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第77話:肘-1グランプリ⑧

「青コーナー! ――肘北が誇る特攻隊長。天衣無縫のTo LOVEるメーカー、足立茉央!」

「ウィーーーーッ!!!」


 田島さんが高らかにまーちゃんの名を呼び上げると、変公がステージ上に出現させた特設リングにまーちゃんが降り立ち、人差し指と小指だけを立てながら右手を高らかと掲げた。

 あれは往年の名プロレスラー、スタン・ハン○ンがよくやっていたテキサス・ロングホーンポーズ!

 また平成生まれには通じないネタを……。

 しかもまーちゃんは、上は白の道着、下は黒の袴という、いかにも合気道の達人然とした出で立ちになっている――。


「赤コーナー! ――その右拳は今日も執拗に鳩尾を穿つ。全身凶器の狂気ガール、熊谷強子!」

「押忍! この優勝を、相模センパイに捧げるっす!!」

「まだ優勝はしてねーだろ! 油断すんなッ!」

「押忍ッ!!」

「返事だけは一人前だな!」


 続いて熊谷さんもリングに上がって十字を切った。

 もちろん熊谷さんはいつもの道着姿だ。

 ……いよいよこれで優勝者が決まる。

 肘-1グランプリ決勝戦――その種目は何と、『バーリトゥード』であった――。




 まさか最後の最後で、ガチの格闘技大会になってしまうとは……。

 僕が引いたボールに『バーリトゥード』と書いてあったのを見た時は、一瞬『バリ島』と空目したくらいだ(迫真)。

 これも僕の†カオスオーナー†としての力が招いてしまった結果なのだろうか……。

 ――バーリトゥードとは、ポルトガル語で「何でもアリ」を意味するらしい。

 つまり文字通り何でもアリの、ルール無用の格闘技、それがバーリトゥード。

 早い話が路上の喧嘩と大して変わらないってことだ(まあ、流石に最低限のルールはあるみたいだけど)。

 しかも期せずしてこの二人は合気道と空手の達人ときてる。

 神様がいるとしたら、随分ベッタベタな展開を考えるものだ。

 ……ただ、これで完全にこの大会はミスコンではなくなったな(白目)。


「フッ、二人共、心と身体の準備はいいな?」

「ウィーーーーッ!!!」

「押忍!」


 白黒のTシャツに黒いズボンという、まさにレフェリーといった格好の変公が二人の間に立った。

 だが相変わらずTシャツがパツパツで、今にも弾け飛びそうだ……。

 あいつワザと小さいサイズの服着てんじゃあるまいな?


「フッ、基本的に攻撃手段は打撃、投げ技、関節技、何でもアリだ。もちろん倒れている相手への攻撃も認められている。どちらかがギブアップするか私が試合続行不能と判断するまで勝負は終わらん。いいな?」

「ウィーーーーッ!!!」

「押忍!」


 うわあ、本当に大丈夫かなこれ?

 教育委員会とかにバレたら問題になったりしないかな?

 ……まあ、今更、か。

 そもそも多少の問題は揉み消せる力を持ったIGA組織がバックにいるんだもんな。

 ……こんな生活に慣れつつある自分が怖いけど。


「因みに私も、この試合中は変なキャラは封印して真面目に実況いたします」

「田島さん!?」


 変なキャラだという自覚はあったんですね!?!?

 だったらもっと前から自重してほしかった……!

 ……だが、これであと残る懸念は微居君くらいか。

 ――が、その微居君も、今は観客席に戻って絵井君とトランプのババ抜きに興じている。

 よくぞあの猛獣をあそこまで手懐けたものだ(驚嘆)。

 絵井君は異世界に転生しても、テイマーとして成り上がれそうだね(白目)。


「フッ、泣いても笑ってもこれで最後だ。精々死力を尽くせ。――いくぞ! レディー、ファイッ!!」


 ――!!

 ――始まった。

 伝説の試合が、今(倒置法)。


「押忍ッ!!」

「「「――!!!」」」


 その瞬間、熊谷さんの稲妻のような右正拳突きが、まーちゃんの鳩尾目掛けて放たれた。

 ――嗚呼!!


