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第578話 イベント制限戦Ⅱ⑭

 ケイロンの戦闘スタイルは右半身、左半身で遠近を綺麗に分ける点にある。

 右では特徴的なハルバード、左で三種類の大型銃を扱う。

 そして機体はそれを扱う為に最適化されており、太い腕は明らかに重量のあるハルバードを軽々と扱えるようになっている。 扱いも上手い。


 右手だけで器用に持つ場所を変えて間合いを調節する上、片手で振る関係で軌道こそ読み易いが当たれば大抵の相手は一撃で粉砕するパワーを秘めている。 

 左は大型の散弾砲、重機関銃、対物砲。 散弾砲は見た目より射程が長く威力も高い。


 至近距離であるなら強化装甲を装備していても一撃で持っていかれるだろう。

 重機関銃はイベント戦でヨシナリが奪ったのを見ていたので威力を見れていたのは良かった。

 ケイロン自身の重装甲すら簡単に撃ち抜く破壊力は凄まじいが、反動を抑え込むのに銃と腕を固定している事もあって射線が読み易い。


 ハルバードは横薙ぎと振り下ろしの二種類、銃はどれを構えたかにもよるが、散弾砲以外なら正面に立ちさえしなければ問題なく躱せる。  

 以上がマルメルの把握しているケイロンの攻撃パターンだ。 


 これは感想戦の後にヨシナリにアドバイスを貰った事でもあった。

 何せ単独でケイロンを返り討ちにしたのだ。 参考にならない訳がなかった。

 映像を見返せば見えてくるものが多い。 ケイロンが加速してハルバードの一撃。


 この場合、見るべきは武器ではなく、握っているケイロンの手。

 どの位置で握っているのかを見極めれば間合いが掴めるので、最大限上手くいけばかなり高精度な見切りが可能となる。 


 振る瞬間に手を滑らせて間合いを伸ばしてくるかもしれないが、相手も様子を見てくる可能性が高いので初撃は高確率で素直に振って来る。 

 握っている位置から攻撃範囲を予測、力任せの横薙ぎ。 


 しっかり握っている以上、間合いは変わらない。 

 持ち手の位置から間合いを測り、ギリギリまで引き付けて回避。

 余裕を持って躱したい相手だが、そんな日和った事をしていては勝てない。


 常に最適、最善の攻防を最高のクオリティで放つ。 そうする事でしか勝機は引き出せない。

 唸りを上げる回転刃が強化装甲の表面を僅かに掠める。 ギリギリを狙っての回避。

 危険を冒した甲斐あって隙だらけだ。 至近距離での突撃銃の連射。


 ケイロンは咄嗟に防御しながらマルメルの脇をすり抜けて距離を取りに行く。

 形状的に直進は得意でも後退は難しいので速度を維持する為には前に進み続けるしかない。

 露骨に距離を取りに来たので次は遠距離武器の出番だろう。


 ――どれを使う?


 考えるまでもない。 散弾砲だ。

 回避が難しく、この距離なら一番当て易い。 

 マルメルが振り返る頃にはケイロンは散弾砲を構えていた。 即座に近くの建物の陰に飛び込む。


 朽ちた建物は盾としては使えない。 そんな事は百も承知だ。

 本当の目的はケイロンの視線を切る事にある。 一拍置いて跳躍。

 発射。 マルメルの隠れていた建物を散弾が貫通する。 大型の銃だけあって威力も凄まじい。


 だが、威力がある分、周囲に与える影響もまた大きい。 

 大量の粉塵が舞って視界がゼロになるが、互いに互いの位置を把握している。

 ケイロンは即座にマルメルが上に逃げたと看破して銃口を向けるが、ここまでは想定内だ。


 撃つ前に強化装甲前面に仕込んだクレイモアを起爆。 無数のベアリング弾がケイロンに襲い掛かる。

 距離があるので装甲は貫けないが、頭部に当たればメインカメラを破壊する事は可能だ。

 この状況で眼を潰される事はケイロンにとって致命的だ。 躱すタイプではない彼はどうする?


 ――防ぐに決まってる。


 ハルバードを持った腕で頭部を庇う。 ここが勝負どころだ。

 マルメルは強化装甲と両肩の散弾砲をパージして機体を軽量化。

 エネルギーウイングを全開にして急加速を行う。 


 ――散々、練習したんだ。 決まってくれよ。


 ハルバードの間合いに入る前に急旋回。 ケイロンの真後ろへ。

 本来ならマルメルの機体はこんな繊細な挙動は出来ないようになっていた。

 元々、エネルギーウイングは可動域が広く、どんな方向にも急旋回ができるという高機動戦闘に置いて必須とも言える代物だったのだ。


 この機体――アウグストを組んだヨシナリもそれは理解はしていたが、余計な選択肢はマルメルにとってノイズになると判断して可動域を絞る事で直線加速に特化させたのは彼なりの配慮だった。

 マルメルもそれをばんやりと理解していたからこそそのままにしていたのだが、いい機会だと取り替えたのだ。 よりフレキシブルな挙動を実現する為に。


 これまで怠けていただけあってエネルギーウイングでの旋回は非常に困難だったが、ヨシナリは勿論、ふわわも使いこなしているのだ。 自分だけ使えないなんて恥ずかしい事は許容できなかった。


 ――俺だってやればできるって事を証明してやる。


 彼の練習の成果は結実し、ケイロンの背後を取る事に成功したのだ。

 だが、ケイロンもAランクプレイヤー。 このゲームに於いては百戦錬磨の強者だ。

 背後を取られたからと言って容易く首までは取らせてくれない。


 マルメルの気配を察知したのか上半身を大きく回転させてハルバードを一閃。

 斜め下から上へと斬り上げる軌道――だったのだが、その動きは止められる。

 何故ならマルメルが脇で抱えるようにその腕をホールドしていたからだ。


 「攻撃は起点を潰すのが一番効率的、だったよな。 相棒」


 パワーでは敵わないので手早く済ませなければならない。 

 ケイロンの背に跨る形になったマルメルは旋回前に展開していたハンドレールキャノンの銃身をケイロンの背に叩きつけるように押し付ける。 エネルギーは既に充填済みだ。


 ハンドレールキャノンのゼロ距離射撃だ。 

 どんな重装甲だろうとこの距離なら確実に殺せる。 


 「くたばりやがれぇぇ!」


 発射――と同時に機体が振り回される感覚。 気が付けばマルメルは宙に放り出されていた。

 何でだよと思考に空白が生まれそうになるが、無理矢理に回転させて現状を正しく認識しようとする。

 結果、何が起こったのかを理解した。 ケイロンは上半身を360°回転させてマルメルを振り落としたのだ。


 だが、放った一撃は命中しており、ケイロンの左肩を吹き飛ばしていた。

 充分に致命的な損傷だが、撃破には至っていない。 油断はしない。

 このまま畳みかけて確実に仕留める。

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