敵の正面に切っ先を向けている以上、何かあれば真っ先に触れるのは刃部分だ。
ある種のセンサー代わりにしていると考えれば腑に落ちる。
ついでにふわわの反応が鈍かった理由にも納得した。
殺気とやらは意識の焦点が向かう先と以前にシニフィエは言っていた。
要は自分に意識があまり向いていないから殺気が出ないと。
防御だけでなく攻撃のテクニックとしても優秀だ。
受けた後に任意の方向に流す事で相手の態勢を自分の都合のいいように崩せる上、物によっては武器を奪えると単純にいなすだけではなく対応力にも優れている。
――何とか一部だけでもモノにしたいな。
どう練習するか。 モタシラの説明を聞きながらヨシナリは彼の剣を目に焼き付けた。
三日という時間は瞬く間に過ぎ去り、その間にモタシラと交友を深めつつ連携を高めた。
やるべき事はやった。 後は相手にどこまで刺さるか次第だ。
ヨシナリの見立てでは以前のふわわが相手であるなら確実に勝てるレベルまで仕上げたつもりだが、彼女の成長は未知数。
不確定な要素は多く、確実に勝てるとは言えない状況だ。
最初は不安でいっぱいだったがいざ当日になるとモタシラが恐怖した彼女と戦える事とそれを叩き潰して勝鬨を上げる自分をイメージして戦意が漲って来た。
ふわわは仲間であると同時にライバルでもある。
一対一ではないが正面から叩き潰して俺が上だと証明してやろう。
そんな気持ちで指定されたフィールドに移動。
ステージは遮蔽物が一切存在しない夜の草原。
なるほど、決闘を行うには最適とも言えるフィールドだ。
ヨシナリとモタシラは並んで相手の到着を待っていた。
空を見上げると大きな満月が地上を照らしているので視界に不良はない。
モタシラは緊張しているのか隣で何度も深呼吸を繰り返していた。
「大丈夫です。 俺達の積み上げて来た三日間を信じましょう」
「そ、そうだな。 正直、ここまで親身になってくれるとは思ってなかった。 ヨシナリ、君には本当に世話になったな。 この恩は決して忘れない」
「いや、報酬も貰ってるのでそこまで恩に着せる気はありませんよ。 ――というか、お礼は勝ってからにしてください。 まぁ、それなら俺が困っている時に助けてくれるとありがたいです」
「分かった! 君が困った時には助けになろう」
そんな話をしている間にどうやら相手が来たようだ。
片方はシニフィエだが、機体が変わっていた。 エネルギーウイング装備のプラスフレーム。
相変わらず手足の装甲を盛っており、打撃に特化している事が窺える。
目立った武装は持っていないが装甲の膨らみ方から何か仕込んでいるのは明らかだ。
――で、問題はもう一機の方だ。
「なんだあれは……」
隣のモタシラが小さく呟く。 ヨシナリも同じ気持ちだ。
ふわわの機体は変わっているなんてものではなかった。
両肩に野太刀、腰の左右に太刀と小太刀という装備構成自体は変わっていないが、見た目が変わっている。
目を引くのは真っ黒な古めかしい和風な全身鎧。
よくよく観察すると骨格自体は変わっていないのでフレームはそのままだろう。
恐らくは強化装甲。 見覚えがない形状だった事もあって警戒心が持ち上がる。
――あんな目立つデザイン、ショップにあったか?
疑問はあるが動揺は表に出さずに小さく手を上げて声をかける。
「どうもお久しぶりですふわわさん。 最近、顔を見せてくれないから心配しましたよ」
「心配かけてごめんなぁ。 ウチにも色々とあってん。 ――で? なーんでヨシナリ君はそっちの彼と一緒におるん?」
いつもの調子、口調。 記憶にあるままだが、妙な威圧感がある。
「そーだ、そーだ! お義兄さんの裏切者ー」
隣のシニフィエが乗っかるように囃し立てるがこちらは変わっていない。
その事に少しだけほっとした。
「まぁ、成り行きみたいなものですよ。 修行も充分でしょう? そろそろ帰ってきてくださいよ」
「それを決めるのはウチやとは思わん?」
「ですね。 だから、ここで叩きのめして戻ってきた方が有益だと証明して見せましょう」
それを聞いてふわわが笑う。
普段とは違って低く、何故か獲物を前に舌なめずりする肉食獣を連想させるぞっとする声だった。
ヨシナリは背筋に氷柱でも刺されたのではないかと思えるぐらいに身が震える。
僅かな会話だけにもかかわず圧が凄い。 なるほど、モタシラが怯える訳だ。
雰囲気がまるで別物だった。 本音を言えばヨシナリも逃げ出したくなったが、それと同じぐらいふわわがどれだけ強くなったのかを見たいという気持ちもある。
「言うやん。 ウチが積んで来たものをみせてあげるわ」
「そっすか。 じゃあこれで負けたら悲しいっすね。 あ、でも、頑張って修行したのに俺に負けたからって言いふらしたりしないんで安心して貰っていいですよ」
モタシラが何を言っているだと言わんばかりにヨシナリを凝視し、シニフィエが隣で吹きだした。
ふわわはそれを聞いて静かになる。
ヨシナリは態度を変えないが黙ったの怖いなぁと思いながら反応を待つ。
「ウチ、ヨシナリ君のそういうとこ好きやわぁ」
「そりゃどうも」
ヨシナリはウインドウを操作。 カウントダウンが始まる。
「まぁ、積もる話もあると思いますが、先に用事を済ませてしまいましょう」
「そうやね。 今度はウチが勝つから負けても泣かんといてな? ウチ、泣いてる男の子のあやし方は知らへんねん」
「は、やれるものならやってみてください。 ――あぁ、最後に確認ですが、これで俺達が勝ったら修業はこっちでするって事でいいですか?」
「そうやね」
全員が少し下がって距離を取り、ヨシナリは自然体、モタシラは剣を構える。
対するふわわは腰の太刀に手を添え、シニフィエは拳を握って構えを取った。
「そういえばお義兄さんとまともに戦うのは初めてかもしれませんね」
「そうだな。 プラスをどこまで使いこなしてるかみせて貰うよ」
「負けませんよー」
シニフィエは楽しげで、口調もどこか他人事のようだった。
――こいつがこの状況を一番楽しんでるなぁ。
ヨシナリは割と怖い思いをしてるのにこいつだけ楽しそうなのはなんだか癪に障るなと思う。
「……おかしいな。 俺の話のはずなのに一番蚊帳の外のような気がする」
「そりゃ、お義兄さんを連れてくるからですよ。 姉のスイッチが入っちゃったじゃないですか」
モタシラが複雑そうに呟くが、シニフィエがバッサリとそう言って切り捨てる。
カウントが進み――ゼロになった。