「まーちゃんッ!!」

「へへっ、心配ご無用っと」

「なっ!!?」

「熊谷ッ!!?」

「「「――!!?」」」


 僕は自分の目を疑った。

 正拳突きを放ったはずの熊谷さんが、僕が瞬きをしている間にマットに叩きつけられていたからだ。

 い、いったい何が――!!?


「くぅっ!! や、やるっすね、足立さん……」


 熊谷さんは素早く立ち上がり、まーちゃんと距離を取った。


「……ジブンも合気道の有段者と試合したことは何度かあるんすが、ここまで鮮やかに投げられたのは初めてっす」

「ふふふ、言っとくけど私のお母さんは私の10倍は強いよ」

「……ホウ、いつかそのお母さんとも手合わせ願いたいっすね」


 ……おお、久しぶりに見たから忘れてた。

 これぞかつてヒャッハー三兄弟を瞬殺した、まーちゃんの合気道の技。

 熊谷さんの正拳突きを柳のように受け流し、その力を利用して投げ飛ばしたんだ。

 ――ひょっとしてこの戦いって、まーちゃんの方が大分有利なのでは?

 空手家の熊谷さんは言わずもがな攻撃手段は打撃が中心。

 だがその打撃は、まーちゃんの合気道によってことごとく返されてしまう――。


「――でも、ジブンは絶対に諦めないっすッ!!!」

「「「――!!」」」


 が、熊谷さんは尚も果敢にまーちゃんの鳩尾目掛けて右正拳突きを放った。

 ――熊谷さん!


「無駄無駄ァ!」

「ぬあぁっ!!?」

「熊谷ッ!!!」


 だが今度も先程とまったく同じく、熊谷さんはマットにこんにちはすることに――。


「ハァ……、ハァ……、ハァ……」


 流石に二度目は応えたのか、立ち上がって構えは取ったものの、肩で息をしている。


「ふふん、悪いことは言わないから、今のうちにギブアップしといたほうがいいと思うよん」

「くっ! ぜ、絶対にそれだけはイヤっす!! 絶対に、鳩尾に正拳突きを――」

「熊谷ッ!!!」

「えっ?」


 孝一兄ちゃん!?


「もういいから、鳩尾へのこだわりは捨てろ!!」

「なっ!? セ、センパイ!?」


 孝一兄ちゃん!?!?


「お前が一番こだわんなきゃいけないのは鳩尾じゃねーだろ! ――勝つことだろうがッ!!」

「――!!」


 孝一兄ちゃん――!!


「――しゃーーー!!!!」

「「「――!!」」」


 途端、熊谷さんは優子と戦った時と同じく、自分の頬を両手で思い切り叩いた。


「ありがとうございますっす相模センパイ! やっぱジブンには、センパイだけが心の支えっす!!」

「フン、いい加減自立しろよな」


 微居君が改心してなかったら絶対岩を投げられてたシーン。


「見苦しいところをお見せして悪かったっす足立さん。――ここからが、熊谷強子っす」

「ありゃりゃ、こりゃ厄介なことになっちゃったっぽいね」


 まーちゃん――。


「ではイクっすよ!!」

「むっ!?」

「「「――!!」」」


 ニャッポリート!!?

 先程とは一転、熊谷さんはカミソリのような鋭い右のローキックでまーちゃんの左腿を抉った。


「ぐぅ……!」


 思わずまーちゃんの顔が苦痛に歪む。


「まーちゃんッ!!」

「ところで浅井さん、先週の『鳩尾エグるよエグチくん』観ました? 爆笑でしたよね」

「田島さんッ!!!?」


 実況しろやッッッ!!!!!

 今滅茶苦茶大事な場面なんだぞッッッ!!!!!


「……へへっ、なかなか良いローキックだね熊谷さん」

「押忍! これなら合気道の技は使えないっすよ!」

「……」


 うぅ……!

