左腕を破壊した以上、銃は使えない。
ハルバードの間合いを意識してそのまま仕留める。
ケイロンの力任せの一閃を大きな動きで回避。
苦し紛れかと思ったが、ケイロンはまだ諦めていないようだ。
マルメルの想定していない動きをしたからだ。
ケイロンは前足を大きく持ち上げ、地面に叩きつけるように打ち付ける。
それにより粉塵が舞い、再度視界が塞がった。 マルメルは一瞬、判断に迷う。
ケイロンの意図についてだ。 視界を潰したのは態勢を立て直す為か、肉薄するかのどちらかに――
悩んだのは一瞬、来ると確信。 彼の戦いに対する矜持は本物だ。
逃げるなんて真似は貧しないだろう。 ならマルメルのやるべき事は迎え撃つ事だ。
アノマリーを連射――しようとして粉塵の幕を突き破ってハルバードが真っすぐに飛んで来た。
「――っ!? マジかよ!?」
投擲。 咄嗟に躱そうとしたが、判断に迷った事で反応が僅かに遅れる。
命中前に回避運動に入れたのは良かったが右足に当たって根元から千切れ飛んだ。
ついでに右のエネルギーウイングにも損傷。
可動域を広げた事で真後ろではなく足の裏側に展開していた事が災いして一部が巻き込まれた。
バランスを崩して倒れそうになったが、無視してアノマリーのエネルギー弾をチャージして発射。
距離が近かった事もあって胴体を捉えた。 だが、エネルギーフィールドとコーティングによってダメージは軽微だ。
ケイロンの機体は形状から旋回性能はそこまで高くない。
ハルバードの投擲は仕留めるつもりで放った一撃だ。 それを外した彼はどうするのか?
正面から戦う事を矜持とするケイロンの解は正面から堂々と叩き潰す為に突っ込んで来た。
マルメルの思惑を外しつつ攻撃に繋げる為に跳躍するが、それは一度見た動きだった。
冷静にケイロンの移動先へ銃口を向ける。
予備の突撃銃と腰の短機関銃も展開し、四つの銃を用いてのフルオート射撃。
凄まじい勢いで吐き出された大小無数の銃弾は次々とケイロンに命中し、最初は装甲表面に阻まれたが、途中で耐久の限界を迎えたのか次々と貫通し穴だらけにした。
弾が切れた頃には上半身じゃ見るも無残な姿に変わり、ケイロンは通信で『見事だ』と呟き、そのままマルメルの手前に落下。 幸運な事に爆発はせず、残骸だけがその場に残る。
本当に際どい勝負だった。 再戦を意識して徹底的に研究してなお、ギリギリの辛勝。
マルメルは力を抜くと機体も同様に脱力してその場に倒れ込む。
――だけど、勝った。 単独で、独力で、たった一人でケイロンを倒したのだ。
マルメルは拳を握ると天に突き上げる。
「っっっしゃぁぁぁ!!」
勝利の雄叫びがこの仮想の世界に響き渡った。
マルメルの雄叫びを聞いてアリスは反射的にそちらに意識を向けるとケイロンの反応が消えていた。
流石にこの結果は予想していなかったので思わず目を見開く。
最大限に戦果を挙げたとして足止めぐらいだろうと思っていたのだが、まさか勝ってしまうとは思わなかった。
ソルジャー+でジェネシスフレームを撃破する事も凄まじいが、ケイロンは決して弱くはない。
Aランクでも上位に位置する猛者だ。 それを倒してしまうとは――
――やるじゃない。
マルメルのただただ勝利を喜ぶ心からの叫びを聞いてアリスの胸にも熱が灯る。
仕事と割り切っていたつもりだったが、あんな熱い物を見せられたら自分も本気にならなければならないではないか。 テンションと同時にモチベーションが上昇していくのが分かる。
下のランクが頑張っているのだ。 ランカーとしていい所を見せてやろうじゃないか。
アリスは意識を研ぎ澄ます。 彼女の役目は狙撃手の排除だ。
まずは厄介なセンドウから。 ランク戦で当たっているので手の内はもう見ている。
隠密に特化している事もあって捕捉は非常に難しい。
だが、難しいだけで捕まえる手段はいくらでも存在する。
視界の端にマップを表示。 自身の位置と地形情報を呼び出す。
グロウモスはドローンを用いての反射を使った偏差射撃。
ショップに並んでそうかかっていないにも関わらずに使いこなしているのは見事だが、間接的である分やや鈍い。
正直、直接狙って来ていた方が怖かった。 グロウモス本人もそれは理解しているはずだ。
――にも関わらず壁の向こうからの攻撃を繰り返す理由は?
アリスの意識を分散する事にある。
恐らくはグロウモスが気を引いている間にセンドウが壁を越えてこちらに来ているはずだ。
本音を言えばエーデかまんまるを狙いたい所だろうが、撃ったら反応される事が分かっているので迂闊に狙えない。 裏を返せばアリスさえ排除してしまえば後衛を自由に狙えると判断しているのだ。
仕掛けてくるとしたらグロウモスの攻撃に同期してだろう。
タイミング的に次ぐらいだろうか?
いや、当たるか掠るかしてアリスにエネルギーフィールドを使わせた時が怪しい。
防いだ場合、密度が偏るので貫通させやすくなる。
――でも、待ってあげない。
アリスは大きく跳躍。 周辺のマップは頭に入っている。
壁の上には陣取れない。 何故なら上に察知されるとエネミーを送り込んで来るからだ。
その為、居る位置はこのエリアのどこか。
加えて背の低い建物ばかりの起伏はあっても高低差が小さい以上はどこかの建物の上?
それも考え難い。 何故ならこの街は廃墟で建物は荒廃による劣化で脆くなっている。
下手に乗って崩れてしまえば居場所を晒す事と同義だ。
つまりアリスを狙うには、直線上に捉える位置。 それだけ分かれば絞り込みは容易だ。
持っていたレーザーキャノンのエネルギーを充填。 薙ぎ払うようにレーザーを発射する。
狙い自体は大雑把だが、本命は当てる事ではない。 粉塵を舞わせる事だ。
そうすると――見つけた。 建物が密集している辺りに粉塵の中にぼんやりと機体の輪郭が見える。
発見された事に気が付いたセンドウは即座に移動するがもう遅い。
レーザーの再充填。 即座に発射、薙ぎ払うようにレーザーがセンドウに襲い掛かる。
移動先を狙ってアームガン――プラズマの榴弾を発射するグレネードランチャーだ。
爆発の範囲を意識して二連射。 手前に落ちるようにすれば技量の低いプレイヤーなら巻き込みで処理でき、技量高いプレイヤーなら察して足を止める。
センドウは後者で咄嗟に足が止まった。
アリスの狙いを察してこちらにライフルを向けてくるが、隠密特化の狙撃手が居場所を晒された時点で価値は暴落する。
エネルギーの再充填は終わっているが、出力は八割に留めた。
理由は単純で――展開したエネルギーフィールドに何かが命中して弾ける。
グロウモスの狙撃だったがアリスの展開した強固なフィールドは貫けなかったようだ。