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第13話:邂逅

「ハァ……」


 僕は机の上に広がっている夏休みの宿題を眺めながら、深い溜め息を漏らした。

 既に外は夜の色を濃くしている。

 あともう少しで宿題も終わりというところまではきているのだが、さっきから一向に集中できない。

 今日で夏休みも終わりだというのに……。

 まあ、でもそれもしょうがないってもんだ。

 昨日僕とまーちゃんは、ついに……。

 ……昨日のまーちゃん、可愛かったなあ。

 ――いやいや、ダメだダメだ!

 今はそのことは置いといて、宿題に集中するんだ僕!

 …………ハァ、でもなぁ……。


「……オイ、智哉」

「――!」


 二段ベッドの上側で寝転びながらだらしなく漫画を読んでいた兄貴が(因みに兄貴の大学は9月いっぱいまで夏休みだ)、眉間に皺を寄せて僕のことを見下ろしてきた。


「な、何、兄貴……?」

「……お前なーんか昨日から態度おかしくねーか?」

「――!!」


 くっ!

 童貞チェリーブロッサムのクセに! そういう勘は鋭いんだな!?

 ……いや、童貞チェリーブロッサムだからこそ、童貞なかまの裏切りには誰よりも敏感なのかもしれない。

 マズいぞこれは。

 万が一僕が裏切り者だってバレたら、どんな仕打ちを受けるか堪ったもんじゃない……。


「昨日茉央ちゃん家から帰ってきてからよお、なーんかずっとソワッソワソワッソワしてんよなあ?」

「――!!!」


 兄貴はトカゲみたいにカサカサとベッドから下りてきて、目と鼻の先くらいの距離までにじり寄って僕をねめ上げた。


「さ、さあ? 何のことかな? ぼ、僕は別に、いつも通りだけど? 元気100倍、ともパンマンだけど?」

「……」


 兄貴はホラー映画に出てくるお化けみたいな暗い眼で、僕を射抜いてくる。

 こ、怖ええええええええ!!!!

 とても血を分けた兄弟の眼とは思えない!!


「……まあ、それならいいんだけどよお」

「っ!」


 兄貴はそっぽを向いて、自分の机に歩いていった。

 ……た、助かった……のか?


「でもわかってるよなあ?」

「――!!?」


 兄貴はおもむろに机の中から藁人形と五寸釘と金槌を取り出した。

 えーーーーー!?!?!?!?!?

 よく見ればその藁人形には、『愛する弟』と書かれた紙が張られている。

 えーーーーー!?!?!?!?!?


「もしもお前が童貞オレのことを裏切ってたらどうなるか……、言わなくてもわかるよなあ?」

「え、えーっと……」


 全然わからないよッ!!

 むしろわかりたくないというかッ!!

 どうする気なの!?

 裏切ってたらその藁人形でどうする気なの僕をッ!?

 てか兄貴は絶対僕のこと愛してなんかないだろ!?

 愛してたらそんな人形に、『愛する弟』なんて紙張らないよッ!!

 そもそもいつから用意してたんだよそんな人形ッ!?!?


「あっ! そ、そうだ忘れてた! 僕コンビニに、単一電池買いに行こうと思ってたんだ! じゃ、ちょっと出掛けてくるわ!」

「オイ待て智哉ッ! まだ話は終わってねーぞ! そもそも今時単一電池使う家電なんかあるかよッ! オイッ!!」


 脱兎!!

 僕はホラー映画の主人公さながら、恐怖の館から逃げ出したのだった。




「ハァ……」


 一人夜の街に出た僕は、再度大きな溜め息を零した。

 だが、この溜め息は先程のものとは趣を異にするものだ。

 ……どうしたもんかな。

 思わず飛び出してきちゃったけど、ずっとこのまま帰らないわけにもいかないし。

 かといってなあ……。


「ヒャッハー! これはこれは、なかなかヒャッハーなねえちゃんじゃねーか!」


 っ!!

 この声は!?

 声のしたほうに目を向けると、案の定そこにはあの時のヒャッハー三兄弟が、一人の女性を取り囲んでいる光景が広がっていた。

 あ、あいつら!?

 また性懲りもなく!!


「ヒャッハー! なあなあねえちゃん、こんなヒャッハーな時間にそんなヒャッハーな恰好で歩いてたら、悪い男に捕まっちまうぜえ?」

「そうだぜえ。何なら俺達三人が、朝までヒャハホテルで暇潰しに付き合ってやるよお?」


 ヒャハホテルって何だよ!?

 ア〇ホテルみたいな言い方すんな!

 てか正にお前らがその悪い男だよ!


「フッ、生憎だが君達みたいな恐竜並みの脳味噌しか頭に詰まってなさそうな連中に、私の食指は動かんよ」

「アァッ!?」


 っ!

 あ、あの女の人……。

 あんな言い方をしたら、あのバカ共は何をしでかすかわからないぞ!?

 ……でも、確かにあのおねえさんはエラい美人だ。

 身長は女の人にしては高いな?

 170センチくらいはあるだろうか。

 理知的で切れ長な眼をしていて、アンダーリムのメガネがよく似合っている。

 そしてサラサラの長い黒髪をポニーテールにしているのが、まるで侍みたいだ。

 歳は20代中盤といったところか……。

 ――だが、何より目を引くのが、ヒャッハー三兄弟が言っていたとおり、その格好だった。

 何とおねえさんはセーラー服を着ているのだ!

