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第516話 次のイベントに向けて③

 マルメルは改めてシニフィエを観察する。

 ふわわの妹。 接近戦のスペシャリスト。 

 色々と彼女を評する言葉は出てくるが、最大の強みはその柔軟性にあるとマルメルは考えていた。


 タイプとしてはヨシナリに近い。 相手を見て適切な対応をする。

 同じ土俵で戦いたくない相手だった。 真剣勝負であるなら中距離を維持しなければ簡単に負けてしまうだろう。 近接の技量ではそれほどの隔絶を感じていた。


 だからこそ教えを乞う事で吸収できる物がある。 マルメルはそう判断して彼女に頭を下げたのだ。

 練習内容はブレードを当てるか投げられた後に転倒しないかのどちらかをクリア条件とされている。


 ――くっそ、どこに打ち込んでも当たる気がしねぇ。


 刺突は流され、斬撃は打ち払われる。 

 前者で仕掛けた場合、流された後に腕を引かれて投げられ、後者なら手の甲で打ち払われてやはり投げられるのだ。 


 「マルメルさんの場合は反応で対処するよりも何回も投げられて体で覚えた方がいいと思いますよ」

 「考えんなって事?」

 「や、違います。 考えるだけ無駄って話です」


 ――酷ぇな。


 マルメルの横薙ぎの一撃はあっさりと躱され、次の瞬間には腰を抱えられて地面に叩きつけられた。


 「なぁ!」

 「何ですか?」

 「やっぱり、こういうのって感覚派とか経験派とかで分類できるものなのかよ」


 シニフィエはマルメルの質問に少し考えるように沈黙。


 「――まぁ、それはあると思います。 姉なんてほぼセンスだけであの領域まで行きましたからね。 だから、総合的には優れていてもムラがあるというのは父の受け売りですが。 確かに姉は天才だと思いますよ。 でも、無敵でも最強でもないのは一度勝ったマルメルさんが一番ご存じなのでは?」

 「まぁ、そうかもな」

 「努力によって積み重ねる者、感覚で一足飛びに学ぶ者、お義兄さんとマルメルさんは前者、姉やグロウモスさんは後者というのが私の見立てですね」


 マルメルは意表を突くためなのかブレードを捨てて素手で掴みに行ったが、逆に手を取られて一本背負いされて地面に叩きつけられる。


 「へぇ、じゃあお前はどっちなんだよ?」

 「私は前者ですね。 姉と同じ事ができるようになるまで三倍はかかると思います」


 シニフィエはでもと付け加える。


 「――できるようになれさえすれば姉以上のクオリティを出せると自負しています」

 「言うじゃねーか。 こりゃ将来は期待できそうだな」

 「そこはご心配なく。 ランクも順調に上がっているのでさっさと上位機種に乗り換える事も視野に入れています」

 「あぁ、ランク戦、結構やってるんだったな。 今どのぐらいだ?」

 「Fに上がりました。 Eは流石に少しかかりますね。 そっちはどうです?」

 「俺はボチボチDだな。 Dからポイント制になるからちょっと見通しが立たなくなるが早い所、Bぐらいまで上がってPを安定して稼げるようになりてぇなぁ」


 今までランク戦をサボっていたツケが回って来たと思わなくもないが、ここまで楽に上がれたのはしっかりと訓練を積んで実力を伸ばしていたからこそなので今が昇格に最適な時期なのだと納得していた。 


 「お義兄さんも言っていましたが、現状で手っ取り早く強くなるには機体の強化ですからねぇ。 そう言えば次のイベントもそろそろと聞いていますが、どんな感じなんです?」


 殴りかかって来たマルメルの拳を半歩分上半身を傾ける事で躱し、足を引っかけて転倒させる。


 「そういえばサーバー内の大規模戦は初めてか」

 「はい、始めたのがちょうど前の大規模戦が終わった後だったので」


 マルメルはこれまでの大規模戦の事を思い出す。

 実質五回目になるのだが、最初の防衛戦は訳も分からずに沈んだ。

 二回目は同じステージだった事もあってそこそこ上手くやれたと思いたい。 


 一応は最終局面まで粘れたのだから当時の自分達の実力を考えれば頑張った方だろう。

 三回目は例の極寒惑星。 過酷すぎる地獄のような環境に翻弄されるばかりだったが、どうにか最低限の情報を集めて敗北。


 その甲斐あってか四回目のリベンジはヨシナリが敵のボスにとどめを刺すという大金星を上げた。

 案内を見ると次回は防衛戦のようだ。 

 月面のような環境で迫りくる敵の猛攻を凌いで基地を守り抜く。


 今回は初見という事もあって敗色は濃厚だ。 

 マルメルの偏見かもしれないが、ここの運営は初見で勝たせる気がまるでない。


 「ぶっちゃけ初見でクリアはかなり難しい。 大規模戦は基本的に最初は情報収集、次でクリアを目指す事を想定されてるって感じだからな。 ――まぁ、ヨシナリとか一部の負けず嫌いはそうは考えてないみたいだし、今の所は何とも言えねーな。 内容に関しては前は死ぬほどのエネミー相手に防衛戦だったからとにかくきついぐらいの感想しか出ないな」

 「うーん。 あんまり参考になりませんね。 ちなみに前の防衛戦はどうやって勝ったんですか?」


 質問にマルメルは記憶を掘り返す。


 「あのステージって要所要所で大型のエネミーが湧くんだよ。 基本的にそいつらを放置すると負けが確定するようなキッツい奴だ。 裏を返せばそいつ等さえ早めに処理できれば割と何とかなる感じだったな」


 マルメルはただと付け加える。


 「ただ?」

 「最後に出てきた奴だけは洒落にならなかった」


 あのイソギンチャクとその中身の圧倒的な強さ。 

 当時からかなり強くなったと思っているが、未だに勝てる気がしない相手だ。

 そもそもAランクプレイヤーが次々と瞬殺されている悪夢のような敵だったので、自分と比べるのは烏滸がましいのかも知れない。 


 ヨシナリ曰く、運営の用意したプレイヤーで機体、中身の技量共にSランク相当との事。

 将来的にはぶっ潰してやりてぇと言っていた相棒に尊敬の念を抱きながらもマルメルは小さく頷く。

 自分ももっと頑張ろうと。 


 「なるほど、サーバー対抗戦とはまた違ったきつさがありそうですね」

 「単純に拘束時間が違うからそういった意味でも純粋にきついぞ」


 代わりに報酬も良いけどな。


 「戦果に応じてって感じですか?」

 「あぁ、歩合制って感じだな。 仕留めたエネミーでそれぞれ値段が付いてるんじゃないかって言われてる。 実際、ヨシナリが仕留めたボスの撃破報酬は凄まじかったしな」

 「あぁ、皆さんの機体と装備を新調してまだ余裕がある感じでしたもんね」


 しんどいがリターンも大きいイベントだと言いながらマルメルは再度、シニフィエへと襲い掛かった。

 数秒後には地面を転がる事となったが。

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