目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第602話 来訪者討伐戦⑨

 怖い。 逃げ出したい。

 始める前はそんな気持ちが大部分を占めていたのだが、こうして向かい合うと戦意が勝る。

 ヨシナリはさっきまでの恐怖感は何処へやら。 あっさりやられたモタシラに対する不満も感じない。


 そんな事よりも目の前のふわわを叩き潰したくて仕方なかった。 

 味方の時は勝利を分かち合えるが、敵として叩き潰した時の事を考えるだけで興奮する。 

 ふわわは間違いなく強者だ。 そんな彼女を叩き潰す事でヨシナリは自分が強くなった事を実感できる。


 息を深く吸って吐く。 気持ちは昂っているが、意識はクリアだ。

 機体は変わっていないが装備構成は大きく変わっている。 

 間違いなく今回の為に用意した新装備。 


 マルメルの機体を新調する際に強化装甲のラインナップは一通り見て来たが、あの装備には見覚えがない。 

 独特な意匠からナインヘッドドラゴンを寄越した開発チームから提供された試作品といった所だろう。

 カテゴリー的には強化装甲だが、防御ではなく機動性を向上させる事に重きを置いている。


 武器のラインナップは変わっていないように見えるが、野太刀を固定しているジョイントが違う。

 ついでに鞘自体も変わっていた。 

 正確にはモノ自体は変わっていないが、何かで覆っているように見える。


 『じゃあ始めよっか?』

 「えぇ、さっさと始めましょう」


 ――後は実際に戦って見極めるしかないか。


 僅かな時間、見つめ合う形になったが、動き出したのはほぼ同時。

 ヨシナリは機体を変形させて急上昇。 

 高度を取った所でアシンメトリーを構え――嫌な予感がしたのでインメルマンターンによる縦旋回。 


 瞬間、月が半ばから横にずれた。 


 「は?」


 あまりの光景にヨシナリの口からそんな間抜けな声が漏れる。

 月を斬った? いや、ありえない。 惑わされるなとシックスセンスで目の前の事象を観察。

 それにより何が起こったのかは見えたが、思わず笑ってしまった。


 転移。 野太刀の刃を丸ごと転移させたのだ。

 理屈はナインヘッドドラゴンと同じなので驚きに値しないが、インパクトとしては結構なものだった。

 横に振るわれた一撃は転移の影響で空間がズレて見えたのだ。 結果、月が両断されたように見えた。


 ――距離が取れなくなったな。


 200は離れていたはずなのに簡単に捉えに来た所を見ると離れすぎると不味い。

 下を見るとふわわは小さく手招き。 

 中距離以上離れると場合によっては一方的に斬るぞと言外に伝えているようだ。


 本気とも取れるが、あの野太刀は液体金属を充填する関係で気軽に連発は出来ない。

 頭の冷静な部分はブラフだろうと判断したが、そうでない部分は次は当ててきそうだと警鐘を鳴らす。


 ――安全な場所からチクチクやるなって事か。


 僅かに悩むがヨシナリは機体を人型に戻して急下降。

 アシンメトリーを実体弾に切り替えて連射、大地に弾をばら撒く。

 ふわわは軽快な動きで回避。 躱しきれない弾は小太刀で切り払う。


 当然のように行っている凄まじい挙動だが、もう見慣れているので無視。

 弾切れと同時にエネルギー弾に切り替えて更に連射。 単発なので手数は減ったが、威力は段違いだ。

 当然のように躱すが、読み通りだ。 


 アシンメトリーを背中にマウントしてアトルムとクルックスを抜いてバースト射撃しながら機体に制動をかける。 ふわわを相手に接近戦は自殺行為なので、20から25の距離を維持。

 中距離を維持するのがこれまでの最適解だが、ヨシナリがこの展開に持って行く事など百も承知のはず。 


 あのふわわが弱点をそのままにしておくとは考えにくい。

 つまりは何らかの対策を講じているはずだ。 

 ふわわはいつの間にか小太刀ではなく見慣れない武器に持ち替えていた。  


 大きく湾曲した刃。 所謂、曲刀という剣だろうか。 

 このタイミングで持ち替えたという事は投擲か。 大きく弧を描くように左右から二本飛んでくる。

 傾向的に牽制を織り交ぜる事をあまりしないふわわにしては珍しい動きだ。


 非常に怪しかったので躱さずにアトルムとクルックスで撃ち落とした。

 二本の曲刀は銃弾によって軌道を変えられてあらぬ方向へ飛んでいかなかった。


 「は?」


 思わずそんな声が漏れる。 空中で回転しながら静止している。 

 何だと観測するとふわわの機体から磁場のような何かが伸びて曲刀と繋がっていた。

 なるほどあれで出し入れができるのか。 


 視えてなければ躱したら後ろから飛んできてざっくりやられる訳だ。 

 面白いが種が割れればチープなトリックでしかない。 

 繋がりが視えるので軌道が丸わかりだ。 磁場のラインを視ながら回――ラインが不意に消失。


 同時に曲刀の軌道が変わって背後から飛んでくる。 強引に軌道を変えた後、ラインを切ったのか。

 これ以上は出てこないようなので普通に躱せばいい。 

 上昇か下降で迷ったが上はなんだか嫌な予感がしたので下へ。 


 曲刀が頭上を通り過ぎたと同時にホロスコープの右腕が千切れ飛んだ。


 「な、んでだよ!」


 思わず叫ぶ。 シックスセンスに反応しなかった。 ナインヘッド・ドラゴンは警戒していたのに何故?

 本当にいきなり千切れ飛んだ。 喰らった感触から肩を何らかの質量攻撃に射抜かれた。

 その証拠に機体は右半身が大きく傾いているからだ。 


 視線をふわわに戻すと刺突の構えで放った直後といった様子だった。

 しかも握っているのは太刀や小太刀ではなく野太刀の柄だけ。


 「振り回さずに鞘を刺突に乗せて射出したのか!?」


 とんでもない速さで飛んで来たので反応できなかった。

 いや、この距離なら比較的、安全と高を括って見慣れない曲刀の対応に意識を振ったからか。

 内心でクソがと自分に対して悪態を吐くと加速しつつ、残ったクルックスを連射しながら距離を維持。


 『その距離でええの?』


 転移反応。 真上だ。

 咄嗟に加速して反応から離れる。 

 僅かに遅れて何もない所から放射状に広がった液体の塊が落ちて来た。


 グルーキャノン。 発射せずに転移で飛ばしてくるのか。

 恐らく転移と同時にカプセルが砕けて内部のグルーが飛び散るようにできているのだろう。

 エネルギー流動を確認すると強化装甲は常に循環している所為で分かり難い。


 ――クソ、明らかにシックスセンスで視られる事を意識してるな。


 それでも微細な変化はあるだろうが、攻撃動作の起点を見え難くされている。

 鬱陶しいと思いながらどうにか突破口を探るべく弾切れになったクルックスから空になったマガジンを排出した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?