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第11話:彼女が僕の家にやって来た!

「はううう、緊張するよ~」


 まーちゃんは自分の左胸に手を当てて、顔をキュッとさせた。

 ふふ、意外と小心者な一面もあるんだな。

 今日も僕の彼女はカワイイぜ!


「大丈夫だよまーちゃん。僕の家族なんて、まーちゃんの家族に比べればRPGで最初に出会うザコキャラみたいなもんなんだから、適当に攻撃ボタン連打してれば倒せるよ」


 まあ、正確に言うと若干一名、やっかいなやつがいるのだが……。


「もう! ご家族のことをそんな風に言っちゃダメだよともくん!」

「えっ!? ご、ごめんなさい……」


 まーちゃんに怒られてしまった……。

 でも、これはこれで悪くないかも?

 ――い、いや、違うよ!?

 僕はドMじゃないよ!?

 ホントにドMじゃないからね!!(誰に言ってるの?)


「それに、もしもともくんのご家族に嫌われちゃったら、私生きていけないもん……」

「まーちゃん……」


 まーちゃんは物憂げに俯いてしまった。

 そんなに僕のことを……。


 今日は僕の家に初めてまーちゃんをお招きすることになったのだ。

 が、いつもは常に溌剌はつらつとしているまーちゃんが、何だか今日はメランコリックだ。

 しかも服装も、普段のスポーティーでボーイッシュな感じとは一転して、上は二人っきりでの初デートの時に買った黒のブラウス、そして下はミモレ丈のスカートにパンプスという、ザ・大人といったものに変貌している。

 こうやって見るとまるで別人だ。

 オイオイオイ、僕の彼女はいったいいくつ顔を持っているんだい?

 そんなに絶え間なく僕をドキドキさせて、不整脈を起こしたらどう責任を取ってくれるんだい?

 僕がそんなまーちゃんに見蕩れていると、


「あ、あんまジロジロ見ないでよ! わかってるんだから、私にこういう服装が似合わないってことくらい……」


 赤面プリンセスが赤面いつものを披露してくれた。


「いやいや、何を言ってるんだよまーちゃん。前も言ったけど、まーちゃんにはそういう大人っぽい服も、溜め息が出る程似合ってるよ」

「え? ホ、ホントに?」

「ああ、パリコレモデル裸足さ」

「ふふ、それは言い過ぎじゃない?」


 まーちゃんにいつもの朗らかな笑顔が戻った。

 よしよし、これで準備は万端だろう。


「――じゃあ、いくよ」

「う、うん」


 僕は家のマンションの扉を開けた。


「ただいまー。まーちゃんをお連れしたよ」

「あらあらあらまあまあまあ! これはこれは、何て可憐なお嬢さんでしょう!」

「おおっ! 智哉! お前、どこでこんな不釣り合いなお嬢さんを捕まえてきたんだ!? どんな弱みを握ってるんだ!?」

「何も握ってないよ!」


 案の定母さんと父さんは、まーちゃんを見てびっくり仰天(死語)している。

 まあ、そりゃそうだよね。

 誰でも僕とまーちゃんを並べて見たら、そう思うだろうさ。


「はじめまして。智哉さんとお付き合いさせていただいている、足立茉央と申します」


 まーちゃんは折り目正しく深々とお辞儀をした。

 おおぅ……。

 マジでいつものまーちゃんとは別人だな。

 いろんな意味でドキドキしちゃうぜ。


「あらあらあらまあまあまあ! どうかそんなかしこまらないでくださいな! ささっ、汚い家ですけど上がってください!」

「はい、失礼いたします」


 母さんその「あらあらあらまあまあまあ!」ってのウザいよ!?

 母さんはテンパるとすぐ「あらあらあらまあまあまあ!」を連発するから嫌なんだよな……。


「う、うわああああああああ!!?!??!?!!?」

「「「「っ!?」」」」


 その時、廊下の奥から歩いて来た、上下ダルダルのスウェット姿で頭がボサボサのある人物が、まーちゃんを見て腰を抜かした。

 ……僕の兄貴だ。


「う、嘘だッ!! 嘘だああああああ!!!!! 智哉に彼女ができたって聞いたから、絶対RPGのラスボスの最終形態みたいなとんでもない女を連れてくると思ってたのに、こんな……、こんな女神みたいな子をををををををををををを!??!?!!?!?!?」


 口悪いな相変わらず!

