二本の大剣が打ち合う事よって金属音が戦場に響き渡る。
片方は黒に近い赤い機体。 ユウヤのプルガトリオ。
手に持つ大剣は漆黒に染まっており、表面には血管のように赤い筋が走っている。
相対するカナタは対照的な白の大剣でその斬撃を打ち払う。
ユウヤの攻めは相手を叩き伏せたいと言わんばかりの力任せな攻めに対し、カナタは必要最小限の動きでその斬撃をいなす。
戦いの始まりは唐突だった。
カナタはユウヤの姿を認めて口を開こうとしたが、それよりも早くユウヤの散弾砲が火を噴く。
大剣を前に翳し、エネルギーフィールドを展開して防御。
その隙にユウヤは大剣の間合いに踏み込んで叩きつけるように一撃を入れた。
後はそのまま激しい打ち合いとなったのだが――
「ユウヤ! アンタ、もう完全に『星座盤』に入ったって事でいいのね!?」
「あぁ、ヨシナリはお前と違って一緒に居てイラつかねぇからな」
大上段から振り下ろされた一撃をいなしながら大剣を分離させ、二刀に切り替えて片方で大剣を抑えながら残りの一本で刺突を繰り出そうとしたがユウヤが腕を振るう方が速かった。
カナタは大きく仰け反って回避。 一瞬遅れて、彼女いた場所を電磁鞭が薙ぐ。
仰け反った状態でカナタは蹴りを繰り出すがユウヤは飛びのいて後退。
着地と同時に散弾砲を発射。 カナタは腰部のエネルギーウイングを噴かして躱す。
再度、剣を連結して展開。 巨大なエネルギーの刃が形成される。
横薙ぎの一閃。 ユウヤは極限まで姿勢を低くして掻い潜る。
そのまま間合いを詰めて大剣による刺突。
カナタは縦に突き出された剣の腹を横から蹴り飛ばして軌道を強引に変える。
お返しとばかりにエネルギーの刃を消した後、再展開して振り上げた。
ユウヤは躱さない。 その反応にカナタは僅かに訝しむ。
傾向的にユウヤがこのタイミングで止まっているという事は何らかの手段で防いでくるはずだ。
不明な以上、防がせるしかない。 プルガトリオの胸部中央の装甲が展開。
目玉のような球体が剥き出しになる。 発光。
その光を浴びたと同時に展開したエネルギーの刃が霧散。
振り下ろして実体剣部分を叩きつけるかと考えたが、嫌な予感がしたので無理に仕掛けずに跳んで下がる。
「何? 私といるとイラつくっていうの!?」
「何回同じ事を言わせれば気が済むんだ。 お前と一緒に居る事はイラつくを通り越して不愉快以外の何物でもねぇよ」
何度もこのやり取りを繰り返したのだが、カナタにはどうしても理解できなかった。
ユウヤの為に最適な環境、人間関係、生活などを提案しているというのに何故それが分からないのだろうか? カナタとしては長い付き合いになる相手なので、将来的に困窮する姿は見たくないといった思いもあるのだが一切伝わっていない。 親経由でも干渉を試みたのだが、反発されて終わった。
カナタはユウヤの事が分からない。
昔は自分の言う事をよく聞いていたのにこのゲームを始めてから変わってしまった。
自分もやっているので考えれば分かるかとも思ったが、ユウヤが自分に対してここまで反発する理由に欠片も納得もできず、理解もできなかったのだ。
それでもとカナタはユウヤに対して手を伸ばし続ける。
――自分の思いは必ず通じると信じて。
対するユウヤは目の前の怪物に対してはもう諦めていた。
こいつは自分をイエスマンへと洗脳するまで干渉を続けるだろう。
恐るべき侵略者だ。 だが、社会的なステータスの全てで劣るユウヤにはその侵略に抗う術も持たず、自尊心を踏み躙られ続けた結果、精神的に大きく委縮する事となった。
まだ大した時間も経っていないが、カナタの言いなりになってあちこちに連れ回され、あいつの好みの服を着せられ、好みの行動を取らされる日々を思い出しただけで屈辱感で頭がおかしくなりそうだった。 今でも思い出す度に怒りで腸が煮えくり返るのだ。
可能であるのなら殺してやりたいぐらいだが、リアルでそれを実行するほど愚かではなかった。
だから、この仮想の世界で八つ裂きにしてやるのだ。
ユウヤは心からこのICpwを始めて本当に良かったと思う。
自尊心を破壊され、自己肯定感が皆無だった彼だが、このゲームで勝利と成功を重ねる事で失った自信を取り戻し、自ら奴隷の鎖を断ち切る事が出来たのだ。
加えていい出会いもあった。 最初はラーガスト。
このゲームで初めて勝てないと明確に意識した相手だ。
だが、そんな相手を打倒する事で何かを乗り越えた気持ちになれる。
理不尽に晒され続けたユウヤはそういった不可能に挑む事を自らの自我を成長させるプロセスだと信じて愚直に挑み続けたのだ。 そんな彼の何かが琴線に触れたのか、偶にではあるがラーガストと行動を共にするようになった。
彼は多弁ではなかったが、必要な事は教えてくれる。
戦い方の方向性を示してくれた師匠のような存在でもあった。
何よりもカナタへの憎悪を否定ではなく肯定してくれた最初の人物だったのだ。
――何かを憎む事で前に進めるのならお前にとってはそれは正しい感情だ。
カナタとユウヤの関係を碌に知らない連中が余計な「お節介」を焼く中、ラーガストだけは寧ろ「憎め、それがお前を強くする」と促しさえした。
ラーガストからすれば些細な事だったが、ユウヤからすれば救われた気分だったのだ。
次に手に入れたのはアルフレッドという仮想の友人。
主従の関係ではあるが、どんな事があってもユウヤを裏切らずに見捨てない。
全てを肯定してくれるアルフレッドはユウヤにとっては別の救いとなった。
ラーガストとアルフレッドさえ居れば満たされていたが、ここ最近はそうでもなくなったようだ。
その原因はヨシナリの存在だ。 最初はちょっと見込みがあるだけの奴だったのだが、気が付けば大きく成長し、肩を並べて戦えるほどになった。
面白い奴だと思っていたが、驚いたのはユウヤに対して否定も肯定もしなかった事だろう。
ある意味では肯定的だが、最大限にユウヤの事を尊重している事が伝わってくるのでそう言った意味では気楽な相手だった。
そんなヨシナリだからこそ暫定的とは言え、ユニオンに参加する事に抵抗がなかった上、こうしてイベントに参加してもいいと思えたのだ。
もしかしたら対等な目線で付き合える初めての相手だったからなのかもしれない。