「ああッ! まーちゃん待って! お願いだから許してー!!」
「へっへーん、許さないよーだ。ほれほれほれ~」
「あーーーー!!!!」
また負けてしまった……。
やっぱ公務員ファイターじゃまーちゃんには敵わないな。
僕も最強の隠しキャラである自衛官を使ってるんだけどな……。
しかもまーちゃんは操作が激ムズのマルサを使ってるのに。
マルサの必殺技である『家宅捜索』は、コマンドが『↖↘↗↙→←↓↑↓↘→↗↑↓↙←↖↑+P+K』という、「アホか」と言いたくなる難易度で、僕なんて丸一日練習しても一度も出せなかったっていうのに……。
まーちゃんはそれをあんな、ちょっとコンビニ行くくらいの手軽さで出しちゃってさ。
つくづくまーちゃんとの才能の差にヘコむな……。
……いや。
いやいや。
それは違うな。
まーちゃんは才能だけでここまでゲームが上手くなったわけじゃないはずだ。
きっと僕の知らないところで、血の滲むような努力を重ねたからこそ、ここまで上手くなったんだ。
たかだか一日ばかり『家宅捜索』の練習をしただけで音を上げた僕に、まーちゃんと才能の差がどうこう言う資格はないよな。
僕とまーちゃんが付き合い始めて、早や一ヶ月余りが過ぎた。
いよいよ夏休みも明日で終わりである。
思えば今年は激動の夏休みだったな。
まさかモブキャラオブザイヤーの僕が、まーちゃんみたいなヒロインオブザイヤーの子と付き合えるなんて……。
今日もこうしてまーちゃんの部屋で、二人でお家デートしてるし。
あれ以来僕も最低週二はまーちゃんの家にお邪魔してるので、勝手知ったる他人の家とまでは言わないが、大分この家にも慣れてきた。
まあ、こうしてまーちゃんと二人で遊んでいると、その内決まって未央ちゃんが突撃してくるので、緊張する暇もないというのもあるが。
「そういえばともくん、美穂のこと聞いた?」
「え? 篠崎さん?」
篠崎さんがどうしたの?
「美穂、バスケ部のマネージャーになったらしいよ」
「……マジで?」
まーちゃんがニヤニヤしながら頷いている。
「マジマジ、大マジ。いや~、あの二人もなかなかやるよね」
「……そうだね」
うわあ。
それは勇斗のやつ、針の筵だろうな……。
確かにうちの学校のバスケ部は練習がキツいことで有名で、夏休みもほぼ毎日朝から晩まで練習に明け暮れているらしく、マネージャーにでもならない限り勇斗と逢える機会はあまりないのだろうが。
まあ、仮に勇斗が彼女がいない先輩達から嫌がらせを受けたとしても、それも勇斗と篠崎さんが自分達で選んだ道なのだろうし、僕にどうこう言える問題じゃないか(薄情)。
「ふー。じゃ、そろそろ持ってくるね」
「う、うん。……わざわざありがとね」
「何言ってんの! 今日の主役はともくんなんだから、気にせずくつろいでてよ」
「うん……」
「フンフフンフフ~ン」
まーちゃんは鼻歌交じりに部屋から出て行った。
そうは言っても恐縮しちゃうな。
「じゃじゃーん!」
「オオッ!?」
そして数分後、まーちゃんは小型のウェディングケーキくらいある、とても個人で作ったとは思えないクオリティのケーキを持って部屋に入って来た。
「それ、ホントにまーちゃんが一人で作ったの!?」
「そうだよ。いやー、なかなか苦労したよー」
「……だろうね」
サラッと言っているが、実際相当大変だったに違いない。
まーちゃん、そんなにも僕のことを……。
「さあ、冷めないうちに蠟燭の火、消してともくん」
「ケーキは別に冷めてもよくない!?」
とは言いつつも、僕はケーキに刺さった計16本の蠟燭の火を、一思いに吹き消した。
「ハッピーバースデー、ともくーん!」
「ありがと、まーちゃん」
そう、今日8月30日は、僕の16回目の誕生日なのだ。
「はい、これがともくんの分ね」
「サンキュ」
僕は六法全書くらい体積がある、切り分けたケーキを受け取った。
それでもケーキはまだその10倍くらい残っている。
「ねえまーちゃん、せっかく作っていただいてこんなこと言うのも何なんだけど、流石にこれ、二人じゃ食べきれなくない?」
「そんなことないよ」
「え?」
まーちゃんは顔色一つ変えずこう言った。
「これくらい、私一人で余裕だから大丈夫だよ」
「今何と!?」
六法全書10冊分のケーキを、一人で食されると仰いましたか今!?
「よく言うじゃん、甘いものは別腹って」
「別腹っていうかそれはもう別次元だよね!?」
こんなのフードファイターでも苦戦するレベルだよ!?
「でもうちのお母さん、前に道端でギャ〇曽根を見掛けたことあるって言ってたし」
「だったら何!?」
そんなんでフードファイターになれたら誰も苦労しないよ!?
しかもまーちゃん自身が見掛けたわけでもないんでしょ!?
