「あ、浅井君、今ちょっとだけいいかな?」
「え?」
とある昼休み。
僕がトイレから出ると、篠崎さんが僕を待ち構えていた。
ほ?
これは意外な展開。
篠崎さんが僕なんかに何の用だろう?
でも、雰囲気的に大分逼迫したものを感じる。
ひょっとして勇斗と何かあった?
まさか勇斗のことだから、浮気が発覚したなんてことはないと思うけど……。
「う、うん、大丈夫だけど」
「そう、よかった。……実は折り入って相談に乗ってもらいたいことがあるんだ」
「相談?」
何だろう……、凄く嫌な予感がする……。
「浅井君はさ、……茉央ちゃんともう結ばれたんだよね?」
「む、結ば……!?」
篠崎さんに校舎裏に連れていかれた僕は、そこで衝撃的な確認をされた。
結ばれたって!?
え!? これって
いやいやいや篠崎さん!
君はそういうこと言うキャラじゃないでしょ!?
どうしちゃったんだい今日の君は!?
「……えっと、もしかして勇斗と何かあった?」
「っ!」
篠崎さんは露骨にビクッと身体を震わせた。
……やっぱり勇斗絡みだったか。
まあ、篠崎さんが僕に用があるなんて、他に理由は思いつかないけど。
「……うん、そうなんだ」
篠崎さんは意を決したように重い口を開いた。
「私と勇斗くんが付き合い始めた日は、茉央ちゃんと浅井君が付き合い始めた日と一緒だから、もう少しで2ヶ月くらい経つじゃない?」
「う、うん、そうだね」
それが何か?
「……でも勇斗くんはね、未だに私に全然手を出してくれないの」
「え」
篠崎さんは耳まで真っ赤にしながら俯いてしまった。
お、おお……。
なるほど、大体わかったぞ。
大方僕とまーちゃんがどんどん前に進んでいくのに、自分達はこの2ヶ月近く、ほとんど足踏み状態になってるのが不安だったんだな。
ひょっとしたら篠崎さんは、自分は勇斗から愛されてないんじゃないかとか考えちゃってるのかもしれない。
でもそれは違うよ篠崎さん!
勇斗はあんな図体をしてるけど、マンボウ並みの豆腐メンタルなヘタレなんだよ!
何でもマンボウは一度に3億匹くらい卵を産むらしいんだけど、その中で天寿を全うできるのは極々一部だけらしいんだよね。
とにかくマンボウはメンタルが激弱で、前方からウミガメが自分のところに向かってきただけで「このままだとぶつかっちゃう!」って不安になってストレスで死んじゃうこともあるらしいんだよね。
繊細ッッ!!
――よし、前に勇斗にはムッツリスモールフォワードっていうあだ名をつけたけど、新たにマンボウ勇斗ってのも追加しよう。
「それでね、私気付いたの」
「ん?」
何に?
「茉央ちゃんにあって私にないものは何かって……。それってやっぱりコレだよね!?」
「っ!?」
篠崎さんは自らのおっぷぁいに手を当てながら悲痛な声を上げた。
えーーーー!?!?
いやいやいや篠崎さん、何でそういう結論に至るのかな!?
確かに篠崎さんはまーちゃんに比べれば慎ましやかなおっぷぁいをお持ちあそばされているかもしれないよ!?
むしろまーちゃんが富士山だとするなら、篠崎さんのは広大な関東平野の如くなだらかな大地が広がっていると言っても過言ではないかもしれないよ!?(失礼)
でも……それがイイんじゃないか!!
篠崎さんはわかってないよ!
世の中には慎ましやかなおっぷぁいにリビドーを感じる紳士も少なくないということをッ!!
むしろ紳士の数は、年々増え続けている傾向にあるということをッ!!(当社調べ)
――勇斗だってそれは例外じゃない。
何せ勇斗の部屋のベッドの下や本棚の裏に隠してあるセクシーな書物は、ただの一つの例外もなく
中でも勇斗は
そんな勇斗が篠崎さんのちっぱいにリビドーを感じていないなんてあり得ないッ!!
ただ純粋にヘタレなだけで、手を出したいのに出せてないんだよ!
