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第12話:夏の終わり

「ああッ! まーちゃん待って! お願いだから許してー!!」

「へっへーん、許さないよーだ。ほれほれほれ~」

「あーーーー!!!!」


 また負けてしまった……。

 やっぱ公務員ファイターじゃまーちゃんには敵わないな。

 僕も最強の隠しキャラである自衛官を使ってるんだけどな……。

 しかもまーちゃんは操作が激ムズのマルサを使ってるのに。

 マルサの必殺技である『家宅捜索』は、コマンドが『↖↘↗↙→←↓↑↓↘→↗↑↓↙←↖↑+P+K』という、「アホか」と言いたくなる難易度で、僕なんて丸一日練習しても一度も出せなかったっていうのに……。

 まーちゃんはそれをあんな、ちょっとコンビニ行くくらいの手軽さで出しちゃってさ。

 つくづくまーちゃんとの才能の差にヘコむな……。

 ……いや。

 いやいや。

 それは違うな。

 まーちゃんは才能だけでここまでゲームが上手くなったわけじゃないはずだ。

 きっと僕の知らないところで、血の滲むような努力を重ねたからこそ、ここまで上手くなったんだ。

 たかだか一日ばかり『家宅捜索』の練習をしただけで音を上げた僕に、まーちゃんと才能の差がどうこう言う資格はないよな。


 僕とまーちゃんが付き合い始めて、早や一ヶ月余りが過ぎた。

 いよいよ夏休みも明日で終わりである。

 思えば今年は激動の夏休みだったな。

 まさかモブキャラオブザイヤーの僕が、まーちゃんみたいなヒロインオブザイヤーの子と付き合えるなんて……。

 今日もこうしてまーちゃんの部屋で、二人でお家デートしてるし。

 あれ以来僕も最低週二はまーちゃんの家にお邪魔してるので、勝手知ったる他人の家とまでは言わないが、大分この家にも慣れてきた。

 まあ、こうしてまーちゃんと二人で遊んでいると、その内決まって未央ちゃんが突撃してくるので、緊張する暇もないというのもあるが。


「そういえばともくん、美穂のこと聞いた?」

「え? 篠崎さん?」


 篠崎さんがどうしたの?


「美穂、バスケ部のマネージャーになったらしいよ」

「……マジで?」


 まーちゃんがニヤニヤしながら頷いている。


「マジマジ、大マジ。いや~、あの二人もなかなかやるよね」

「……そうだね」


 うわあ。

 それは勇斗のやつ、針の筵だろうな……。

 確かにうちの学校のバスケ部は練習がキツいことで有名で、夏休みもほぼ毎日朝から晩まで練習に明け暮れているらしく、マネージャーにでもならない限り勇斗と逢える機会はあまりないのだろうが。

 まあ、仮に勇斗が彼女がいない先輩達から嫌がらせを受けたとしても、それも勇斗と篠崎さんが自分達で選んだ道なのだろうし、僕にどうこう言える問題じゃないか(薄情)。


「ふー。じゃ、そろそろ持ってくるね」

「う、うん。……わざわざありがとね」

「何言ってんの! 今日の主役はともくんなんだから、気にせずくつろいでてよ」

「うん……」

「フンフフンフフ~ン」


 まーちゃんは鼻歌交じりに部屋から出て行った。

 そうは言っても恐縮しちゃうな。




「じゃじゃーん!」

「オオッ!?」


 そして数分後、まーちゃんは小型のウェディングケーキくらいある、とても個人で作ったとは思えないクオリティのケーキを持って部屋に入って来た。


「それ、ホントにまーちゃんが一人で作ったの!?」

「そうだよ。いやー、なかなか苦労したよー」

「……だろうね」


 サラッと言っているが、実際相当大変だったに違いない。

 まーちゃん、そんなにも僕のことを……。


「さあ、冷めないうちに蠟燭の火、消してともくん」

「ケーキは別に冷めてもよくない!?」


 とは言いつつも、僕はケーキに刺さった計16本の蠟燭の火を、一思いに吹き消した。


「ハッピーバースデー、ともくーん!」

「ありがと、まーちゃん」


 そう、今日8月30日は、僕の16回目の誕生日なのだ。




「はい、これがともくんの分ね」

「サンキュ」


 僕は六法全書くらい体積がある、切り分けたケーキを受け取った。

 それでもケーキはまだその10倍くらい残っている。


「ねえまーちゃん、せっかく作っていただいてこんなこと言うのも何なんだけど、流石にこれ、二人じゃ食べきれなくない?」

「そんなことないよ」

「え?」


 まーちゃんは顔色一つ変えずこう言った。


「これくらい、私一人で余裕だから大丈夫だよ」

「今何と!?」


 六法全書10冊分のケーキを、一人で食されると仰いましたか今!?


「よく言うじゃん、甘いものは別腹って」

「別腹っていうかそれはもう別次元だよね!?」


 こんなのフードファイターでも苦戦するレベルだよ!?


「でもうちのお母さん、前に道端でギャ〇曽根を見掛けたことあるって言ってたし」

「だったら何!?」


 そんなんでフードファイターになれたら誰も苦労しないよ!?

 しかもまーちゃん自身が見掛けたわけでもないんでしょ!?