 確かに一撃必殺とはいかない分、ローキックは隙が少ない上、足元への攻撃だから相手の力を利用して投げるのも難しい。

 まさか合気道にこんな弱点があったとは……。

 どうやら合気道の有段者と試合したことがあるというのは本当らしいな。


「まだまだイクっすよ!!」

「――!」


 尚も熊谷さんは先程とまったく同じ箇所にローキックを仕掛けた。


「がっ……!」


 そしてまーちゃんから反撃が来る前に素早く距離を取る。

 ううむ、これではまーちゃんは防戦一方だ。

 かといって打撃での打ち合いでは分が悪いだろうし……。

 一気に形勢逆転してしまった……。


「さあ足立さん、ギブアップするなら今のうちっすよ!」

「……ふふん、イヤだね」


 まーちゃん――!

 負けたくない気持ちはわかるけど、このままじゃまーちゃんの腿が……!


「それに今のでから、もう大丈夫」

「っす!?」


 え?

 何がわかったのまーちゃん?


「つ、強がっても無駄っすよ!」


 嗚呼!!

 三度みたび熊谷さんのローキックがまーちゃんの腿を襲う――!


「ふふふ、あーらよっと」

「えっ? にゃっ!?!?」

「「「――!!!」」」


 ロッポリート!?!?

 またしても僕は自分の目を疑うこととなる。

 ローキックを放った熊谷さんが、次の瞬間にはマットに背中から叩きつけられていたからだ……!


「……ぐっ、い、今のは……!?」


 素早く立ち上がり体勢は整えたものの、熊谷さんも困惑を隠し切れない様子だ。


「へっへーん、ナメてもらっちゃ困るね。――言っとくけどね、合気道に投げ返せない打撃はないんだよ。今のは熊谷さんのローキックに合わせて私の左足を捻って力を受け流しつつ、その力を倍返しして投げ飛ばしたってわけ」

「――なっ」


 マ、マジで……!?!?

 合気道SUGEEEEEEE!!!!!


「まあ、タイミングを掴むのにちょっと時間は掛かったけど、もう二度と私にローキックは通じないよん」

「そ、そんな……、そんなハズないっす!! ――しゃあッ!!」


 熊谷さん!?

 今度は熊谷さんは、左足でローキックを繰り出した。

 ――が、


「無駄無駄無駄無駄ァ!!」

「ぬああああっ!?!?」

「「「――!!」」」


 結果は先程と同じだった。

 熊谷さんは今日だけで何度目かわからない、マットへの全力ダイブをキメたのである――!


「ガハッ! ……ゼェ、ハァ」


 既に熊谷さんは満身創痍だ……!


「く、熊谷ッ! もうイイ!! お前はよくやった!! もうギブアップしろッ!!」


 孝一兄ちゃん!?


「……ぜ、絶対にイヤっす」

「――! ……熊谷」


 ……熊谷さん。


「絶対にこの優勝を、相模センパイに捧げるって誓ったんす……!!」

「…………お前」


 孝一兄ちゃんの瞳を、一瞬だけ水の膜が覆った気がした。


「く……、よし、骨は俺が拾ってやるッ!!! 最後の一滴まで絞り出せ、熊谷ッ!!!」

「押ーーーッ忍!!!!」


 熊谷さんは大きく十字を切ったかと思うと、まーちゃんに突貫し右正拳突きを放った。

 ま、また!?

 でも、それはもう初見で破られてるよ!!?


「ふっ、無駄だって言ってるでしょ!」

「ぬぅっ!」


 案の定熊谷さんは右手をまーちゃんに捕まれ、そのまま身体を宙に浮かせられた。

 ――が、


「いや、っすううううう!!!!!」

「――ガハッ!」

「「「――!!!!」」」


 ――なっ!!!

 何と熊谷さんは、空中で反転した姿勢のまま、をまーちゃんの鳩尾にめり込ませたのであった――。

 ま、まーーーちゃああああああんッッ!!!!!


