半分は正解なんだけどさ……。


「おっはよー美穂ー。美穂は今日も可愛いねー」

「ちょっ、茉央ちゃん、くすぐったいよお」


 そんな僕とは裏腹に、まーちゃんは篠崎さんを見るなり抱きついて頬擦りをした。


「あれ? 茉央ちゃん、何か今日いつもよりお肌ツルツルじゃない?」

「えっ!? そ、そっかなー。化粧水変えたからかなー」

「? ふーん」


 流石まーちゃんの親友!

 そんなところにまで気が付くとは!


「オーイ諸君、ホームルームの時間だぞ、席に着きたまえ」

「「っ!!!」」


 こ・の・声・は!?

 そんなまさかと前を向くと、そこには何と峰岸さんが、昨日と同じピチピチのセーラー服姿で立っていたのだった。

 えーーーーー!?!?!?!?!?


「そ、そんな……、なんで……」


 流石のまーちゃんも啞然としている。


「産休に入った松本先生に代わって、今日からこのクラスの担任になった峰岸梅だ。担当科目は科学。気軽に梅先生とでも呼んでくれ。ああ、セーラー服これはただの趣味だから気にしないでくれたまえ」


 ジーザス。

 だから昨日、「明日また会う」なんて言ってたのか……。


「よろしくな」


 そう言いながら峰岸さん――もとい峰岸先生は、僕とまーちゃんに不敵な笑みを投げ掛けてきた。


「むううううう!」


 そしてそれを受けたまーちゃんは、怒りで顔を真っ赤にしながら頬をパンパンに膨らませたのであった。


 こりゃ僕の高校生活は、平穏とは程遠いものになりそうだな……(ゲッソリ)。

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