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Ep.187 Side.C 守らんが為、武器を取る

 鬱蒼と生い茂る一面の緑を眼下に我らは空を翔ける。

 上空から見た魔物の群れは、まるで森を蝕む汚泥のようにカルコッタの集落にじわりじわりと迫っていた。


 魔物共のあの侵攻速度から計算するに、集落到達まではあと1時間程の猶予しか残されていないようだ。

 それまでに我らが集落に先回りし危機を伝え、速やかに迎撃態勢を整えなければならない。


 我らは上空で限界速度まで飛ばしに飛ばし、弟子の故郷へと急いだ。




 そして全力で飛ばしてアスカを大きく引き離した我は、15分ほど経過したところでようやくカルコッタの集落上空に到達する。


 事は一刻を争う。優雅に着地などしている場合ではない。

 我は集落の開けた場所に当たりを付けて、一気に急降下を開始。


 地面に激突するかと錯覚する程の勢いで着地すると、周囲に発生した風圧で近くの住民が驚いて尻もちをついていた。


 同時に彼らの威嚇の声が響き渡り、それは周囲へと伝播していった。

 するとどこからともなく集落中の©戦える力を持つ猫耳族の者達が一斉に集まり、立ちどころに我を取り囲んだ。


 さすが猫の獣人族、見事な身のこなしだ。


 ……などと感心している場合ではなかったな。

 まずはこの警戒された状況を収拾し、誤解を解かなければな。


「フーーッ! おまえ、何者!」

「敵襲! 敵襲! シャーーッ!」


 多数の猫耳族の大人達が毛を逆立てて威嚇している。

 集落の戦士は四つ足の体制になって今にも飛び掛からんとし、その後方では杖をこちらに向けた魔術師が狙いを定めている。

 ……なるほど。瞬時に戦闘陣形を取ることが出来るとは。流石、力が地位と直結する獣人族だ。


 とりあえず我は杖を置いて両手を上げた。


「勇敢なる猫耳族の戦士達よ、我に敵対の意思はない! ……驚かせたこと謝罪する! 急ぎ伝えるべきことがあって来たのだ!」


 その様子に警戒しながら、目をパチパチとさせて対応に困っていた。


 すると、警戒する獣人の戦士達の奥から、年老いた猫耳族の男が近づいてくる。その出で立ちから察するに、この集落の長だろう。


「空より舞い降りし耳長人よ、わしはここの長老。敵意がないのなら、何の用か?」

「我はチギリ・ヤブサメ。しがない魔術師さ。君達に危機が迫っていることを伝えに来たのだ」


 我が放った発言に周囲がざわめき始め、怪訝な視線が我を刺す。

 未だ警戒の色は解けず、長老はじっと我を見ていた。


「にゃー!? つまり、せんせんふこく……かにゃー!!」

「やっぱり襲ってくるつもり……!」

「危うく油断するところ。でも騙されない!」


 周囲が再び、フー、だのシャー、だのと騒ぎ出す。

 ……どうしてそうなるのだ。


 徐々に周囲に殺気が混じり始めたのを感知した我は、言葉による説得は困難であると認識し、足元に置いた杖を引き寄せた。


「にゃー!? くるぞ!」


 やれやれ……。話をするにもこの有様では叶いそうもない。

 こうなれば少々痛い目をみせてでも黙らせる方が――――


「――お待ちなさーーーい!」


 我の頭上からようやく追いついてきたアスカが、声と同時に勢い良く落下し、周囲に風圧を発生させて、再び獣人達が驚き尻もちをついた。


「ま、また落ちてきた! てきしゅう!」

「みんな、おちつ、おおおち、おちおちおち……」

「おまえが落ち着け」


 騒然となる周囲に、アスカが杖の底を地面に一度強く突き立てると何かが弾けるような音が発生し、周りの獣人は静まり返った。


「おぉぉ、そのお姿、アスカ・エルフィーネ様……!」


 長老がアスカを見て驚きつつ、姿勢を低くして首を垂れた。

 周りの獣人は長老のその様子に戸惑いながらも同じように倣い跪いた。


「……皆様、お顔をお上げになって? 驚かせてしまったのはこちらなのですから」

「とんでもありません。まさかアスカ様のお連れの人とは露知らず……」


 東方部族連合を取り纏める3族長が一角ともなれば流石に顔は知っていたようだ。何はともあれアスカのお陰で事態は収拾しそうだな。


 ……だが、解決しなければならない問題はここからなのだがな。


「火急の用件ですので、前置きはこの辺りで……。単刀直入に申しますわ。……今この地に魔物の大群が迫っておりますの」


 しんと静まり返っていた周囲が再びざわめき出す。

 それを長老は腕を上げ、静まるように周囲に伝えると、再度静寂の時が訪れる。


「……数は如何ほどでしょうか」

「森を埋め尽くす程だよ。放っておけばここも無事では済まないだろう」


「…………」


 我が突き付けた言葉を長老は静かに受け止め咀嚼している。

 そして迷いのない声を張り上げた!


