そんな悪あがきにも似た動きはふわわには通用せず、特に重要な上半身が動かない。
馬乗りにされた際にしっかり胴体を足で挟まれているからだ。
『じゃあお疲れさん』
モタシラはどうにか押し返そうとしたがふわわは推進装置を全開にして機体ごと刃を押し込んで来たのでこの体勢でそれを押し返す事は不可能だった。
そのままコックピット部分を貫かれ、モタシラの機体から力が抜けて動かなくなった。
ふわわは小さく息を吐く。 以前は手も足も出なかったモタシラを倒した喜びはあった。
カウンターに特化した剣技に高い技量、何よりも己の殺気を隠すのは彼女にとって天敵と言えた。
――以前までなら。
あそこまであっさりと負けた経験はそう多くなかったふわわにとって今回の敗北は許容し難い物だった。
だから、実家でひたすらに剣を振り、己を見つめ直す事にしたのだ。
何度も父と模擬戦を繰り広げて己には何が足りないのかを見つけようとしたのだが、かなり無理をさせてしまったのか腰をやってしまい彼女の相手が出来なくなってしまった。
その為、彼女の父はやや不安そうに何度も「問題を起こすな」と釘を刺した後、近隣の道場を紹介した。
ちょうど違う相手と試合をする事で何か見えてくるのではないかと思っていたので渡りに船とも言える。
ただ、その間、ゲームはお預けとなるのでいくつかのイベントに参加できなかったのは残念ではあったが。
様々な道場へ向かい様々な者達と剣を、そして拳を交える中、様々な物を見た。
そうしていく内に自分に何が足りないのかが少しずつだが見えてきたのだ。
――それは執着。
よくよく考えればふわわという人間は勝負を楽しんだ事は数あれど、負けたくない、負けられないとなりふり構わずに勝敗に執着した事はあっただろうか?
そんな事を考えてしまったのだ。 思い返してみても負けたら特に引き摺らずに次に移る。
別にそれが悪い事ではないとは思うが、勝負の際には結果に大きく影響が出るのではないか?
そんな事を考えてしまう。 特にヨシナリの事を見て来たので猶更だ。
彼は努めて表には出さないようにしているが、勝利への執着が凄まじい。
その執念が最後の最後まで敗北を諦めさせず、追い込まれた際に高いパフォーマンスを発揮する理由だろう。
今となっては少し恥ずかしいとすら感じてしまう話だが、ふわわには才能があった。
剣も拳も人より覚えが早く、感覚で出来てしまうのでできない人間の気持ちが分からない。
分からないから興味が出ない。 興味がないから執着しない。
そして執着しないから勝敗に対してのこだわりが持てない。
これまではそれでいいと思っており、彼女はそんな自分を嫌いではなかった。
――だが、敗北の悔しさを糧に技量を大きく伸ばしたヨシナリは遂に自分を凌駕したのだ。
ふわわはヨシナリのそんな精神性を心から尊敬していた。
彼の凄さはそれだけでは終わらない。 ヨシナリの「熱」は周囲の人間にも伝染する。
マルメル、グロウモス、ベリアル、ユウヤ、ホーコート。
『星座盤』のメンバー達が急激に技量を伸ばしているのはその影響が色濃く出た結果と言える。
それによりヨシナリ自身も成長していく。 他者の進化を促し、それにより相乗効果で自己の成長の糧にする。 ふわわ自身もその熱に当てられた一人である事は自覚していた。
モタシラを倒す事は壁を越える為の儀式のような物と捉えていたが、実を言うと割とどうでもよくなっていたのだ。
何故ならヨシナリが出てきたのだから。
モタシラには悪いが、心が躍る相手としてはヨシナリの方が圧倒的に上だ。
本来なら機体の強化もするつもりはなかったのだが、折角ヨシナリと本気で殺し合えるのだ。
全力を出さなければ失礼に当たるというもの。
強化外装『ハクサンゴンゲン』。
ナインヘッドドラゴンを寄越した運営チームは何かありましたら気軽にご連絡くださいとメールに一文を添えていたのでもっと強力な装備が欲しいと打診したのだ。
明らかにふわわの事を知ってあの刀を寄越した以上、調べている事は明白。
返事は直ぐだ。 元々はジェネシスフレーム専用装備の試作品らしく、使用後のレポート提出と引き換えに無償で譲って貰った。
強化装甲ではなく「外装」と銘打っているだけあって、防御力自体はそこまで上がっていない。
素材自体は良い物を使っているので耐弾性能は間違いなく向上しているのだが、機動性を可能な限り損なわない為に極限まで薄くしているので気休め程度の防御性能だ。
なら装備する事に何のメリットがあるのか?
まずは一点。 内蔵ジェネレーターによる出力増加。 単純にスタミナと機動性が上がる。
次に各種ギミックによる近接性能の向上。 ある種の磁界を発生させて武器を手元に持ってくる機能や、モタシラに使った目くらまし等の仕込みで近距離戦での攻撃、防御手段のバリエーションを増やす事。
最後の目玉となる機能なのだが、ナインヘッドドラゴン使用の簡略化。
転移先の座標設定を自動で行ってくれる機能なのだが、試作品だけあって狙いが大雑把だ。
恐らく開発陣はまともに当てる事を諦めて牽制を主眼に置く事で妥協したのだろう。
この機能は手動で狙った方が命中率が高いので使っていない。
目玉の機能は使えないが、総合的に見て使える装備である事は間違いなかった。
特に量産機では総合力でジェネシスフレームを上回る事は難しいので性能を盛る手段は貴重だ。
最初は出費が厳しそうだと思っていたが、無償だったという事で浮いた資金は妹にプラスフレームと装備を購入した。
数日前の事だったので装備の慣らしにあまり時間をかけられなかったのは残念ではあったが、今の自分は絶好調だ。 今ならヨシナリにも充分に勝てると確信できていた。
少し離れた位置で爆発音。 どうやら向こうも決着がついたようだ。
空を見上げるとヨシナリの機体が月を背負う形で飛んで来た。
ふわわはゆっくりと立ち上がり、モタシラの機体から離れてヨシナリの機体を見上げる。
「やーっと邪魔者が居なくなったわ。 なぁ、ヨシナリ君。 ウチ、ちょっと楽しみにしてたんよ」
『奇遇ですね。 俺もですよ』
ヨシナリはにこやかに即答。 何となく分かる。
彼は今、自分と同じ気持ちなのだと。
目の前の相手を叩き潰し、拳を振り上げて勝ったと高らかに宣言したい。
そんな強い意志を感じ、自分も同じ気持ちでいる。
この通じ合っている感じは中々に心地良い。
――潰してあげるわぁ。
ふわわは清々しい気持ちで無意識に拳を握った。