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第3章 11 非難の目

 その日の真夜中のことだった


チリンチリン

チリンチリン


隣の部屋でリリスがベルを鳴らす音に気付いて目が覚めた。


「え……? 空耳……?」


チリンチリン

チリンチリン


しかし、再びベルの音が聞こえている。しかも何だか苛立っているようにも聞こえた。


そんな……! 

今夜はクリフが帰ってきている。2人はきっと同じベッドで眠っているはずなのに、そんな所へ私が行けるはずがない。

けれど、私はリリスの専属メイドでこう、命じられている。


『何があっても、私のベルの音が聞こえたら即座に部屋に来るように』


もしかすると、何か緊急事態になったのかも……。


決心して、起き上がるとリリスの部屋へ続く扉を開けた。



「失礼……します……」


恐る恐る部屋に入り、驚いた。

部屋にはオイルランプが灯され、オレンジ色の光がゆらゆらと揺れ……リリスのベッドの傍らに、もう1台ベッドが並んで置かれていたからだ。


「やっと来たわね。フローネ。何回ベルを鳴らしたと思っているの?」


夜着姿のリリスがベッドの上で睨みつけてきた。


「い、いえ……あの、てっきり私は……」


それ以上のことが言えず、口をつぐむとリリスが尋ねてきた。


「あら? まさか……このベッドの上に私とクリフがいると思って来なかったの?」


「……」


何も言えず、俯く。すると……。


「何それ! そんなはずないでしょう? だったら最初から呼んだりしないわよ。フローネを呼んだのは、このベッドで寝てもらうためよ。さ、早く寝なさい」


「……え?」


突然の言葉に何を言われているか理解できなかった。


「あ、あの……リリス様……?」


「何度言わせると理解できるの? いいから早くこのベッドの上に寝なさい!」


「は、はい!」


命じられるまま、恐る恐るベッドの上に乗るとリリスに尋ねた。


「あ、あの……これは一体どういうことなのでしょう? 何故、私は……」


そのとき。


――カチャッ


突然部屋の扉が開き、驚いて私は視線を移した。すると、入ってきたのはクリフだったのだ。


「え……!? フローネ……な、何故君がこの部屋に……?」


彼は目を見開いて私を見る。


「あ、あの……こ、これは……」


するとリリスが口を開いた。


「ごめんなさい、クリフ。フローネが私の専属メイドになったことは手紙で教えておいたわよね?」


「う、うん……知ってる……けど……だ、だけど、何故この部屋に?」


「フローネは、時々暗闇が怖くて眠れなくなる時があるのよ。誰かが側にいてくれると安心して眠れるのですって。それで私が一緒の部屋で眠ってあげているのよ」


その言葉に耳を疑う。

リリスは一体何を言っているのだろう? 私は別に暗闇が怖くて眠れなくなることなんて無いのに。何故そんな嘘をつくのか理解できなかった。


「だ、だけど……この部屋は、夫である僕も出入りできるはずだし、それに……」


クリフは私を先程からチラチラと見ている。


言われなくても分かる。クリフは私が邪魔なのだ。

でもそれは当然のことだ。


結婚してすぐに別居婚が始まり……ようやく久しぶりに会えた新妻。

クリフは夫婦の営みに来たのだ。


それなのに、私がいれば邪魔で仕方ないだろう。


「フローネ……君、悪いけど今夜は……」


その時、リリスが思いもしない言葉を口にした。


「お願い! フローネを追い出さないで! 彼女がこの屋敷で頼れる存在は私だけだったのよ? どうか、私のためにもフローネを今夜この部屋に置くことを許して?」


そんな……! 

まるでそれでは私の我儘でクリフとリリスの夫婦の時間を邪魔しているように取れてしまう。


案の定、クリフは非難の目を私に向けてきた。

あの優しい彼から、そんな冷たい目で見られるなんて……。

悲しみとショックで、言葉が出てこない。


「……分かったよ。折角……久しぶりにリリスに会えたと思ったのに。おやすみ」


クリフは私を見ることもなく、部屋を出ていった。


――パタン


扉が閉ざされると、リリスはベッドに横たわって話しかけてきた。


「フローネ。今夜はこの部屋で寝るのよ」


「あの、リリス様。今のは……」


「あのねぇ……フローネ。自分の立場が分かっているの? あなたは私の専属メイド。質問する立場に無いのよ。分かったらさっさと寝なさい。仕事に響くでしょう?」


「はい、分かりました。……お休みなさいませ、リリス様」


「ええ。お休みなさい」


私に背を向けながらリリスが返事をする。


こうして、この夜……私はリリスの部屋で眠ることになったものの、当然の如く殆ど眠ることは出来なかった。



そしてこの一件で、私はとんでもない目に遭うことになるのだった――



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