「あ、あぁ……」

「ぐぁっ」


 が、無理な体勢で拳を突き出したため、熊谷さんのほうも受け身を取れず、脳天からマットに墜落してしまった。


「熊谷ッ!!!」


 結果、リング上ではまーちゃんも熊谷さんも仰向けに倒れ込み、ダブルノックダウン状態となった。


「フッ、大丈夫か二人共? このままどちらも立てなかった場合は、この勝負は引き分けとするぞ?」

「う……、うぅ……、まだまだ、勝負はこれからだよ……」

「そ、そうっすよ……。ジブンは、あと二回も変身を残してるっす……」


 二人共フラフラになりながらも、歯を食いしばりつつ立ち上がる。

 ……くっ、もういい。二人共もういいよって言ってあげたい。

 …………でも、言えないよねこんな姿見ちゃったら。

 どっちも欠片も諦めてないんだもん……。

 ふと孝一兄ちゃんを見ると、血が出るんじゃないかというくらい拳をキツく握り締めながら、熊谷さんを凝視している。

 ……孝一兄ちゃん。


「……フー、お見せするっすよ、ジブンの奥義を」

「――!?」


 奥義!!?

 途端、熊谷さんを纏う空気が、ピリッと張り詰めたのを感じた。

 い、いったい何を……!?


「――ハァッ!!」

「ぬっ!?」


 ――え?

 が、熊谷さんが繰り出したのは、もう何度も見た例の右ローキックだった。

 熊谷さん!?!?


「それは効かないって言ったでしょ!」

「ふっ、どうっすかね」

「え? ――!!」

「「「――!!!」」」


 何ッ!!!?

 ローキックを当てる直前、熊谷さんは右足を急激に方向転換し、そのままハイキックに移行させたのであった。

 ハッポリート!?!?!?

 そんなのアリ!?!?!?

 こ、このままじゃ、まーちゃんの顔面に蹴りが――!!


「くっ、ぬおりゃああああああああああ」

「なっ!!?」

「「「――!!!!」」」


 まーちゃんッ!?!?!?

 が、何とまーちゃんは大きく上体を反らし、リンボーダンスのような姿勢になってギリッギリ蹴りを躱したのである――!

 どっちも人間業じゃねーなッ!!!?


「う、うわっと!?」

「まーちゃん!!?」


 しかし、運悪くまーちゃんは自身の汗で足を滑らせてしまったのか、そのまま仰向けに倒れ込んでしまった。

 ――嗚呼!!


「も、もらったっすッ!!!」

「くぅっ!!」


 熊谷さんはその隙を逃さなかった――。

 熊谷さんは倒れたまーちゃんの上に素早く馬乗りになったのだ。

 こ、これは……!?

 所謂マウントポジション――!

 上になった者は逃げられない相手に対して一方的に打撃を浴びせたり、そのまま腕ひしぎ十字固めに移行させたりなど、圧倒的に有利とされている体勢!!

 ……あ、あぁ、これはもう、流石に。


「……足立さん、これが最後通牒っす。ギブアップしてほしいっす。……でないとジブンは、今から一方的に足立さんを殴らなければならないっす」

「へへへ、絶対にイヤだね。大丈夫大丈夫、これも全部私の計算通りだから。ここから華麗に逆転するからさ」


 まーちゃん……!

 君はまたそんな強がりを……!

 流石にそれが計算なわけないじゃないか。


「浅井さん、特にエグチくんのお父さんがネット弁慶だって発覚したシーンは大爆笑でしたよね」

「田島さんは黙っててくださいッッ!!!!」


 いい加減ブン殴るぞッッ!!!?


「……残念っす。――押忍ッ!!」

「「「――!!!」」」


 熊谷さんは固く握り締めた右拳を、まーちゃんの顔面目掛けて振り下ろした。

 ――まーちゃん!!


「くっ……!」


 辛うじて腕でガードしたものの、それでもまーちゃんは低く呻き声を上げた。


「押忍押忍押忍押ーーーッ忍!!!」

「ぐうううぅ」


 その後も熊谷さんは嵐のような拳のラッシュをまーちゃんに浴びせかける。

 流石にその全てはガードできていないのか、まーちゃんの口元からは血が滲んだ。

 ……嗚呼、まーちゃん。

 まーちゃん、もう……、もうギブアップを……。


 …………いや、ダメだッッ!!!


