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第91話:初詣

「うひゃあ、凄い人だねともくんッ!」

「ホントだね……」

「茉央ちゃん、一人でどっか行っちゃダメだよ」

「フッ、明けるな、年が!(倒置法)」

「のわっさほーい!」


 まさしく「人がゴミのようだ」ってやつだな。


 ――大晦日である今日、僕達は千葉県阿佐田あさだ市にある、阿佐田山あさださんに初詣に来ていた。


 阿佐田山は阿佐田市の中心にそびえる小さな山で、山の頂上には広大なお寺が建っている。

 日本でも有数の初詣スポットとなっており、毎年全国から三百万人もの人が参拝に訪れるそうだ。

 千葉県民なら一度は行ったことがあるのではないだろうか。

 ただ、肘川からは若干距離がある上、流石に高校生だけで深夜に出歩くのは危ないので年が明ける瞬間を阿佐田山で過ごすのは難しいだろうと思っていた矢先、何の気まぐれか変公が、


「フッ、よかったら私が保護者としてついていってやってもいいぞ。車も出してやろう」


 と至れり尽くせりなことを言ってきたので、こうしてみんなで阿佐田山にやって来たというわけだ。

 いつもは迷惑なことしかしてこないクセに、どういう風の吹き回しだろうか……。

 まあ、こう見えても一応こいつも教師の端くれなのだし、たまには教師らしい姿を見せたかったってところかな?


「ねえねえともくん、今日の私の格好どう? どう!?」

「う、うん、とっても似合ってるよ」

「FOOOOOOOO!!!!」


 確かに凄く似合っている。

 大晦日ということもあり、今日のまーちゃんは着物姿だった。

 黄色を基調にした手鞠柄の振袖で、いつもの溌剌はつらつとした雰囲気とは打って変わり、そこはかとない大人の色気のようなものを醸し出している。

 これが、ギャップ萌え……!


「田島君田島君、美穂は? 美穂はどう!?」

「ま、茉央ちゃん、私は別にいいから……!」

「あ、ああ……、すっげぇ綺麗だぜ美穂」

「――! ……勇斗くん」


 微居君がこの場にいなくてよかった……!

 こんな糖度500%な現場を見られてたら、お年玉ならぬお年岩が降ってくるところだった(迫真)。

 とはいえ、確かに篠崎さんの着物姿もとても似合っている。

 篠崎さんが着ているのは青を基調にした花柄の振袖で、普段は下ろしている髪をアップにしているので艶めかしいうなじが露わになっている。

 篠崎さんのうなじ大好きマンな勇斗は、さっきから隙あらば篠崎さんのうなじをチラ見している始末だ。

 おそろしく速いチラ見、僕でなきゃ見逃しちゃうね。


「フッ、やはり大和撫子として生まれた以上、着物は嗜んでおかねばなるまい」

「……あのー、梅先生」

「ん? 何だ智哉、何か言いたいことでもあるのか?」

「……いや、やっぱりいいです」

「フッ、おかしなやつだな」


 いやおかしいのはどう考えてもお前の方だろ!?!?

 変公が着ているのは、着物は着物でも黒を基調にしたそれはそれは派手な柄で、その上肩を丸出しにしているのである。

 更に髪型は壮麗絢爛な伊達兵庫だ。

 ――完全に花魁そのものである。

 やっと教師らしい姿を見せたと思ったらこれだよッ!!

 てかこんな寒空の下そんな肩丸出しで寒くないのか!?

 バカは風邪引かないから心配ないか!(自己完結)


「あっ、金魚すくいの屋台がある! ねえねえ、みんなで誰が一番多くすくえるか勝負しようよ!」

「あ、うん、いいよ」

「えぇ、私金魚すくい苦手だなぁ」

「フッ、見せてやるか、私の本気を!(倒置法)」

「のわっさほーい!」


 金魚すくいかぁ。

 僕もあまり得意な方じゃないけど、やるだけやってみるか。




「ぬっふっふ、見よ、奥義バーニングドラゴントライデントスラッシャー!!」

「まーちゃん!?」


 まーちゃんは謎の中二感全開の技名を叫ぶと、金魚すくい用のポイを高速で水面に突っ込んで金魚をすくい上げた。

 しかも今の一すくいで五匹も金魚を手中に収めたのである。

 バーニングドラゴントライデントスラッシャーSUGEEEEE!!!!


「フッ、やるな足立、では私も奥の手を出すとしよう」

「梅先生!?」


 頼むから警察沙汰だけは勘弁してくれよ!!(こいつが警察みたいなものだが)

 変公は例によって胸の谷間から小瓶に入った謎の液体を取り出した。


「う、梅先生……、何ですかそれは?」

「フッ、これはお前の兄の愛刀『カイツブリ』にも使われている金属、『メチャカターイ』を液体状にしたものだ。これをポイの表面に垂らせば、何があろうと破れない無敵のポイの誕生だ」

「無敵なのはあなたのメンタルですよッ!!!」


 何堂々と不正を働こうとしてんだよテメー!!!!