「フッ、話は聞かせてもらったッ!」
「「っ!!?」」
――その時、すぐ横の壁に忍者みたいに保護色の布で隠れていた梅先生が、豪快に布を脱ぎ捨てて姿を現わした。
えーーー!?!?!?
この人ホントに公務員!?
こんな人に公務を任せて、日本の将来は大丈夫なの!?
「う、梅先生……」
「フッ、安心しろ篠崎。私がお前に、自信をつけさせてやる!」
「はえ!?」
うわあ……。
これ絶対ろくなことにならないパティーンのやつだ……。
「フッ、ようこそ諸君! 肘川北高校コレクション、略して肘コレへ!」
「何か始まった!?」
何ですかその超劣化版のパリコレみたいな怪しいファッションショーは!?
あの後梅先生によって全クラスメイトが教室に集められ、平穏だった昼休みは瞬時に騒然となった。
みんなこれから何が始まるんだと訝しんだ表情を漂わせている。
さもありなん。
ただ、この場に篠崎さんだけ姿を見せていないのが、僕の不安感を一層増大させていた。
「ねえともくん、あの変態教師は今度は何を企んでるの?」
まーちゃんが眉間にシワを寄せながら聞いてきた。
「えっ!? さ、さあ、僕にも何が何やら」
「……ふーん」
まーちゃんは明らかに腑に落ちていない様子だが、それ以上言及してくることはなかった。
まあ、僕も変態教師がこれから何をやろうとしているのか、一切わかってないってのは嘘じゃない。
とにかく今はこの肘コレとやらを見守ろう。
「美穂……」
そんな僕のすぐ後ろの席で、勇斗は遊園地で母親とはぐれた子供みたいな顔をしながら篠崎さんの名前を呟いた。
元はと言えばお前がマンボウ勇斗なのがいけないんだかんな!
「フッ、では早速いってみよう! エントリナンバー1番、夏のプールサイドに現れた純白の妖精! 白スク篠崎だ!」
「「「!?」」」
白スク篠崎!?!?
途端、スパーンという豪快な音を立てながら、教室の前の扉を開いて白いスクール水着を着た篠崎さんが入ってきた。
えーーー!?!?!?
ななななな何やってるの篠崎さーーーん!!!
だから君はそういうキャラじゃないでしょ!?!?
「み、美穂ッ!?」
勇斗も自分の彼女が何の前触れもなく白スク姿で目の前に現れたことに対して、困惑の色を隠せない様子だ。
さもありなんッ!
こんなん誰だってそうなるよ!
「ゆ、勇斗くん、どうかな、今日の私?」
「えっ!? い、いや、その……」
篠崎さんは全身をプルプルと震わせながら、上目遣いで勇斗に尋ねた。
そ、そうか!
読めたぞ梅先生の狙いが!
スクール水着というのは言わずもがな、篠崎さんのようなスレンダーな幼児体型との親和性が非常に高い神アイテムだ。
その上色も白ときたもんだ。
スク水の純朴さに白の清純さも相まって、今の篠崎さんは正に妖精!
こんなの紳士には堪らないよッ!!
――嗚呼!
しかも胸元には、『しのざき』とひらがなで名前が書いてあるッ!!
優勝!
これはもう優勝確定だよッ!!(何に?)
「キャー! カワイイッ! カワイイよ美穂ー!」
「まーちゃん」
篠崎さん大好きまーちゃんは、ハァハァ言いながらスマホで一心不乱に篠崎さんの白スク姿を激写している。
……まーちゃん。
「ね!? 田島君もそう思うよね!? ねッ!?」
「えっ!? あ、ああ……、そうだな、うん。スゲェ可愛いよ」
「ゆ、勇斗くん」
おお!?
まーちゃんナイスアシスト!
勇斗は照れながらも、篠崎さんの眼を真っ直ぐ見ながらそう言った。
篠崎さんは両手で口元を抑えて眼を潤ませている。
イエス!
やっぱこれは完全に優勝だぜ!(だから何にだよ)
――その時、またしても微居君の席の方から
ああ待って待って微居君!!
今日だけは愚かなリア充を許してあげて!!
ただ彼らは、甘酸っぱい青春を謳歌してるだけなんだよ!!(火に油)
「フッ、幸先は好調のようだな」
……え、幸先?
何?
ってことはこの茶番まだ続くの?