「まあまあ、とりあえず食べてみてよ。結構自信作だよ、このケーキ」
「う、うん。……いただきます」
「召し上がれ」
生まれて初めての彼女の手作りバースデーケーキ。
僕は感涙で目の前が霞むのを必死に堪えながら、ケーキを口に運んだ。
――すると、
「美味いッッッ!!!!」
漫画だったら目玉が飛び出ているくらい美味しかった。
こんな美味しい食べ物、今まで出逢ったこともない。
今の僕ならグルメ漫画の審査員みたいに、海の上を走ったり、手を使わずに全裸になったりすることさえできそうだ(誰得)。
「メッッチャクチャ美味しいよこれまーちゃん!!」
「ふふ、よかった」
まーちゃんはいつものヒマワリみたいな笑みを投げてくれた。
……ああ、そうか。
そういうことか。
もちろんこのケーキ自体のクオリティが極めて高いというのもあるのだろうが、これだけ美味しい一番の理由は、やはり『愛情』だろう。
美味しい料理を作る上で、愛情に勝る調味料はないってことか(何をそんなポエミーなことを)。
「じゃ、私も食べよーっと。いっただっきまーす」
まーちゃんは大口を開けてケーキを頬張った。
「んん~、我ながら甘さの匙加減が絶妙~」
ほっぺにクリームを付けながら幸せそうにケーキをパクつくまーちゃんを見ていたら、僕まで心がポカポカしてきた。
……でも、さっきから何かこの部屋に違和感があるんだけど、いったい何だろう?
「ふー、ご馳走様ー」
「もう食べ終わったの!?」
僕が六法全書1冊を食べ終わるのと、まーちゃんが六法全書10冊を食べ終わるのがほぼ同時だった。
ホントに一人で全部食べちゃったよ……。
やっぱまーちゃんを常識で計っちゃダメだな。
僕だって相当な量を食べたと思うんだけどな。
でも、確かに食べすぎてお腹は苦しいけど、まったく不快感はない。
お腹だけじゃなく、心も満たされているからかもしれない(はいはい)。
「さて、では本日のメインイベーント!」
「え?」
そう言うとまーちゃんは、抽斗からゴソゴソと何かを取り出した。
「はいこれ! ともくんの誕生日プレゼント!」
まーちゃんは綺麗にラッピングされた小さな包みを僕にくれた。
「あ、ありがとう。開けていい?」
「もちろん!」
僕は震える手でその包みを開ける。
するとその中には――シルバーのリングネックレスが納められていた。
――おぉ。
僕、こんなシャレオツなアクセサリー、身に着けたことないんだけど……。
そもそもアクセサリー自体ほとんど持ってないし。
「ありがとまーちゃん。でも、僕なんかにこんなお洒落なネックレス、似合うかな?」
「似合うに決まってんじゃんッ!」
「っ!」
食い気味で即答したまーちゃんに、僕は少しだけ面食らった。
「この私が似合うと思って買ったネックレスなんだよ! ともくんは私が信用できないの?」
「――!」
まーちゃんは真っ直ぐな瞳で僕を見つめる。
――そっか。
そうだよな。
僕は僕のことは信用できないけど、まーちゃんのことはこの世の誰よりも信用している。
そのまーちゃんが似合うって言ってくれてるんだもん、神様から太鼓判を押されるより自信がつくってもんだ。
「そうだね。ごめん」
「いやいや、謝る必要はないからさ、早く着けてみてくれない?」
「うん」
僕は慣れない手付きで戸惑いながらも、何とかネックレスを首から下げた。
「うんッ! やっぱ私の見立てに間違いはなかったね! カッコイイよ、ともくん」
まーちゃんが頬を染めながら褒めてくれる。
「ど、どうも」
普段人から褒められ慣れていない僕は、照れくさくてどうリアクションしていいかわからず、指先でネックレスの先に付いているリングを弄んだ。
「――よいしょ、っと」
「え?」
その時、まーちゃんが僕のすぐ隣に移動してきてその場に座り、僕の左腕にいつもみたいに絡みついてきた。
例によって豊満なおっぷぁいが僕の左腕を圧迫してくる。
そして上目遣いで僕を見つめてきた。
「ま、まーちゃん!? ど、どうしたの急に!?」
――あ。
途端、僕はさっきからこの部屋に抱いていた違和感の正体に気付いた。
いつもならそろそろ未央ちゃんが突撃してくるはずなのに、今日は一向にやって来ないのだ。
この部屋には三人でいることが多いから、二人だけでいることが逆に違和感の要因になっていたんだ。
それどころか、今日はこの家に僕とまーちゃん以外の人の気配が一切感じられない気がするんだけど……?
「……まーちゃん、そういえば今日って、未央ちゃん、は?」
「……未央はいないよ」
「え?」
いないの?
「未央とお父さんとお母さんは三人で、軽井沢に一泊旅行に行ってるから」
「軽井沢に!?」
……いや、今は別に軽井沢はどうでもいい。
――問題は今この瞬間、この家には僕とまーちゃん以外、誰もいないってことだ。
「お父さんとお母さんが気を利かせてくれてさ……」
「気を!?」
そ、それって、つまり……。
「……ねえ、ともくん」
「はっ!? は、はい、何でしょうか!?」
僕の心臓がドクドクと早鐘を打つ。
そんな僕に、まーちゃんは潤んだ瞳でこう言った。
「もう一つプレゼントがあるんだけど、貰ってくれる?」