「ソバルトボロス! すぐに迎え撃つ準備!」

「んむ!」


 長老から名を呼ばれた猫耳族の男が我らの前にやって来る。

 純白の毛色で、長身に良く鍛えられて引き締まった体の戦士だ。


 ……しかしその名、どこかで耳にしたような気がしないでもない。……まあいい、今は記憶を辿っている暇はない。


 我らの前に立った屈強な戦士は、大股で立って両腕を前で組んだ。

 その堂々たるや、最上の権力者を前にしてもなお物怖じる様子は皆無であった。


「父ボロスグライド、母リィズレアの名を授かりしカルコッタに属す者! 我が名は『ソバルトボロス・リィズ・カルコッタ』! アスカ様、チギリ殿、お見知りおきを」


 この男の立ち振る舞い、そして名乗りに激しい既視感を覚えた。

 その時我の脳裏には、ふわりとした白い髪を揺らしながら腰に手を当ててふんぞり返る、我が弟子ウィニエッダの自信に溢れた姿が超高速で過っていった。


 ……思い出したよ。この男の名をどこで聞いたのかを。


 この男おそらく、ウィニの父なのだろう。我はウィニの名乗りでこの男の名を聞いていたのだ。

 ウィニエッダ・『ソバルト』・カルコッタ。


 うむ。腑に落ちた。



 ――と、今はそれは些事である。いかんいかん。


「……ああ、よろしく頼むよソバルト殿。……では時間が惜しい。早速我らが目撃した魔物の大群の詳細をお伝えしても良いかな?」



 我らはソバルトに魔物の規模や到達推定時間、そして背後から仲間が挟撃するべく動いていることを伝えた。

 その情報を得たソバルトが即座に迎撃の支度を始め、集落は慌ただしく準備に奔走し始めた。戦う力のない子供や老人までも集落のため率先して準備に動いていた。


 猫耳族は『家族』をなによりも重んじるという。


 それは血の繋がった者のみならず、同じ部族の全ての者を家族と定義する。危機に瀕した時は全員が一丸となり家族を守るのだ。

 故にこの場所を放棄して逃げるという選択肢は彼らにはない。


 集落に暮らす者を守る為、そして旅に出たカルコッタの名を持つ者が帰る場所を守る為にも、彼らは決して退かないのだ。


 瞬く間に迎撃の体制が整えられていき、放っていた斥候が得た情報で、魔物の構成も明らかとなった。

 大半はゴブリンのような下級の魔物だが、その中に厄介な魔物も紛れているようだ。だが幸い知性を持った魔族の存在は確認されていない。



 魔物の到達まであと十数分といったところで、戦える者は皆持ち場に着いた。


 我とアスカは集落の入り口に土魔術で防壁を設け、戦士達はその防壁の前に堅牢な壁と化して整列している。魔術師や弓を携えた者は防壁の上に並んでソバルトと共に待機していた。


 この防壁が破壊されない限り、集落への魔物の侵入は防げるはずだ。

 あとはひたすら魔物を葬るのだ。背後から迫るラムザッド、ナタク、マルシェの働きにも期待したいところだ。



 やがて森の奥から魔物の大群を知らせる足音が僅かな地響きとともに到来した。数は雑魚含め1000体はくだらない。一体どうやってこのような大群を呼び寄せたのか。


 対して此方は最前線に並ぶ30人の猫耳族の戦士と、魔術で築いた防壁の上の魔術師20人に我とアスカに、背後から挟撃を狙うラムザッドら3人の計55人が防衛戦力だ。

 幼い子供を守る者以外で戦える者は全て参加した、カルコッタ部族の総力戦が今始まろうとしている。



「来ましたわね。チギリ、準備はよろしくって?」

「無論さ」


 固唾を飲んで待ち構える猫耳族の戦士達。その顔には緊張の色が窺えた。

 負ければ集落は消え去り、家族は離散の運命だ。皆それが分かっているのだ。恐怖しようとも逃げようとする者は誰一人として存在しない。


 やがて森の奥からその姿が明確に視認出来る距離まで魔物の大群が迫っていた。

 ゴブリン多数にトゥースボア、それに紛れてホブゴブリン、ブレードマンティスが複数体確認できる。

 ……特に危険なのは甲冑骸とハイゴブリンだ。見つけ次第我かアスカが仕留めた方がいいだろう。


「――お前達来るぞ! 構えろ!」


 ソバルトの号令で弓と杖の戦闘員が魔物に向けて構え、それぞれ狙いを定め始める。


 我とアスカもそれに続いて杖を構えて魔術を構築する。

 今、カルコッタ防衛戦の火蓋が切って落とされようとしていた。

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