 兄貴は顔はイケメンなのだが、今の一言からも察せられるように性格をいろいろ拗らせてるので、20歳の大学生になった今でも彼女いない歴イコール年齢の童貞チェリーブロッサムだ。

 毎日某巨大掲示板にリア充の悪口を書き込んだり、街中でリア充を見掛けるたびに小声で「死ね」っと呟いたりするなど、何とも残念な性格をしている(所謂残念なイケメンってやつか……)。

 我が兄ながら、何故ここまで捻じ曲がってしまったのだろう……。


「ク、クソがッ!! 認めねえ!! 俺は認めねえぞ智哉あああ!!! 兄よりすぐれた弟なぞ存在しねえ!!」


 それは兄が世界で一番言っちゃいけない台詞だよ兄貴……。


「はじめましてお兄さん。智哉さんとお付き合いさせていただいている、足立茉央と申します」

「なっ!?」


 だがまーちゃんは、そんな兄貴の醜態など毛程も気にした素振りを見せず、それこそ女神みたいな笑顔で兄貴に恭しくお辞儀をした。

 いつもながら何て良い子なんだまーちゃんは。


「あなたが神かッ!?」

「は?」


 兄貴、もういいから黙ってて。




「さあさあ、茉央ちゃんも智哉の隣に座って好きに食べてね!」

「ありがとうございますお母さん。わあ、美味しそう」


 ゲッ。

 母さんのやつ、奮発して寿司の出前なんか取ってやがる。

 寿司なんて普段は回転寿司くらいしか行かないくせに……。

 初めて息子が彼女を連れて来たからって、見栄を張りやがったな。


「あ、お母さん、よかったらこれ、私のお母さんからです。手作りのチーズケーキなんですけど」


 まーちゃんは手土産を母さんに差し出した。


「あらあらあらまあまあまあ! 何て美味しそうなんでしょ! あらあらあらまあまあまあ! 茉央ちゃんのお母さんは料理教室の先生をやってらっしゃるんでしょ? あらあらあらまあまあまあ! 私もあやかりたいわ!」


 いい加減マジでウザいよ母さん!?

 「あらあらあらまあまあまあ!」って言ってからじゃないと喋れないの!?


「いえいえ、小さな料理教室ですから。よかったら今度お母さんもいらっしゃいませんか?」

「あらあらあらまあまあまあッ!! いいの!? じゃあ今度あらあらあらまあまあまあしようかしら!」


 あらあらあらまあまあまあするって何!?

 前のヒャッハー三兄弟もそうだったけど、みんな一つの言葉に役割背負わせすぎだろ!?


「うめえええ!! これうんめええええ!!!」

「あっ!」


 まだまーちゃんが席に着いてもいないのに、兄貴が卑しく寿司をがっつき出しやがった。

 しかもよりによって大トロばっか食ってやがる!!


「兄貴! そんながっついて大トロばっか食うなよ! 恥ずかしいな!」

「うるるるせえぞ智哉ッ!!」

「うわっ!? 汚えッ!?」


 兄貴がご飯粒を飛ばしながら怒鳴った。


「お前はいつも茉央ちゃんていう極上の大トロを食ってんだから文句言うんじゃねえ!! 殺すぞ!!!」

「お、大トロ……!?」

「兄貴ッ!! まーちゃんに何て失礼なこと言うんだよ!! 謝れよ!!」

「い、いえ、私はいいんです。……それに私、まだともくんには食べられてませんから……」

「まーちゃん!?!?」


 君も君で何でそういうこと言うかな!?

 僕の家族の前なんだよ!?


「う、うう……。ちくしょう……、何で……、何で智哉ばっかり……、何でだああああああああああ!!!」


 兄貴は突然号泣し出した。

 ……えぇ(ドン引き)。

 だが、まーちゃんはそんな兄貴にさえ、聖母のような慈愛に満ちた笑顔を向けていた。

 あなたが神かッ!?