「まーちゃあああああん!!!! 負けないでええええ!!!!!」


 まーちゃんが負けるところなんて、僕は見たくないッッ!!!!


「……へへっ、りょーーかい」


 まーちゃんは一瞬だけ僕の方を向くと、右手でサムズアップをした。

 ――まーちゃん。


「くっ、これでトドメっすううううう!!!!」


 熊谷さんは右手を大きく振り上げた。


「まーちゃんッッ!!!!」

「ふっ、隙アリいいいいいい」

「ぬあっ!!?」

「「「――!!!」」」


 まっぽりーと!!!?

 まーちゃんはその瞬間腰を思い切り浮かせ、ブリッジのような体勢になった。

 意表を突かれた熊谷さんは、大きく姿勢を崩した。


「あーらよっと」

「ファッ!?」


 そのまままーちゃんは両足を上げ、足の裏でUFOキャッチャーみたいに熊谷さんの頭を挟み込む。

 まーちゃんッッ!?!?


「チェストォぉぉおーーーー!!!」

「ぎゃうッ!!」

「熊谷ッ!!!」

「「「――!!!!」」」


 そしてまーちゃんは熊谷さんの後頭部を容赦なくマットに叩きつけた。

 う、うおおおおおおおおおおお!!!!!!!


「……キュウ」


 熊谷さんは漫画みたいに目をグルグル回しながらぐったりしてしまった。


「――フッ、熊谷試合続行不能により、この勝負足立の勝ちッ! 肘-1グランプリ優勝者は、足立茉央ッ!」

「ウィーーーーッ!!!」


 まーちゃんは颯爽と立ち上がると、高らかにテキサス・ロングホーンポーズをキメた。


「まーーーちゃあああああああん!!!!」


 僕は涙で歪む視界を必死に擦りながら、リングに駆け上がってまーちゃんを力の限り抱きしめた。


「へへへ、ありがとねともくん。ともくんの応援のお陰で勝てたよ」

「そんな……! 勝てたのはまーちゃんが頑張ったからだよ!」


 近くで見ればまーちゃんの全身はボロボロだった。

 それだけ壮絶な戦いだったということの証左だろう。


「……じゃあ、頑張った分ご褒美もらってもいい?」

「え? ご、ご褒美?」


 とは?


「……ん」

「っ!?!?」


 まーちゃんは頬をほんのり赤く染めながら、目を閉じた。

 ブッチュリート!?!?

 こ こ で!?!?!?

 全校生徒が見てる前なんですけど!?!?!?


「ん!」

「えぇ」


 いや、流石にそれはちょっと……。

 で、でも、これ僕がしない限り終わんない流れかな……?

 ――ハッ!

 その時だった。

 僕は観客席の方から、今日一番のドス黒い殺気を感じた。

 この殺気は――!?


「……いくら何でもそれは看過できんぞ」

「び、微居君――!?」


 微居君はバスケットボールくらいの大きさの岩を、フルスイングで僕目掛けてブン投げてきたのである。

 ――嗚呼!!


「微居ッ!!!」


 絵井君が手を伸ばすも、一手遅かった。

 岩は空気を切り裂きながら、寸分の狂いもなく僕のほうに飛んでくる。

 ――僕の目の前には今までの半生が走馬灯の如く映し出された。

 ……そうか、僕は死ぬのか。


 ――その時だった。


「押ーーーッ忍!!」

「「「――!!?」」」


 オッスリート!?!?

 僕に岩がぶつかる直前、熊谷さんの右正拳突きが岩を木端微塵に粉砕した。

 えーーーー!?!?!?!?


「チッ、運のいいやつだ」


 いや、危うく君は殺人犯になるところだったんだよ微居君!?!?


「お怪我はないっすか、浅井君」

「あ、うん……、僕は大丈夫。ありがとう、お陰で助かったよ熊谷さん」


 ついさっきまでマットの上でぐったりしてたのに、もうそんなピンピンしてるなんて。

 ひょっとして熊谷さんもサ○ヤ人なのでは?