 言ってるそばからこれだよッ!!!


 ――結局変公の不正は僕達が総出で取り押さえ、その結果金魚すくい対決はまーちゃんの圧勝で幕を閉じたのである。




「うわわわわ、賽銭箱の前は更にとんでもないことになってるね!」

「うん、圧巻だね……」

「同人誌即売会の会場並みかも……」

「フッ、こんなに人が多い場所が他にあろうか!? いや、ない!(反語)」

「のわっさほーい!」


 後数分で年が明けるという段になった僕達は賽銭箱の前まで移動してきたのだが、そこにはさながらナウ○カのラストシーンの如く夥しい王蟲――じゃなかった人が蠢いていた。

 賽銭箱の大きさも規格外で、賽銭箱というよりは老舗の銭湯の浴槽みたいだ。

 お賽銭が敷き詰められた浴槽で入る風呂はさぞかし気持ち良いことだろう(迫真)。

 流石日本有数の初詣スポット。

 全てが桁違いだな。


「フッ、諸君、いよいよ年明けだ。カウントダウンいくぞ!」

「FOOOOOOOO!!!!」

「は、はい」

「はい、コーチ!」

「ほほっほほーい!」


 いよいよか……!


「5!」

「4!」

「さ、3!」

「2!」

「ほい!」

「「「「「ハッピーニューイヤー!!!」」」」」


 ……明けたか。

 ――そして、


「「「「まーちゃん(茉央ちゃん)(足立)(足立)、お誕生日おめでとう!!!」」」」

「えへへへへー、ありがとー!!」


 そう、今日一月一日は、まーちゃんの誕生日なのである。

 元日というおめでたい日が誕生日なんて、いかにもまーちゃんらしいよね。


「フッ、諸君、寿ぎは後でゆっくり贈るとして、先ずは参拝を済ませるぞ」

「「「「はーい」」」」




「ねえねえともくん、ともくんは何をお祈りしたの?」

「えっ!? そ、それは……」


 う、うーん、まーちゃんに言うのは恥ずかしいなぁ。


「私はね、『今年もともくんとずっと一緒にいられますように』だよ!」

「――!」


 やれやれ、こんなところでも……。


「奇遇だね、僕もまったく同じことを祈ったよ」

「んふふふー、やっぱ私達は相思相愛だねッ!」

「う、うん、そうだね」


 そういうこと恥ずかし気もなく言えちゃうところが、まーちゃんの良いところの一つだよね。


「ゆ、勇斗くんは何をお祈りしたの?」

「あ? 俺か? ――『美穂がいつまでも笑顔でいてくれますように』だよ」

「ゆ、勇斗くん……!」


 オイオイまたカマしてんなぁ勇斗が、イケメンムーブを!!(倒置法)


「わ、私もだよ! ――『勇斗くんと浅井君が、いつまでも仲良く笑顔でいられますように』って!」

「ん? 智哉も?」


 いやぶるうちいず先生のはちょっと毛色が違いませんかねッ!?!?

 神様もそんな腐乱したお祈りされても困惑の色を隠せないと思うよッ!!


「峰岸先生は何をお祈りしたんですか?」

「フッ、私か。――もちろん『世界がいつまでも平和でありますように』だ」

「「「「……」」」」


 一番平和を乱してるやつが何を言ってんだよ。

 とりあえずお前の花魁の格好、さっきから道行く人みんなにスマホで撮られてるからな?

 絶対SNSで悪い意味でバズるぞ?


「フッ、では参拝も済んだことだし、プレゼントタイムといくか。――これが私から足立へのプレゼントだ」

「えっ」


 変公はまたしても胸の谷間から、錠剤が入ったいくつかの小瓶を取り出しまーちゃんに手渡した。


「こ、これは……」

「フッ、それは今までお前達に投与してきた私の発明品の数々さ」

「「「「――!!!」」」」


 あの悪魔の薬達かッ!!!

 体型やら性別やらを覆す『クツガエール』や、ショタやロリにする『ショタニナール』や『ロリニナール』、はたまた記憶をなくす『ナクナール』まで!!

 闇市に出せばどれも億単位の値がつくであろう、起きてはいけないはずの奇跡達――。

 そんな危険極まりない物を誕生日プレゼントにするなよッ!!!


「わぁ、ありがとうございます峰岸先生! 大事に使いますね!」

「まーちゃん!?!?」


 が、当のまーちゃんは事の重大さを知ってか知らずか、コスメでも貰ったみたいな体でその劇薬達を懐に仕舞った。

 ニャッポリートオオオオオオ!!!!!(新年一発目)

 ――こ れ は 嫌 な 予 感 が す る。


「フッ、今日は年に一度の足立の誕生日だからな。今日くらいはお前に花を持たせてやろうと思ってな」

「み、峰岸先生……」


 変公……!?

