「さてと、とはいえ何から話したものかな」
イケメンはそんな仕草も様になるのだからズルい。
――と、そこで僕は、普津沢さんの左手の薬指に、
へえ、普津沢さんは既婚者だったのか。
まあ、これだけイケメンなんだもんな。
奥さんもさぞかし美人に違いない。
「一言で言ってしまうとね、俺達は
「……はあ」
良くも悪くも予想通りの職種だったので、マヌケな返事になってしまった。
でも、『異星人』よりも『忍者』という単語の方が滑稽に聞こえるのは何故だろう?
「
「え? あの忍者のですか?」
そりゃあ、無学な僕でも服部半蔵くらいは知ってますよ。
日本一有名な忍者と言っても過言じゃないだろう。
「そう。でも二代目以降の半蔵は、忍者じゃなくて武士だったってのは知ってる?」
「あ、そうだったんですか」
それは知らなかった。
「――でもね、真実は少し違う」
「――!」
そこで普津沢さんは、声のトーンを少し落とした。
「実は武士として生きる、
「裏!?」
何その中二臭い設定!?
「これからは忍者よりも武士の時代が来ると予見した初代半蔵は、二代目以降は武士として自分の名を継がせることにしたんだ。――ただ一方で、いつの世も忍者の存在は影で必要になるとも思っていた。だから裏でもう一つ、忍者としての服部半蔵を代々受け継いでいかせることにしたというわけさ」
「……へえ」
マヌケな返事パート2。
でも今度のは、あまりにも予想外の答えだったからだ。
「そしてその子孫である、『二十一代目の裏の服部半蔵』は、今でも忍者として日本を影から日々支えているのさ。――俺達はその二十一代目服部半蔵の部下なんだよ」
「そんな……」
歴史の裏で、そんなことが……。
「まあ、今の俺達はあくまで公務員なんだけどね」
「公務員!?」
「うん、そもそも服部半蔵は、代々幕府、つまり今でいう政府に仕えてたんだよ。だから今の俺達は、政府お抱えの、公式には存在しない
「IGA……」
「IGAはこのアーリスみたいな凶悪犯とかを取り締まる、秘密警察のようなものなのさ」
「……」
相変わらず情報量が多すぎて頭が追い付かない。
「『相変わらず情報量が多すぎて頭が追い付かない』って顔だね」
「っ!」
普津沢さんは柔和な笑みを浮かべたまま、サラッと僕の心情を一言一句違わず言い当てた。
怖いなさすが忍者こわい。
「でも、悪いけどまだまだ情報量は増えるよ。いいかな?」
「え、ええ」
僕としても、依然気になる事柄は多いですし。
「ではここで、IGAの組織構成について軽く説明させてもらうね」
普津沢さんは人差し指をピンと立てて、学校の先生のような態度を取った。
意外とお茶目な部分もあるんだな、この人。
「IGAは全部で3つの課に分かれてるんだ」
「3つの課?」
「そう、1つ目はSATみたいな、主に凶悪な犯罪者等を直接戦闘で鎮圧するのが仕事の『
「っ!?」
兄貴が!?
「そうだぞ智哉ー。俺は凄いんだからなー。可愛い彼女がいるからってあんま調子乗ってんじゃねーぞ弟このヤロー!!!」
「……」
そういうこと言ってるから威厳がなくなるのでは?
つくづく残念な男だ……。
……ん?
待てよ。
「兄貴。兄貴はいつからIGAの一員だったんだよ」
「あ? 何だよ察しがワリィな。だからお前は弟なんだよ」
「そういうのは今はいいから」
いやマジで。
「――俺が大学に入った直後に決まってんだろ」
「!」
兄貴が大学に入って間もない頃、兄貴は
きっとアレはIGAの案件だったんだな。
IGAのお陰で、兄貴は命を助けられたんだ。
それでヒーローに助けられた少年がヒーローを志すようになるのと同様、兄貴もあれ以来、忍者になったってわけか。
……まあ、兄貴のことだから、忍者になればモテるとか、そういう不純な動機かもしれないけど。
「そんで壱課に配属になった俺は、梅先輩からこのスゴクナールを着せられて、今日まで毎日地獄の日々を送ってきたんだよ」
「え?」
兄貴は自分の着ているスゴクナールを、恨みがましく見下ろしながらぼやいた。
どういうこと!?