「さあ、次の衣装いくぞ篠崎!」
「は、はい梅先生! 一生ついていきます!」
おやあん?
何だか妙な師弟関係が築かれつつあるぞ?
これ以上人間関係をややこしくしないでほしいんだけど……。
「フッ、エントリナンバー2番、木枯らし吹く体育の祭典に舞い降りたドジっ子の天使! ブルマー篠崎だ!」
「「「!?!?」」」
例によってスパーンと快音を響かせながら、体操服にブルマー姿の篠崎さんが躍り出てきた。
おおう……。
次はブルマーときたか。
そもそもブルマーってもう廃止されたんじゃなかったっけ?
どっから仕入れてきたんだ梅先生は、あんなものを……?
でも確かにブルマーはスク水と並んで、ちっぱいと親和性の高いアイテムだ。
もちろん今回も胸元には『しのざき』とマジックで書かれている。
その上赤いハチマキも巻いているという芸の細かさだ(紅組なんだ……)。
更に更に、篠崎さんは『6』と書かれた旗を持っていて、右の膝小僧には大きな絆創膏も貼られていた。
こ、これは……!?
多分徒競走のゴール手前くらいでコケてしまい、惜しくもビリになってしまったんやッ!!
正にドジっ子!!!
ドジっ子天使篠崎ッ!!!
そそる、庇護欲をッッ!!!!(倒置法)
「はふー、美穂たん美穂たーん! こっちにも目線くださーい!」
「まーちゃん!」
まーちゃんはどこから取り出したのか、一眼レフの高画質カメラのシャッターを一心不乱に切っている。
まーちゃんがただのドルオタになってしまった!
「ねえ田島氏! これはもう武道館確定でありますよな!?」
「えっ!? あ、うん……。そうだな、今の美穂なら、武道館も夢じゃないよ」
「勇斗くん……!」
田島氏って!?
いつの時代のドルオタだいまーちゃん!?
みんなキャラがどんどん崩壊していく!
しっかりしなきゃ!
せめて僕だけでもしっかりしなきゃッ!(フラグ)
「フッ、よーし篠崎、ラストも気を抜かずにベストを尽くせよ!」
「はい、コーチ!」
コーチ!?
……昭和のスポ根漫画かよ。
「さあ、泣いても笑ってもこれが大トリだ! エントリナンバー3番、女にとっての集大成の衣装といえばやはりこれだろう。ジューンでブライドなヴァージンのロードを歩く純白の女神! ウェディング篠崎だ!」
「「「!?!?!?」」」
スパーンと共にマーメイドラインのウェディングドレスに身を包んだ篠崎さんが、厳かに降臨した。
えーーー!?!?!?
ガチの集大成きちゃった!?!?
確かにマーメイドラインのウェディングドレスは、スレンダーなちっぱい体型の人の方が似合うって言われてるけれども!?
いくらなんでもまだそれを着るのは早すぎないかい!?
「う、うぅ……、よかったわね、美穂……」
「まーちゃん……」
いつの間にかまーちゃんは黒留袖に着替えており、ハンカチで目頭を抑えていた。
お母さん役!?
新婦のお母さん役なのまーちゃんは!?
「勇斗さん、美穂をよろしくお願いしますね」
「は、はい、お
「あ、あなた……」
勇斗まで!?
勇斗もいつの間にか白のタキシードを着ていた。
そして篠崎さんも『あなた』って!?!?
もう婚姻届出したの!?
式の朝、二人で一緒に市役所に出しに行ったの!?
「フッ、どうだ篠崎。これで少しは自分の体型にも自信が持てたんじゃないか?」
「コーチ……」
何と!?
変態公務員が、教師らしいことをしているだと!?
「ありがとうございましたコーチ。この御恩は一生忘れません」
「お、俺も。――何か俺のせいで、美穂がご迷惑をおかけしたみたいですいませんでした」
「フッ、いやなに。私は秘蔵のコスプレ衣装に日の目を見せてやりたかっただけだから気にするな」
「「え」」
……最後の最後で台無しだよ。
あれ?
そういえば途中から、微居君の
ふと後ろを振り返ると、そこには微居君を含め、僕達以外のクラスメイトは誰一人残っていなかった。
……ごめんねみんな、貴重な昼休みを。