 ひょっとして珍しく保護者役を買って出てくれたのも、そのために……?

 ……くそぅ、しょうがないからちょっとだけ見直してやるよ。


「フッ、まあ新学期になったらまたいろいろとモルモットになってもらわねばならんしな」

「なっ!?」


 と思った刹那にこれだよッ!!!

 お前の高評価ホント長続きしないなッ!?!?


「え、えーと、じゃあ次は私のプレゼントね。はい、茉央ちゃん、これ」

「FOOOOOOOO!!!! ありがとー、美穂!」


 篠崎さんがまーちゃんにあげたのは、一冊の本だった。

 ――ま、まさかアレはッ!!!!


「これは?」

「え、えっとね、一応私が描いたゆう×ともの同人誌なんだけど……」

「あ、ああ……」


 やっぱりいいいいいいいいい!!!!!!!

 いや何当然のように僕らの同人誌描いてくれてるんですかぶるうちいず先生ッッ!!!!

 肖像権ッッ!!!!

 まーちゃんもまさか親友が描いた自分の彼氏と親友の彼氏のカップリング本を誕生日プレゼントとして貰うとは思ってなかっただろうから、珍しく困惑してるじゃないですかッッ!!!!


「で、でもね美穂、私はどちらかと言うととも×ゆう派なんだよね……」


 いやそういう問題なの!?!?!?

 とも×ゆう本だったら嬉々として貰ってたの!?!?!?


「大丈夫!!! これを読めば、絶対茉央ちゃんもゆう×ともの良さに目覚めるはずだからッ!!!!」


 ぶるうちいず先生!?!?!?


「う、うーん、でもぉ」

「大丈夫!!! 私を信じて茉央ちゃん!!!」

「え、えぇ……」

「大丈夫!!! 私を信じて茉央ちゃん!!!」

「……じゃあ、信じてみよっかな」

「FOOOOOOOO!!!!」


 まーちゃんが折れた!?!?!?

 まーちゃんの誕生日なのに!?!?!?

 誕生日に親友から推し変を強要される女子高生はまーちゃんくらいだろうねッ!!!


「よし、次は俺の番だな。――はい足立、『のわっさほーいチョコ』」

「わあ、ありがとう田島君――って、のわっさほーいチョコ!?!?!?」


 のわっさほーいチョコ!?!?!?

 って何!?!?!?

 あまりの出来事に、珍しくまーちゃんがノリツッコミしたじゃないかッ!!


「のわっさほーいチョコはビッ○リマンチョコみたいなもので、チョコの中に全150種類の『のわっさほーいシール』がランダムで1枚入ってるんだよ」

「全150種類!?!?!?」


 のわっさほーいシール!?!?!?


「これは今度うちの親父の会社から発売する新商品でさ。サンプルとしていくつかもらったんだ」

「へえー、そうなんだ! ありがと! 大事にするね!」


 いやサラッと流したね!?!?

 もうちょっと掘り下げてもいい話題だったと思うけどね僕は!!

 勇斗のお父さんは『田島製菓』というお菓子メーカーを経営している敏腕社長なのだが、まさか息子の口癖を商品にしてしまうとは……。

 公私混同しスギィ!!!


「では、オオトリはともくんですかね。んふふー、ともくんは私に何を用意してくれたのかな?」

「――!」


 この流れで出すのキッツイなぁ……。

 ま、まあ、出さないわけにもいかないから、出すけどさ……。


「……僕のはみんなとは違ってごくごく普通の物だから、あまり期待しないでね」

「いやいや、ともくんから貰えるなら何でも嬉しいよ、私は!」

「っ! ……まーちゃん」


 まーちゃんが向けてくれる満面の笑みは、本心からそう言っていることを物語っているようだった。

 ああ、僕はまーちゃんの彼氏で、本当に幸せだよ。


「――はい、まーちゃん」

「ありがと、ともくん! ――わあ、これはブレスレットだね!」

「うん、まーちゃんに似合うかなと思って」


 僕が用意したのは、猫をモチーフにしたブレスレットだった。

 まーちゃん猫好きだし、たまたまお店で見掛けてビビビときたんだよね。


「超可愛いいいいいい!!!! ともくん愛してるーーー!!!!! ――チュッ」

「ま、まーちゃん!?!?」


 途端、まーちゃんは僕に抱きついて、僕の頬にキスをした。

 ブッチュリートオオオオオ!!!!!

 いや滅茶苦茶沢山の人の前なんですけど!?!?

 滅茶苦茶スマホで撮られてますけど!?!?


「フッ、相も変わらず新年になってもお安くないな。とはいえ、これにて一件落着ッ!!」


 花魁が胸の谷間から扇子を取り出し、パンッと小気味良い音をさせながら広げた。

 ――新年一発目もお前が締めるんかいッ!!!

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