兄貴はそのダサ……、もといカッコイイスーツを、毎日着てたの!?!?
何で!?!?
「お前は勘違いしてるかもしんねーけどな、このスーツは、着れば誰でもすぐ強くなれるような、魔法のスーツじゃねーんだよ」
「ほえ?」
そうなの?
「フッ、その通り、スゴクナールは言わばジェット戦闘機を身に纏っているようなものだからな。着こなせるようになるには、365日、常にスゴクナールを着続けて、身体にかかる高負荷を耐え忍ぶ以外に道はないのだ」
「――!」
変公がドヤ顔で割って入ってきた。
マジかよ。
「じゃあひょっとして、兄貴が毎日ダルダルのスウェットを着てたのは……」
「ああ、
「……」
呼ばねーよ。
何でちょっと幼女風なんだよ?
せっかく少ーーーしだけ見直しかけたのに、つくづく締まらないな……。
あれ?
ってことは、兄貴と変公はその頃から同僚だったってこと?
体育祭に兄貴が来た時は、久しぶりに会ったみたいなこと言ってたのに?
……いや、あれは当然口裏を合わせてたんだろう。
二人に繋がりがあるってことは、言わば国家機密なんだもんな。
「さて、ダルダルマイスターの謎も解けたところで、IGAの説明の続きを再開してもいいかな?」
「あ、ええ、どうぞどうぞ」
どこまで聞きましたっけ?
ああ、『壱課』は直接戦闘が仕事だってところまでかな?
普津沢さんは聞き取りやすい、ゆっくりとした口調で再度語り始めた。
「では次に2つ目の課について。次は各種の情報収集が主な仕事の『
「っ!」
何と課長さんでいらっしゃいましたか!(権力に弱い)
まだお若いのに。
余程優秀な方なんですね。
「最後の3つ目は新しい忍具の開発・製造を一手に担っている、技術開発が専門の『
「なっ!?!?」
変公が課長!?!?
「フッ、どうだ智哉、見直したか? こう見えて私は高給取りなんだぞ? 私と結婚したら、一生楽をさせてやるぞ?」
「い、いや……」
「ちょっと峰岸先生!! 何どさくさに紛れてともくんを誘惑してるんですか!? ともくんは私が養うんですから、邪魔しないでくださいッ!!」
「まーちゃん!?」
どちらにせよ僕は扶養家族なの!?
ヤだよ僕、そんなヒモみたいな生活ッ!!
……でも、変公があれだけ異次元の発明をしておきながら、未だノーベル賞を獲っていない理由がわかった。
変公の発明は、あくまで
だから表には出したくても出せないんだな。
何だかちょっとだけもったいない気もするけど……。
「そしてここからが大事な話なんだけど」
「っ!」
途端、普津沢さんの纏う空気がピリッとしたものに変わった。
も、もしかしてこれから話そうとしていることが、僕が
「今から数ヶ月前、俺達弐課は、
「とある情報?」
「――浅井君、君が、『カオスオーナー』かもしれないという情報さ」
「カ、カオスオーナー!?!?」
またまた中二臭いワードが出てきた!?!?
何ですかそのカオスオーナーって!?!?
「カオスオーナーはザックリ言うと、『身の回りで不可思議な事象が多発する人物』のことなんだ」
「っ!?」
ニャッポリート!?!?
確かに僕の周りでは、不可思議な事象が多発してますけれど!?
それは僕が、†カオスオーナー†だったからなんですか!?