「そうっすか、それはよかったっす。――うわっと!?」

「熊谷さん!?」


 が、やはり瘦せ我慢していたのか、熊谷さんはふらついて後ろに倒れそうになった。

 危ないッ!


「まったく、無理すんじゃねーよ」

「セ、センパイ!!?」


 おっと!!?

 そんな熊谷さんを、孝一兄ちゃんがそっと支えた。

 孝一兄ちゃんのスパダリ化がとどまることを知らない!!!

 でもそういうことしてると、また微居君殺人犯から凶器を投げられるよ!!

 ――と、その微居君殺人犯のほうを窺うと、微居君殺人犯絵井君看守にその場に正座させられ、キツく説教されているところだった。

 ああ、まあ、彼には精々深く反省してもらうとしよう。


「……相模センパイ、面目ないっす。センパイにあんなに応援してもらったのに……」


 熊谷さんは目元に涙を浮かべながら、プルプルしている。


「バーカ、お前は十分よくやったよ。――お前は俺の誇りだ、熊谷」

「――!! セ、センパ~~イッ」


 熊谷さんは大粒の涙を流しながら、孝一兄ちゃんの胸に顔をうずめた。

 孝一兄ちゃんはそんな熊谷さんの頭を、よしよしと愛おしそうに撫でる。

 ――もう付き合っちゃえよ!!!(某破戒僧)


「熊谷さん、ありがとう、いい試合だったよ」

「あ、足立さん……」


 そして熊谷さんの涙が収まった頃合いを見計らって、まーちゃんが熊谷さんに握手を求めた。


「足立さん、今回はジブンの完敗っす」


 そして熊谷さんはまーちゃんと固い握手を交わしたのだった。

 青春やなあ……。


「いや、正直私が勝てたのは半分運が良かったからだよ。――最後に熊谷さんが私の誘いに乗ってくれなかったら、負けてたのは私だったかもしれないね」

「――え?」


 さ、誘い?


「そ。実はあの時、ワザとコケてマウントポジションになるように仕向けたんだよ」

「そ、そんな……!?」


 何故!?!?

 そんな自分が圧倒的に不利になる状況を!?!?


「そもそもマウントポジションっていうのは、腕ひしぎ十字固めみたいな関節技が得意な人じゃないと効果は薄いんだよ」

「――!!」


 そ、そうなの……?


「じゃなかったらただの腰が入ってないパンチを連打するだけになっちゃうからね」

「た、確かに……。いつもより力が入らなかったっす……」

「後は隙を見て最後に私がやったみたいに、脳天を思い切り叩きつければ勝てると踏んでたってわけ」


 マジかよ……。

 じゃあマウントポジションを取られた時、まーちゃんが計算通りって言ってたのは噓じゃなかったのか……。

 いや、それにしたってそんな手を実行に移せる胆力を持ってるのはまーちゃんくらいだろうけどね!

 普通自らマウントポジションを取られにいくって、怖くてできないよッ!


「……ふっ、勉強になったっす。――でも、次はジブンが勝つっすよ! 首を洗って待っててほしいっす!」

「りょーかい。じゃあさ、記念に二人で写真撮ろ?」

「え? しゃ、写真っすか?」

「ともくん、スマホで私達撮ってくれる?」

「あ、うん、いいよ」

「ハイ、チーーズ」


 まーちゃんは熊谷さんのおっぷぁいに自分のおっぷぁいを押し付けながら、満面の笑みでピースサインを送ってきた。


「……ま、負けたっす」


 えーと、熊谷さん、それは武術でって意味?

 もしくはおっぷぁいがって意味?

 それとも……?


「みなさん、長らく肘-1グランプリにお付き合いいただき、誠にありがとうございました。また来年の、第二回肘-1グランプリでお会いいたしましょうのわっさほーい」

「田島さんッ!!?」


 最後はお前が締めるのかよッ!!!

 てか、来年もやるのこれッ!?!?!?

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