「さっきはごめんねまーちゃん。兄貴見苦しいものを見せちゃって」

「ううん、そんなことないよ。面白いお兄さんだね」

「……まあ、傍から見てる分にはそうかもね」


 珍獣というのは檻の外から見る分には面白いのだろうが、檻の中に一緒に入れられたほうは堪ったもんじゃない。


「でもここがともくんのお部屋なんだね! 何だかともくんの匂いがする……」


 僕の部屋に入るなり、まーちゃんは鼻をスンスンさせて頬を赤らめた。 

 僕らお互いの部屋でやってること一緒じゃない!?

 とんだ変態カップルもいたもんだ!


「まあ、兄貴と相部屋だから、僕だけの部屋ってわけじゃないけどね」


 その上まーちゃんの部屋よりも狭いときたもんだ。

 あまりの経済格差の違いに泣きそうになるぜ。


「でもそれも楽しそう! 私、歳が近い兄弟っていなかったから、ちょっと羨ましいな」

「そ、そう?」


 まーちゃんの表情的にお世辞で言っているようには見えない。

 まあ、隣の芝生は青いってやつか。


「うぇーーーい!!! 茉央ちゃーん! 智哉ー! 一緒にゲームやろーぜー!」

「ゲッ」


 突然兄貴が部屋に乱入してきた。


「兄貴ッ! ちょっとは空気読んでくれよ! 兄貴はリビングにいてくれよ!」

「な・ん・で・だ・よ!!! ここは俺の部屋でもあるんだから、お前にそんなこと言われる筋合いはねーぞ!!」

「で、でも……」

「あ、私はいいですよお兄さん。ゲームやりましょやりましょ」

「まーちゃん!?」


 兄貴こんなやつに気を遣わなくてもいいんだよ!?


「おおおおお! やっぱ茉央ちゃんは女神様だね!! ああっ女神さまっ、だね!!」

「え、えーっと」

「兄貴ッ! そろそろ怒られるぞ!」


 ハァ……、まーちゃんを家に呼んだのは間違いだったかもしれない……。


「ほんじゃ、三人で『公務員ファイター』やろうぜ!」

「あ、いいですね。私もそのゲーム持ってます」

「マジで!? 茉央ちゃんゲームも好きなの!?」

「はい、大好きです」

「びゃああああああああああ!!!」

「えっ!?」


 可愛い上にゲームも一緒にやってくれる理想的な彼女という存在を目の当たりにしてしまい、兄貴の中の閾値を超えてしまったらしく、兄貴はまた嫉妬で悶え苦しんだ。


「ふぅ……、ふぅ……、ふぅ……、ま、まあいい。とりあえずゲーム始めようか」

「は、はい」


 こんなんでこの先の人生大丈夫なのかな兄貴は……?

 せめて大学くらいは無事に卒業してもらいたいけど……(兄に対するハードルが低い)。


「よーし、俺は消防士を使うぜ!」

「あっ! 兄貴ズリーぞ!」


 公務員ファイターは各種公務員を操作して複数人同時に戦うアクションゲームで、消防士はパワー、スピード共に優れた断トツのチートキャラだ。


「うるるるせえぞ智哉ッ!! お前は茉央ちゃんていう最強のチート彼女がいんだから、むしろこれでもお釣りもらいたいくらいだぞこっちは!!」

「暴論が過ぎる」

「まあまあ、いいじゃないゲームなんだし。ともくんはどのキャラにするの?」

「え? うーん、そうだなー」


 少し悩んだが、結局僕は持ちキャラの警察官を選択した。

 警察官は消防士程パワーはないが、何と言っても拳銃で遠距離攻撃できるのが最大の利点だ。


「ハッ! またお前はそうやって遠くからペシペシいやらしく攻撃する道を選びやがって! 男ならドーンと接近戦で勝負してみせろや! そんなんだからお前はいつまで経っても弟なんだよ!!」

「最早言ってることが欠片も理解できない」

「うふふ、本当に仲が良いんですね」

「「どこがッ!?」」


 くっ!