「実はIGAでもカオスオーナーについてはまだまだ不明な点が多くてね。どういった原理で君がカオスを引き寄せているのかまでは解明できてないんだ。でも、君の周りで通常では有り得ない事象が起こりやすいのは、状況から鑑みても間違いない」
「ええぇ……」
全然嬉しくないんですけど……。
じゃあ、僕は今後も、今回みたいに異星人とかから狙われる危険があるってこと?
……げっそりーと。
「凄いッ! カッコイイじゃん、†カオスオーナー†!!」
「まーちゃん!?」
まーちゃんのテンションが俄然上がった。
†カオスオーナー†という中二ワードが琴線に触れたのだろうか。
「えへへー、嬉しいなー。私の彼氏は†カオスオーナー†だったのかー。うんうん、やっぱともくんは自慢の彼氏だよ。何てったって†カオスオーナー†だからねッ!」
まーちゃんは僕の二の腕におっぷぁいをグイグイ押し当てながらドヤ顔をキメた。
あんま†カオスオーナー†連呼しないで!!
恥ずかしいからッ!!
「そして、そんなカオスオーナーである浅井君の監視のためにIGAから派遣されたのが、梅ちゃんなんだよ」
「「「っ!!!」」」
なっ!!!?
ふ、普津沢さん、今、何とッ!?
「フッ、そういうわけだ。
「……」
まさか、あの出会いが仕組まれたものだったとは……。
IGAはそんなに前から、僕に目を付けていたってのか?
「……じゃあ、梅先生が
「ああ、お前の監視が主な目的だ。そもそも肘北自体が、IGAが運営母体の学校だからな。この学校の職員は、ほとんどIGAの関係者ばかりだ」
「「「っ!!!?」」」
イッガニージャ!?!?!?
マジっすか!?!?!?
どうりでうちの学校、変な先生が多いと思った……。
変公が数々の不祥事を起こしておきながら、懲戒免職にならない理由もわかったよ……。
「フッ、だがな、確かに最初は監視が目的で近付いたが、お前に心底惚れてしまったのは事実だぞ?」
「――!」
変公は妖艶な眼差しを、僕に向けてきた。
きゅ、急に何を……!
「峰岸先生ッ!!!!」
まーちゃんが僕の前に立って、変公に対して「シャー!!」っと威嚇行動を取った。
うん、まあ、そりゃ、こうなるよね……。
「そしてここ数日、浅井君のことを探っている不審人物がいるという情報を聞きつけたんで、俺も君のことを監視させてもらってたんだよ。そしたら案の定、こうして君が異星人に襲われてたってのが、事の経緯さ」
普津沢さんは変公とまーちゃんのキャットファイトをガン無視して、説明を続けた。
流石忍者だけあって、胆力半端ないなこの人。
それとも元々こういう性格なのかな?
でも、お陰で大体事情は飲み込めた。
まだ自分がカオスオーナーだという事実は、小骨みたいに喉に引っ掛かってるけど……。
あ、そうだ。
「ところで普津沢さん、カオスオーナーって、世の中にどれくらいいるんですか?」
まあ、そんなに沢山いるとも思えないけど。
「……二人さ」
「え?」
今、何と?
「君と、
「「「っ!!!」」」
たった二人!?!?
し、しかも……、普津沢さんもカオスオーナーですとおおおおお!?!?!?
「実は俺も君と同じく肘川出身なんだけど、この肘川という街には、世界で二人しか見付かっていないカオスオーナーが同時に存在しているんだ。そりゃ、これくらいの事件は、起きて当たり前なんだよ」
「うへえ……」
肘川怖ッ……。
今アンケート取ったら、住みたくない街ランキングぶっちぎり一位だろうな……。
むしろこうなると、この肘川という街
「――うふふ、なかなか興味深いお話を聞かせてもらったわ」
「「「――!!!!」」」
こ、この声は……!!
「じゃあ、お礼に私も、
幽霊のようにゆらあと起き上がったアーリスが、不敵な笑みを浮かべた。