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第405話 サーバー対抗戦Ⅱ⑭

 何を思い出したのかというと侵攻戦の際の敵が仕掛けてきた攻撃手段だ。

 ハッキング。 トルーパーの機能を一部麻痺させる見えない攻撃。

 正直、概念自体が存在すると思っていなかったので驚かされた事は記憶に新しい。


 仲間を呼んでいる可能性もなくはないが、あのエネミーは空の大穴から出てきたのだ。

 呼んだら来るような位置に駆け付けるような味方がいるとは思えない。

 そうなると可能性として濃厚なのはハッキングだ。 さて、仮にハッキングだとすれば何に対して行っているのかという疑問が出る。 ラーガストの挙動を見れば推測するのはそう難しくない。


 ――衛星兵器だ。


 サテライトレーザーは発射までの間にいくつかプロセスが存在する。

 その内の一つで最も分かり易い物がレーザーによる照準だ。

 見え辛いが一応は観測可能で、シックスセンスだと簡単に見える。


 それがエネミーの周囲に展開しているプレイヤー達に向けられていた。

 戦場から離れたヨシナリ達には向けられていない。 警告を飛ばそうとするが遅かった。

 次の瞬間、発射され、無数の光の柱が戦場に突き刺さる。 


 「いくら何でも早すぎないか?」


 サテライトレーザーは発射後のチャージにそこそこの時間が必要のはずだ。

 さっき撃ったばかりで制御を奪われたはずなので、発射まで時間がかかると見ていたのだが――


 「なるほど。 思った以上に厄介だな」


 ヨシナリはエネミーのハッキング能力の厄介さを再認識した。

 どうやらあのエネミーに制御を乗っ取られると限界を超えた駆動を強いられるのだろう。

 遥か上空で何かが爆発した反応。 衛星が破壊されたとみていい。


 ――乗っ取られるのは厄介だが、使い捨ててくるだけマシか。


 「それにしても何なんだあれは?」

 「ですねー。 私も少し気になります」


 そう言って通信回線を開いたのはシニフィエだ。

 一人で考えても思考がループしそうだったので他人の意見を聞くのは良いかもしれない。


 「どう思う?」

 「明らかにこのイベントの趣旨から外れてますよねアレ。 そもそもこのイベントって日本とフランスサーバーの対抗戦でしょ? そこにあんな異物を放り込むのって普通に考えておかしくありません?」

 「それは俺も考えていた。 これまでのイベントでも多少なりとも引っかかる部分はなくはなかったけど、今回は明らかにやり過ぎだと思う。 可能性としては運営の方針が変わったか――」

 「変わったか?」

 「……運営としては不本意な形で出したかのどちらかだと思う」


 何となくだが、それが正解のような気がしてきた。

 少なくともヨシナリの中では最も合理的にこの状況を説明できる動機だからだ。

 内部で何らかの問題が起こってあのエネミーを吐き出した。 内部の愉快犯、もしかしたら外部から何か干渉を受けてゲームを妨害されたのかもしれない。 最近はサイバーテロなんて犯罪も横行しているらしいのでそう言った類のトラブルの可能性も充分に有り得る。


 ――だとしたらSランクプレイヤー達はトラブルに対する処理も兼ねている?


 「そんな事ってあるんですかね?」

 「分からない。 けど、あんまり近寄らない方がいいと思う」


 どちらにしても行ってもあまり意味がない以上、見ているのが得策だ。

 それにこのミッションの目的は撤退までの時間稼ぎらしいので見ていれば勝手に終わる。

 ちらりと表示されているインジケーターを確認。 恐らくはこれが作業の工程を示しているのだろう。


 残り時間は大体、二分から三分。 そんな時間でアレを処理できるとは思えない。

 ラーガスト達の攻撃は確かに効いているが、それでも仕留めるのは難しいだろう。

 折角だから混ざらないのか? そんな考えもなくはなかったが、今回はそれ以上に不可解な点が多すぎる。 迂闊に触るのは怖い。


 ――怖い?


 自分の思考にヨシナリは少しだけ訝しむ。 ゲームなのに怖い、か。

 このICwpがリアルを追求したからこその恐怖なのだろうか? 

 自分の事なのに今一つはっきりしなかった。 だから、ヨシナリは戦闘には参加せずにシックスセンスを用いて可能な限り敵の観察を行う事にしたのだろう。


 恐怖とは未知から来る。 

 どこかでそんなフレーズを聞いた気がするが、割と真理だとヨシナリは思っていた。

 分からない。 得たいが知れないからその不明な部分を想像力という代物が過大に保管し、必要以上の恐れを抱かせる。 それを克服したいのならどうするべきか?


 ――知ればいいのだ。


 どんな暗闇であろうとも光を当ててしまえば正体が明らかになる。

 それはこのゲームにも当てはまる。 得体の知れないエネミーであろうとも何が出来て何ができないのか、詳細なスペックを知ってしまえば対策は立てられるのだ。


 ないとは思いたいが次に遭遇した時に適切な行動がとれるように。

 そんな事を考えている間に時間は過ぎ去り――インジケーターが作業の終了を示した。

 ログアウトしますといったメッセージがポップアップし、ヨシナリの意識はやや強引にゲームから引き剥がされた。



 プレイヤーのログアウト及び、記憶改竄処置の準備完了。

 オーバーSランクの二名を除いてイベントフィールドからのプレイヤーの排除――完了。

 記憶改竄処置――完了。 整合性チェック――完了。

 ログアウト――作業中。 緊急メンテナンスの告知――完了。


 オーバーSランクによる申請受託。 Ωジェネシスフレームの使用準備――完了。

 タスク終了。 ご武運をお祈りしております。



 システムはその戦闘を無機質かつ正確に観測する。

 所要時間は十五秒。 エネミーは完全消滅。 

 二人のオーバーSランクプレイヤーは完璧にタスクをこなしたと言えるだろう。 


 だが、彼等の使用したΩジェネシスフレームには問題があった。


 ――『チャンバー』にエラー発生。 Ωジェネシスフレームは二機ともに大破。


 問題はそれだけには留まらない。


 ――プレイヤーのログアウト作業中にエラー。 


 ――一部プレイヤーに精神汚染の兆候あり、汚染深度による処置の区分を開始。 


 ――全てのサーバーにてエネミーの撃破を確認。 ネットワークに対する汚染は確認されず。


 「――はぁ……」


 ウインドウに表示された報告に目を通した男は小さく溜息を吐いた。

 白衣とその下には長い期間洗濯していないのか皺と汚れが目立つシャツ。

 胸のネームプレートには『ミツォノロプロフ』と書かれている。


 彼の考えるべき事は多かった。 イベントの後始末と次のイベントの準備。

 後は面倒な事務処理と物理的な処理。 特に後者が厄介だった。

 世界中で結構な数のプレイヤーが使い物にならなくなったのだ。 


 「やはり、オーバーSランクを増やす事は必須か」


 そう呟く。

 『ボランティア』を改造したユーザーでは話にならない事は今回の一件で証明された。

 戦闘能力の平均化という意味では部分的に成功しているが、頭打ちになるようでは話にならない。


 それ以前に機能を制限しているとはいえ、プレイヤーにすら敗北するような欠陥品だ。 

 改善は行っているがいつになったら使い物になるのかは非常に怪しかった。

 考える事は多い。 ミツォノロプロフは深く溜息を吐いた。

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