「まあまあ、とりあえず食べてみてよ。結構自信作だよ、このケーキ」

「う、うん。……いただきます」

「召し上がれ」


 生まれて初めての彼女の手作りバースデーケーキ。

 僕は感涙で目の前が霞むのを必死に堪えながら、ケーキを口に運んだ。

 ――すると、


「美味いッッッ!!!!」


 漫画だったら目玉が飛び出ているくらい美味しかった。

 こんな美味しい食べ物、今まで出逢ったこともない。

 今の僕ならグルメ漫画の審査員みたいに、海の上を走ったり、手を使わずに全裸になったりすることさえできそうだ(誰得)。


「メッッチャクチャ美味しいよこれまーちゃん!!」

「ふふ、よかった」


 まーちゃんはいつものヒマワリみたいな笑みを投げてくれた。

 ……ああ、そうか。

 そういうことか。

 もちろんこのケーキ自体のクオリティが極めて高いというのもあるのだろうが、これだけ美味しい一番の理由は、やはり『愛情』だろう。

 美味しい料理を作る上で、愛情に勝る調味料はないってことか(何をそんなポエミーなことを)。


「じゃ、私も食べよーっと。いっただっきまーす」


 まーちゃんは大口を開けてケーキを頬張った。


「んん~、我ながら甘さの匙加減が絶妙~」


 ほっぺにクリームを付けながら幸せそうにケーキをパクつくまーちゃんを見ていたら、僕まで心がポカポカしてきた。


 ……でも、さっきから何かこの部屋に違和感があるんだけど、いったい何だろう?




「ふー、ご馳走様ー」

「もう食べ終わったの!?」


 僕が六法全書1冊を食べ終わるのと、まーちゃんが六法全書10冊を食べ終わるのがほぼ同時だった。

 ホントに一人で全部食べちゃったよ……。

 やっぱまーちゃんを常識で計っちゃダメだな。

 僕だって相当な量を食べたと思うんだけどな。

 でも、確かに食べすぎてお腹は苦しいけど、まったく不快感はない。

 お腹だけじゃなく、心も満たされているからかもしれない(はいはい)。


「さて、では本日のメインイベーント!」

「え?」


 そう言うとまーちゃんは、抽斗からゴソゴソと何かを取り出した。


「はいこれ! ともくんの誕生日プレゼント!」


 まーちゃんは綺麗にラッピングされた小さな包みを僕にくれた。


「あ、ありがとう。開けていい?」

「もちろん!」


 僕は震える手でその包みを開ける。

 するとその中には――シルバーのリングネックレスが納められていた。

 ――おぉ。

 僕、こんなシャレオツなアクセサリー、身に着けたことないんだけど……。

 そもそもアクセサリー自体ほとんど持ってないし。


「ありがとまーちゃん。でも、僕なんかにこんなお洒落なネックレス、似合うかな?」

「似合うに決まってんじゃんッ!」

「っ!」


 食い気味で即答したまーちゃんに、僕は少しだけ面食らった。


「この私が似合うと思って買ったネックレスなんだよ! ともくんは私が信用できないの?」

「――!」


 まーちゃんは真っ直ぐな瞳で僕を見つめる。

 ――そっか。

 そうだよな。

 僕は僕のことは信用できないけど、まーちゃんのことはこの世の誰よりも信用している。

 そのまーちゃんが似合うって言ってくれてるんだもん、神様から太鼓判を押されるより自信がつくってもんだ。


「そうだね。ごめん」

「いやいや、謝る必要はないからさ、早く着けてみてくれない?」

「うん」


 僕は慣れない手付きで戸惑いながらも、何とかネックレスを首から下げた。


「うんッ! やっぱ私の見立てに間違いはなかったね! カッコイイよ、ともくん」


 まーちゃんが頬を染めながら褒めてくれる。


「ど、どうも」


 普段人から褒められ慣れていない僕は、照れくさくてどうリアクションしていいかわからず、指先でネックレスの先に付いているリングを弄んだ。


「――よいしょ、っと」

「え?」


 その時、まーちゃんが僕のすぐ隣に移動してきてその場に座り、僕の左腕にいつもみたいに絡みついてきた。

 例によって豊満なおっぷぁいが僕の左腕を圧迫してくる。

 そして上目遣いで僕を見つめてきた。


「ま、まーちゃん!? ど、どうしたの急に!?」


 ――あ。

 途端、僕はさっきからこの部屋に抱いていた違和感の正体に気付いた。

 いつもならそろそろ未央ちゃんが突撃してくるはずなのに、今日は一向にやって来ないのだ。

 この部屋には三人でいることが多いから、二人だけでいることが逆に違和感の要因になっていたんだ。

 それどころか、今日はこの家に僕とまーちゃん以外の人の気配が一切感じられない気がするんだけど……?


「……まーちゃん、そういえば今日って、未央ちゃん、は?」

「……未央はいないよ」

「え?」


 いないの?


「未央とお父さんとお母さんは三人で、軽井沢に一泊旅行に行ってるから」

「軽井沢に!?」


 ……いや、今は別に軽井沢はどうでもいい。

 ――問題は今この瞬間、この家には僕とまーちゃん以外、誰もいないってことだ。


「お父さんとお母さんが気を利かせてくれてさ……」

「気を!?」


 そ、それって、つまり……。


「……ねえ、ともくん」

「はっ!? は、はい、何でしょうか!?」


 僕の心臓がドクドクと早鐘を打つ。

 そんな僕に、まーちゃんは潤んだ瞳でこう言った。


「もう一つプレゼントがあるんだけど、貰ってくれる?」

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