 兄貴とリアクションが被ってしまった……。

 屈辱だ。


「じゃあ私はこれにしよーっと」

「「え?」」


 そう言ってまーちゃんが選択したのは、あろうことか市役所職員だった。

 マジかまーちゃん!?

 市役所職員は全ステータスが最下位の、所謂ネタキャラだ。

 まーちゃんのことだから、自棄になってる訳じゃないとは思うけど……。


「ほっほう! これは早くも勝負を諦めちゃったのかな!? だが獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くすという! 手加減はしないよ茉央ちゃん!」

「はい! 望むところです!」


 今すぐライオンに謝れ。

 兄貴は精々ポ〇デライオンだろ。

 いや、それすらポ〇デライオンに失礼だ。


「よーし、ぶち飛ばしていくぜぇ!!」

「そろそろマジで怒られるから兄貴ッ!」


 もうこんな兄貴ヤだ!




「フハハハハハ! 汚物は消毒だー!」

「なっ!?」


 兄貴は試合開始早々、大技である『放水』をぶち飛ばしてきやがった。

 消防士の伝家の宝刀である放水は、攻撃範囲も極めて広い上、威力もトップクラスのチート中のチート技だ。

 クソッ!


「あーらよっと」

「「え?」」


 が、まーちゃんは市役所職員の技の一つである『お昼休憩』を発動させると、いとも容易く放水を打ち消した。

 へあっ!?

 そ、そんなバカな……。

 お昼休憩は相手の技が当たる瞬間に発動させると、どんな技でも打ち消すことができるという技なのだが、その分タイミングがクッッソシビアで、実に1フレーム(60分の1秒)単位の精密さが求められる。

 そのため、ほとんどのプレイヤーは使おうとさえしない技だ。

 それを……、あんな何でもないことのように……。


「あ……ありのまま、今、起こった事を話すぜ!」

「あ、お兄さん、そういうのはもう結構でーす」

「言わせてよッ!」


 そのまままーちゃんは『お役所仕事』、『定時ダッシュ』、『老後安泰』のフルコンボを僕と兄貴に同時に喰らわせ、一瞬で勝利を収めたのであった。

 ……嗚呼。


「ヒャッホー! 私の勝ち―!」

「び、びえええええええええ!!!」


 兄貴はまたしても号泣しながら部屋から出て行ってしまった。

 ……もう二度と帰って来ないでほしい。


「……凄かったねまーちゃん」

「へっへーん! 私のお母さんはeスポーツの大会に出場したこともあるんだよ」

「なるほどいつものやつね」


 最早驚かないよ僕は。


「……ふぅ」

「えっ!?」


 突然まーちゃんは力が抜けたように僕にもたれかかってきた。


「ま、まーちゃん!? どうかした!? 具合でも悪いの!?」

「あ、ごめんごめん、そういうわけじゃないの。……ただちょっとだけ、緊張の糸が切れちゃって」

「っ! ……まーちゃん」


 まーちゃんは力なくにへへっと笑った。

 ……そっか、とてもそんな風には見えなかったけど、実はずっと気を張ってたのか。


「……別に僕の家族に気を遣う必要は、本当にないんだよ?」


 僕はまーちゃんの頭をよしよしと撫でた。


「うん。でも、ちょっとでも良い彼女だって思われたいし」

「まーちゃん……」


 本当に、僕の彼女は何て良い子なんだ。


「ありがとう、まーちゃん。愛してるよ」

「えへへ、私も愛してる。――ん」

「――!」


 まーちゃんは瞳を閉じた。

 ……ふぅ、やれやれ。


「ん」


 僕はまーちゃんにキスをした。

 まさか長年過ごしてきたこの狭くて汚い部屋で、彼女とキスすることになるとはね。

 何とも不思議な感覚だ。


「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

「「っ!」」


 ドアの隙間から兄貴が血の涙を流しながらこちらを見ていた。

 ……うん、まあ、今回は多分、こんなオチなんだろうなとは、正直思ってました。

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