 しかもサイズが合っていないらしく、全体的にピチピチで、特に豊満なおっぷぁいは今にもはち切れんばかりだった。

 ひょっとしたらまーちゃんよりもおっぷぁいが大きいかもしれない……。

 どう控え目に見ても高校生には見えないから、所謂コスプレなのだろう。

 そりゃ、いい大人の女性があんな格好で歩いてたら、ヒャッハー三兄弟じゃなくても誰かしらから声を掛けられていただろうな。

 下手したら職質を受けててもおかしくない。


「オイオイねえちゃん、そんな褒めても何も出ねーぜ?」


 っ!?

 あいつら本物のバカだな!?

 バカにされてることもわからないとは!?

 大方恐竜は身体が大きいから、人間よりも脳味噌が大きいと思ってるんだろう。

 残念!!(ギ〇ー侍)

 ほとんどの恐竜の脳味噌の重さは、人間の半分以下しかありませんから!

 むしろステゴサウルスなんて、人間の50分の1くらいしかなかったらしいよ!(前にテレビで見た)


「……フゥ、付き合ってられんな」

「アァン!?」


 っ!

 マ、マズい!

 何であのコスプレおねえさんがあんな余裕ブッこいてるのかは定かじゃないけど、ヒャッハー三兄弟バカ共がそろそろキレそうだ。

 ……くっ!


「オ、オイお前ら!」

「ア?」


 僕は徒手空拳でヒャッハー三兄弟バカ共の前に躍り出た。

 当然僕にはまーちゃんみたいな合気道は使えない。

 だからせめて僕がこいつらの気を引いている内に、このコスプレおねえさんが逃げてくれれば御の字だ。

 ――が、


「ヒャッ!? お、お前は、この間のヒャハ気道女の彼氏!?」

「え?」


 長男の赤モヒカンが、僕の顔を見るなり血相を変えた。


「ひ、ひいいい! おヒャすけええええ!!!」

「え? え?」


 長男は内股で脱兎の如く逃げていった。


「なっ!? ヒャ、ヒャってくれよ兄ちゃああああん!!」

「兄ヒャああああんッ!!」


 次男と三男も内股で長男の後を追った。

 何であいつらいつも動揺すると内股になるんだろう……。

 ……ふぅ、それにしても、あいつらの恐竜並みの頭にまーちゃんがトラウマレベルで刷り込まれていて助かった。

 完全に彼女の威を借る彼氏状態で甚だ情けないが、まあ、お陰でコスプレおねえさんが無事だったんだからよしとしよう。


「フッ、助かったよ少年」

「あ、いえ、僕は別に……」


 コスねえさんはズンズンと僕に近寄ってきた。

 お、おお!?

 距離感近いなこの人!?


「ま、あの程度の相手なら、私お手製のコレを使えば、一瞬で消し炭にできたがね」

「え?」


 そう言うなりコスねえさんは、おっぷぁいの谷間に手を入れ(!?)、そこからスタンガンのような機械(!?!?)を取り出した。

 なっ!?


「そ、それは……」

「フッ、見ての通りスタンガンさ。ま、私が一から設計開発したとっておきだから、最大で1億ボルトまで出せるがね」

「1億ッ!?!?」


 そ・ん・な・バ・カ・な!?!?

 1億っていったら雷並みじゃないか!?

 そんなの今の科学力で作れるのか!?

 流石に冗談だとは思うけど……、でも何だろう、何故かこのコスねえさんの言っていることが、嘘には思えない……。


「ところで少年」

「え? は、はい」


 随分時代がかった話し方をする人だな。


「君、なかなか興味深いね」

「えっ!?」


 コスねえさんがグイと顔を近付けてきた。

 ええええ!?

 だから距離が近いですってば!?


「是非、私の研究対象になってもらえないだろうか」

「研究対象!?」


 物騒な単語出てきた!?

 おっぷぁいの谷間からスタンガンを出したことといい、この人絶対ヤベー人だ!!

 是非、死ぬまで他人でいさせていただきたい!


「フッ、因みに君に拒否権はないぞ」

「は? ――なっ!? むぐっ!?!?」


 コスねえさんは僕の頭を掴むと、自らの肉の沼みたいなおっぷぁいに、僕の顔をうずめさせた。

 ふ、ふぐううううううううう!!!!

 く、苦しい!!!

 息ができない!?!?


「ホラホラ、君がいいというまで離さないぞ」

「む、むぐぐ。むぐう……!」


 いやですからそもそもこの体勢じゃ声を発することもできないんですってば!?

 むしろこんなところ、知り合いに見られでもしたら絶対に誤解されてしまうッ!


「……あれ、ともくん?」

「っ!!!!!」


 こ・の・声・は……。

 僕はコスねえさんの胸から無理矢理脱出して後ろを振り返った。

 するとそこには――


「その女の人……、誰?」


 何故か大量の単一電池が入ったコンビニ袋を手に下げたまーちゃんが、虚ろな眼で立っていた。


 ああああああああああああああああああああああ。

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