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第542話 第二次防衛戦㉔

 ポキポキと指を鳴らしながら一人の女が通路を歩く。 

 白衣を身に纏い、その胸にぶら下がっているネームプレートには「ジョゼ・オルティース」と書かれている。

 その表情には笑みが浮かんでいた。 


 何故ならこれから彼女はオペレーターとしてイベントに参加するからだ。

 ゲームの様子をモニターするのが彼女達の基本的な仕事ではあるが、見ているだけではどうにもつまらない。 そんな彼女達が「遊び」に参加できる数少ない機会がこれだ。


 相手は日本サーバーのプレイヤー。 参戦タイミングは要塞内に敵機が侵入した場合だ。

 要塞の防御機構を用いての迎撃も彼女の仕事ではあったが、形だけで放棄していた。

 一部のプレイヤーは感づいていたが、わざと通したのだ。 


 ――もっと減らす事は出来なくはなかったが、何故そんな勿体ない事をしなければならないのか。


 ジョゼは一人でも多くのプレイヤーと遊びたかったのだ。 侵入は大歓迎だった。 


 「皆は真面目だからなぁ、もうちょっと楽しめばいいのに」


 前回担当したボビーもそうだが、彼女達が参戦する理由はプレイヤーを試す為。

 だが、ジョゼにはそんなつもりは毛頭なかった。 その瞳の奥には嗜虐的な光が灯る。

 目的地である部屋に入室。 そこは無数の奇妙な椅子が並ぶ部屋だった。


 固定具に首が当たるであろう部分に人の脊髄を模したような明らかに突き刺す用途の何かがある。

 既に何人ものオペレーターが席に着いて微動だにしない。

 ジョゼも空いた席に着くと脳内チップ経由で椅子を起動。 微かな駆動音がし、両腕が固定される。


 「そんなことしなくても逃げないってば―」


 そんな事を呟くと彼女のうなじの周辺に切れ込みが入って左右に開き、暗い穴が露出。

 棒がゆっくりと挿入される。 完全に入った所で視界のウインドウにゲームへの管理者権限の解放と読み込まれた彼女の生体情報から使用可能機体の一覧が表示されるが、ジョゼは鬱陶しいと振り払う。


 代わりに自らの愛機の使用申請を行う。 僅かなタイムラグの後、受諾される。

 同時に要塞内の詳細な情報が脳裏に流れ込む。 それを確認しながらログイン作業の開始。


 「さぁ、あーそびーましょー」


 作業が完了し、彼女の意識はゲームへと呑み込まれた。



 「――全部で三十機ぐらいか」


 ヨシナリは目の前の惨状を見て思わず呟く。 あちこち転がっている撃破された機体。 

 エンジェルタイプやソルジャータイプが大半だが、中に見覚えのある機体が混ざっていた。

 コンシャスの機体だ。 かろうじて原型を留めていたので判別は付いたが、やられた機体はどれも酷い有様だった。


 まともに原型を留めている機体が居ないのだ。 

 手足は破壊され、胸部装甲が剥がされてコックピット部分が露出している。


 「な、なぁ、ヨシナリ。 俺、そこそここのゲームやってるつもりだけどここまで派手にぶっ壊された機体ってあんまり見た事ないんだが、何されたんだこいつ等?」


 マルメルの声は少し引き攣っていた。 

 明らかに普通のやられ方ではなかったので気にはなっているのだろう。


 「……これをやった奴は随分と悪趣味だナ」

 「久しぶりに嫌なものを見たよ」


 察したポンポンとタヂカラオの口調は苦い。 それはヨシナリも同じだった。

 舌に苦いものが乗ったような感覚。 あまり気持ちのいいものではなかった。


 「どういうことだ?」

 「……このゲームって作り込みがしっかりしているのは分かり切ってる話だよな? だから、機体のやられ方一つとってもちゃんとしてるんだ。 要は損傷を見ればどんなやられ方をしたのかは何となく分かるんだよ」


 ヨシナリはコンシャスの機体をそっと抱き起す。 

 手足も頭部も破壊され胴体部分も損壊が酷いその機体は無傷な場所を探すのが難しい。


 「――最初に推進装置だろうナ」

 「で、次に手足か武装を狙って機動力、戦闘能力の順に削いだって感じだね」

 「えぇ、最後に胴体を痛めつけた後、胸部装甲を剥がしてアバターを狙ってとどめって所ですかね」

 「……なぁ、それってこいつ等がやられた時の話か?」


 マルメルの質問にヨシナリは力なく頷く。


 「あぁ、恐らくここいたプレイヤーは嬲り殺しにされたんだ。 それも圧倒的に強い何かに」


 撃破された機体の位置を見てもこの惨状を作り上げた奴が何をしたのかも見えてくる。 

 固まったソルジャータイプやエンジェルタイプと少し離れた位置に居たコンシャス。

 恐らく下位の機体を動けなくした状態で固め、コンシャスはそれを庇う為に敵の前に立ちふさがったのだろう。 


 それでも善戦はしたようで損傷からも彼が粘った事は明らかだ。


 「――不快だな。 戦友よ、俺はこの惨状に悍ましい悪意を感じるぞ」

 「俺もだ。 どうやら此度の催しはこれまでとは毛色が異なるようだな」


 ベリアルは警戒するように周囲を見回しており、ヨシナリもセンサー系の感度を上げている。

 具体的には転移を警戒していた。 

 コンシャス達のやられ方が目を引くがそれ以上に問題なのは敵機の残骸がない事だ。


 倒したら消滅するタイプなのかもしれないがこのゲームの性質上、考え難い。

 つまりこの惨状を作り出した相手は単騎である可能性が高いのだ。

 周囲にはその姿がないという事は移動したと見ていい。 隠れて様子を窺っているかもしれないが、ヨシナリの考えではそれはないと見ていた。


 コンシャス達のやられ方からこれをやった敵は圧倒的な実力で相手を叩き潰すようなスタイルだ。

 嬲り殺しにしている点からもそれは明らかで、この惨状から読み取れる敵の性格は筋金入りのサディスト。 要は弱者を痛めつける事を喜ぶタイプだ。 


 やり方は人それぞれなのでそこは気にならないが、運営がプレイヤー相手にやるのは違うと思ってしまう。 

 そうするように指示されたのなら話は別だが、この状況でホラーゲームのような演出をする意味が分からない。 


 「ヨシナリ。 お前はどう見る? あたしはこれやった奴はイカれてると思ってる」

 「俺も同意見です。 明らかにやった奴の趣味でしょ」


 話している間にフカヤが着艦させると自機に乗り換えて出て来た。

 ツガルやヴルトム達は周囲を警戒しているが今のところは敵影の類は見当たらない。


 「何をしてくるか分からないからお互いを常に視界に入れるようにしてください」


 指示を出しながらウインドウを操作してマッピングを並行して行う。

 とにかくやれる事をやるべきだ。

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