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第645話 各々の課題/遭遇戦⑤

 何となくだが読めて来た。

 こいつの戦い方は身を隠しつつ、ドローンを展開する事による包囲を進め、完了と同時に全方位から襲い掛かる。 

 仕掛けのやり方も秀逸だ。 伏せていた伏兵によるワイヤー付きのアンカーの同時射出。


 飛び方は基本的に直線ではあるが、接触すると四肢を拘束して来る。

 配置は標的――ヨシナリを中心に地上、空中での全方位から。 

 躱す隙間を物理的に潰している事もあって回避は難しく、包囲の一角を潰す事での突破しかない。


 ――で、回避先を読んで本体がそこを強襲。


 ご丁寧に地上に逃げやすいように空中に多く配置する事によって行動を誘導している。

 更に厄介な事にこのアンカーによる攻撃は躱されても問題はない点だ。

 何故ならヨシナリの退路を塞ぐ形でワイヤーが蜘蛛の巣のように張り巡らせている。


 当たれば直接拘束。 外したとしても退路を制限できるという二段構えの包囲網。

 イラで切断できなくはないが、時間がかかる。 上に意識を振らせておいて下から強襲。


 ――道理で姿勢の低い機体な訳だ。


 人型から逸脱している姿勢の低い機体構成もこの状況下で性能を十全に発揮する。

 流石はランカーだけはある。 かなり練られた戦い方だ。

 何よりも持って行き方が上手い。 シックスセンスがあったにも関わらずこうなる事を許してしまった以上は素直に褒めるしかなかった。


 ――ただ、俺も黙ってやられてやるつもりはないけどなぁ!


 横からのタックルは止められない。 なら力技で抉じ開ける。

 リミッター解除。 200%だ。

 全ての推進装置を全開にして逆に当たりに行った。 


 『フィジカル! そう来たか!』


 衝突により、ホロスコープの各所にダメージ。 当たった感じから敵機の方にはあまり効いていない。

 理由は当たった感触。 妙に重かった点から見た目以上の重量機体だ。

 思った以上に体勢を崩せなかった。 明らかに当たり負けしている。


 レールキャノンを使っていた事から攪乱からの中~遠距離戦機体かとも思ったが、接近戦もしっかりとこなせるようだ。 このままだと逆に押しつぶされる。


 勝ち筋が明確でない以上、機体に負担をかけるのは得策ではない。

 敵機がそのままこちらをビルの壁面に押し付けようとする動きを利用して推力を緩める。

 均衡が傾いたと同時にヨシナリは敵機の背の上を転がって反対側へ。 


 勢いを殺しきれなかったアイロニカルは態勢を崩す。 

 欲を言えば一撃喰らわせてやりたい気持ちもあるが、術中にはまったままは危険すぎる。

 そのまま加速して蜘蛛の巣からの脱出を狙う。 


 『ロジカル! 簡単には逃がさんよ』


 アイロニカルが前足を突き出す。 被り物の外に出た事で一部ではあるが露わになったが――


 ――何だあれは?


 変わった手だった。 

 先端にはニードルが付いており、指の代わりに透明なガラス容器のような何かがある。

 真っ先に思い浮かんだのは注射器だ。 あの容器は明らかに薬液の類を充填するスペース。


 手を伸ばす動作から何をしてくるのか読めたヨシナリは反射的に上昇しかけたが、真上にはまだワイヤーの結界。 回避コースが限定されている以上、撃ち落とすしかない。

 アトルムとクルックスを抜いて構える。 少々無理な体勢だが、やるしかない。


 注射器が射出される。 

 合計五つ、ワイヤーのような物で繋がっており、そこから薬液を充填しているようだ。

 飛んできている間に空のアンプルらしきものの中が謎の液体で満たされていた。


 喰らったら碌な事にならないのは目に見えている。 

 これは一発も喰らえない。 バースト射撃。

 即座に三つを破壊。 これならいけるかと思ったが、残り二つが不規則な軌道で追いかけて来る。


 ――こっちの弾を躱している点からも手動操作か。


 だったら本体を殺れば解決する。 アンプルを狙いながら本体にも銃弾をばら撒く。

 対処する事によって制御に支障をきたしてくれれば儲けもの程度だったのだが、敵機はヨシナリの想定を超えて来た。 一切躱さずに突っ込んで来たのだ。


 次々と被弾するがまるで意に介さない。 どうやら捨て身で突っ込むつもりのようだ。

 ダミーや何らかの方法でごまかしているようにも見えない。 穴の開いた被り物の向こうにはしっかりと刻まれた弾痕などがしっかりと観測されているからだ。


 思い切りが良いと思いながらも、喰らってくれるなら死ぬまでくれてやると更に狙おうとするが、アンプルがもう間近まで来ている事もあってこちらの対処が先だった。

 バースト射撃で破壊。 これであの怪しい液体を注射されずには済んだが、危機は終わらない。


 いつまで経ってもワイヤーの結界から抜けられないからどういう事だと思っていたらヨシナリを中心に一番距離の遠いダミーがワイヤーを回収後、先回りして結界を再構成しているのだ。

 徹底してヨシナリを自由に動かさないつもりらしい。 


 ――うざってぇ!


 執拗に動きを制限してストレスをかけて来る相手に若干のイラつきを覚えながらも、この状況の打開を狙うべく思考を高速で回す。

 まずこの状況で一番まずいのは何か? ワイヤーの結界だ。

 力技での突破自体は可能。 だが、一本の切断にイラの回転刃を使っても2秒はかかる。


 一本切れば抜けられるのならどうにかその2秒を捻り出すのだが、結界は十重二十重と折り重なっており、突破には最低でも四から五本は切断する必要があった。

 合計10秒。 そんな時間をこの状況で捻り出すのは無理だ。


 ならさっきアイロニカルがやったようにビルを突っ切るのはどうか?

 無理だ。 何故ならワイヤーの結界はビルを貫通して展開されている。 

 つまり迂闊に突っ込むとワイヤーに無防備に突っ込むだけの形になってしまう。


 そして最後。 これが一番深刻な問題だ。


 ――逃げ場がなくなってきた。


 これまでヨシナリはワイヤーの隙間を縫うように飛んで来たのだが、その隙間が徐々に小さくなってきている。 

 理由は組み直しの際、徐々にヨシナリを捉えやすいように配置を弄っているからだ。

 つまり仮にこのまま無傷でいたとしても必ず捕まる。


 『バッカル。 自覚したようだな。 このまま溶けるように沈むといい』


 アイロニカルは全ては我が掌中だと言わんばかりにそう言い放つ。 

 それを聞いたヨシナリは内心で小さく溜息を吐いた。

 普通だったらほぼ詰みの状態だ。 できるなら自力で突破を図りたかったが仕方がない。


 そもそもランカー相手に温存すること自体が傲慢な考えだったのかも知れなかった。

 出力500%。 切り札を切る事にした。

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