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第577話 イベント制限戦Ⅱ⑬

 少なくともケイロンはあの勝負を勝てて当然とは思っていなかった。

 負ける可能性の充分に存在する勝負だったと認識している。

 それ以上にリーダーのヨシナリという男が凄まじかったが、今は考えるべき事ではない。


 マルメルはケイロンの視界に入ると指でかかって来いと示し、顎で少し離れた位置を指す。

 それを見てケイロンはとても嬉しくなった。 退屈なイベントで正直、参加は早まったかとすら思っていたが、こんな小気味よい相手と遭遇できるのだ。 捨てたものではない。


 前に負けたにも関わらず一対一の勝負に誘って来る気概。 素晴らしい。

 ケイロンの中でマルメルは紛れもない勇者となった。

 さぁ、勇者マルメルよ。 お前はこのケイロンとそれが駆る鋼の悍馬を討ち取れるのか?


 ――魅せてくれ。 お前の輝きを!


 移動しながら味方への通信を開く。 


 「これは俺と彼の決闘だ。 邪魔をすれば許さない」


 そう告げて通信を遮断。 充分に離れた後、ケイロンは背の散弾砲を抜くと上に向けて発砲した。

 そろそろ始めようという合図だ。 先を進んでいたマルメルは反転して戦闘態勢。

 互いの距離は40といった所か。 始めるにはいい距離だ。


 ケイロンが銃を向けるとマルメルは即座に右に回り込む。 

 上手い。 ケイロンは基本的に右半身と左半身を分けて戦っている。

 右で格闘、左で銃撃だ。 


 加えて高威力の長物ばかりな上、反動を抑える為に構える際に銃と腕を専用のジョイントで固定し、肩の関節をロックするので常に安定した姿勢で射撃が可能だ。

 だが、これには大きな弱点が存在する。 固定しているが故に射線も固定されるのだ。


 つまり右に回り込まれると狙えなくなる。 明らかにケイロンの動きを研究していた。

 ならばと加速して肉薄。 右手に握ったハルバードを振るう。

 力に任せた横薙ぎの一閃。 マルメルは旋回している以上、直線で追いかければ簡単に追いつける。


 首を狩ったと思ったが、すり抜けたと思えるほどのギリギリで躱された。

 お返しとばかりにマルメルの突撃銃が火を噴く。 

 実弾だったので腕とハルバードで防御しながら射線から逃れる。 


 被弾はしたが損傷は軽微。 左側面にマルメルを捉えて散弾砲を撃つ。

 器用に建物に陰に入るが、この散弾砲ならこんな廃墟程度なら諸共に撃ち抜くぞ。

 ケイロンのイメージ通り散弾砲は建物を二つほど撃ち抜き、粉塵が舞って視界が塞がる。


 当たるタイミングだったが、手応えがない。 明らかに仕留められていなかった。


 地に落ちた影がその存在を教えてくれる。 上だ。

 上手い。 恐らく建物の陰に入ったのは盾にする為ではなく射線を切る為だ。

 発射のタイミングに合わせて飛び上がって躱した。 こちらの動きをよく研究している。


 だが、観察しているのはケイロンも同じ。 

 ソルジャー+はエネルギーウイングを装備しているが旋回をあまり使っていない所から直線加速とその制御に使っているので突破力はあっても小回りは利かない。


 つまりこの二射目を躱すのは難しいはずだ。 ケイロンは散弾砲を持ち上げる。

 建物を楽に貫通したのは見ているはずだ。 この距離なら充分にダメージを与えられる。

 さぁ、どう防ぐ? 降下か真っすぐ突っ切るか――マルメルの取った行動はどちらでもなかった。


 胸部装甲のあちこちが展開。 一瞬、ミサイルの発射機構かとも思ったが感じからして違う。

 記憶を探り、僅かな間をおいて正解に辿り着く、クレイモア。 ベアリング弾だ。  

 発射。 視界を埋め尽くさんと小粒のベアリング弾のシャワーが降り注ぐが、この程度では止められない。


 ケイロンは念の為にと頭部を片腕で庇うが、散弾砲を構えた腕はそのままだ。

 多少は面食らったがやる事には変わりない。 引き金を引いて発射。

 頭部を庇った事で視界が狭まったが捉えたはずだ。 


 ベアリング弾をやり過ごし、マルメルはどうなったと庇った腕をどけるとそこにはあるはずの姿がなかった。


 ――どこに――


 ケイロンは嫌な予感がして持っていたハルバードを背後に一閃した。



 ――そう来ると思ったぜ。


 マルメルはユニオン対抗戦で負けてから映像を何度も見直した。

 特にケイロン相手に手も足も出なかった事もあって、いつか借りを返す為に研究していたのだ。

 まさかこんなに早くその機会が巡って来るとは思わなかった。 


 カナタには悪いがこいつに借りを返せるのなら最悪、刺し違えてもいい。

 ベリアル達の落ち込みを見て冷静になれはしたが、ログアウトすると徐々に悔しさが込み上げて来た。 


 敵の残りは一機。 

 つまり、マルメルがケイロンを仕留めていればヨシナリの撃破分を合わせると引き分けには持って行けたのだ。 自分が勝敗を左右したと自惚れる気はないが、最低でも削るぐらいはするべきだった。


 Aランク上位だから負けても仕方がない? 

 そんな言い訳が脳裏を過ぎるが、カカラ、モタシラ、ケイロンと立て続けに三機も撃破したヨシナリを見れば間違っても納得してはいけない。 


 ――俺はもっと強くならなければならない。 いや、なるんだ。


 模擬戦で相打ちになった事で追いついた気になっていたが、まだまだその背中は遠い。

 今の戦い方に満足してはいけない。 今の自分に甘んじてはいけない。

 中衛だから中距離戦だけやってればいい? そんな事を考えているからお前は負けるんだ。


 自分に足りないものは無数にある。 

 これまでは自分の長所を伸ばす形で自らを鍛えて来た。 

 現に目立った問題は起こらなかった。 事実としてそこそこの活躍は出来ており、貢献できていると思っていたのだが、敵が強力になっていくにつれてそれが通用しなくなっている事を痛感したのだ。


 同格や格下ならそれでも良かった。 磨いた連携が刺されば早々負ける事はないからだ。

 だが、格上相手に分断されると強みの連携が全く活かせずに各個撃破される。

 つまりはマルメルに必要なのはどんな相手でも対等以上に戦える個人技だ。 


 誰も彼もが自分の戦い方に合わせてくれる訳ではない。 

 自身の得意距離を押し付ける戦い方に舵を切ったのでそれを高めればいいとは思っていたが、ケイロンはその認識が間違いだったと痛いほどに教えてくれた。


 だから、シニフィエに教わり近距離戦の立ち回りを学び、グロウモスを参考に遠距離戦の動きを研究した。

 それに合わせて機体の構成も見直し、訓練のやり方も変えた。


 ――その成果を見せてやるぜ。 


 マルメルはケイロンを叩き潰し、自らの力を証明する。 そう考えて機体を加速させた。

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