「流石にもう気づいているかもしれないけれど、この村には私しかいないわ。久しぶりに見た人間が貴方達、ということになるわね」
それを聞いていたティターニが後に続いた。
「やはりそうだったのですね。それで一体いつ頃から?」
「私が生まれて直ぐくらいかしら? みんな、この村から去って行ったわ。祖父も亡くなって私が最後の住民。でもそれも仕方がないわ、この村には後が無い。元々未完成の村だったのだから、その結末は決まっていたようなものね」
たしか国の政策のゴタゴタで開拓が止まって、それから放置されっぱなし。だったか?
お偉いさんの頭の中にはもう、この村の事自体無いんだろうな。
ロクに道も出来ずに朽ちるだけの村か……。
「昔はこの辺り一体が私の家の領地だった。けれど、立憲君主制の成立に伴い国に土地を持っていかれたと思えば、数年後に祖父が開拓計画の責任者に任命。村の管理も任されたのだけれど。……いや、もう思うところは無いんだけどね。所詮は全て、私の生まれる前の話な訳だから」
「……随分と苦労をなされたようですね、アタシではその心中をお察しすることもできませんわ」
「言った通りよ、もう思うところはないわ。そうね、でも……それでも一つ上げるなら……村の完成を祖父と見たかったわ」
世知辛い話だぜ。何もこんな最後の一人になるまで放っておくこともないだろうにな、国も。それもこんな飛び切りの美人だぜ? ありえねぇだろう。
「この村ってね、ここから反対側にあった村の住民の為に出来るはずだったのよ。その村は鉄砲水で削り取られ、無くなったわ。今はそこにダムが出来てる。けれど結局生き残りの為の村も、何度かの政権の移り変わりの間に有耶無耶にされてしまって、中腹の村を拡充して町とする事で実質解決してしまった」
「なんかひでぇ話だな。だったら最初っからそうすりゃよかったのに、そうすりゃ姉ちゃんだって……」
ミャオはこの話を聞いて憤りを感じたみたいだ。気持ちはわかるがな。
俺はすっかりしんみりしちまったこの空気をどうにかするべく、話題を変える事にした。
「……そういやこの部屋明かりが灯ってますけど、電気は通って無かったんじゃ?」
「ああ、地下に発電機があるの。それでこの屋敷だけは使えるようにしているのよ。そこから電気を通してラジオも聞けるから、こう見えてそれほど世間ずれはしていない。と、思ってはいるわ」
「へえ……。それなら新聞が届かなくても大丈夫か」
そんな風な話をして時間は過ぎ、鍵を借りてさあ空き家に。
……で、すんなり行けばよかったのに。
「おい、お前。この後時間あるか? あるよな。行こうぜ」
「えぇ……」
何故かミャオが俺の前に立ちふさがってきた。
「い、いやぁ。いくら俺が色男でも、いきなりのデートのお誘いに乗るとは限らないわけで……。というわけでこれにて」
「ああん? オレ程の美少女が付き合えって言ってんだぜ? デートしようぜ、なぁ?」
間違いない、俺の直感が全力で鐘を鳴らす。
今すぐ離れろ、面倒事が向こうからやって来たぞ。
コイツがこんな事を言う場合、それは楽しい事じゃないのは俺の経験が証明しているのだ。
なのにだ。コイツ、俺が逃げないように腕を掴んで離さないときた。
「ちょっと趣味じゃないっていうか。へ、へへ。もっと出るトコ出て来るようになってから誘ってくれよ」
「もしかしたらさっきお前が言ったみてぇに今日明日で育つかもしれねぇだろ? 付き合え」
「夢は寝てから見てくれよな、頼むからよ!」
「お前の魂胆が読めねぇとでも思ったか? オレを怒らせて有耶無耶にしようってんなら諦めろ」
「嫌! 俺は嫌だ!! このまま暖かいベットに潜って朝までぐっすり眠るんだ! 離せ、おい離せよ!?」
「ちょっと何してんのよ二人とも!?」
鍵を借りて来たであろうラゼクが、俺たち二人の押し問答に割って入った。これは使える、このまま二対一でミャオを丸め込んで何事もなく今日を終えるんだ。
「あ、丁度よかった。ラゼクさ、オレたちと一緒に外に出ないか? 面白いもんが見れるかもしれねぇぜ?」
「面白いもの? でも、もう辺り暗くなってきたわよ」
「この時間じゃなきゃだめなのさ。なぁに、そう遠くまで出歩くわけじゃねぇよ」
ミャオは俺の腕を掴んだまま、離さないままにラゼクに問いかける。
じょ、冗談じゃねぇ!
俺は必死になってラゼクに目で訴える。大丈夫今までの俺たちの信頼関係ならばきっと通じるはずだ!
俺の視線に首を傾げるラゼクだったが、ついに通じたんだろう、意を決したように口を開いた。……はず。
「まあそうねぇ、ちょっと食後の運動程度に外を歩いてみるのも悪くないわね」
何だとぉ!? 通じてねぇぜ、この裏切り者め! よくも俺の信頼を裏切ったな!
「よし! じゃあまず装備整えに行こうぜ。おら何うなだれてんだよエル? とっとと客間まで行くぞ」
「あ、皆さん私も行きます! 待って下さーい!」
現実というものはいつも残酷だ。
だってさ? 俺は一歩も足を動かしたくないのに、そのまま引きずられて強制的に移動してるんだぜ? 俺の意思なんて関係なしにさ。
そりゃあもう、絶望しかないのよね。
◇◇◇
客間で無理やり剣を持たされた俺は、駄々をこねても通じずに、ミャオに腕を掴まれたままずるずると村の中央へと連れて行かれた。
そこは辺りの暗さもあってか、妙に不気味な場所で、たくさんの花に囲まれた真ん中にあったのは………………石碑?
「これが面白いものなの? 確かに他に目立つものなんてこの村にはなさそうだけど……」
当然だがそういう疑問は口にするラゼク。
それに対しミャオ。
「あぁ。ま、こいつは前座みたいなもんさ。ティリ……ティターニはもう知ってるが、ちょっとした時間つぶしに読んでみたらどうだ?」
読む? 一体何のことだよ?
そう思ってその石碑を見つめてみる。すると書かれてあったものは……。
「名前、かしら? いくつもあるわね」
「名前ねぇ……。ん? いくつも? ま、まさか!?」
ここでピンと来た俺。
まさか、こいつに書かれているのはこの村の住人の名前か? ということはここは共同墓地か!?
な、なんてとこに連れてきやがったんだ!!?
「ミャオ! て、テメェよくもこんな時間にこんな所に連れてきてくれたな!! テメェの高尚な趣味には付き合いきれねえぜ、俺は帰らせてもらう!!」
「は? 何言ってんだお前? それよりも感じねぇか。すぐそこまで……。それ見ろ! 来てるぜ!!」
「構えて下さいお二人共!!」
呆れた目線でこの俺のことを見ていたと思えば、突然二人してよくわからないことを言い放って近くの空き家の屋根を指差した。
一体何あるって言うんだ?
指差した先に渋々ながら目線をやると………………。な、なんだ? なんか蠢いてやがる。
「何あれ? ……猿? でも妙に大きいような」
ラゼクが呟く。
そう、よく見たらそれは猿のシルエット。だが一般的な猿に比べて明らかに大きい。まるで人間の大人のようにも見える。
瞬間、ゾクっと。頭から背筋から指先から、全身から全身へと。悪寒が駆け巡っていく。
「クケケケッ」
こ、これはヤバイやつだ。コイツ、こっちを見て笑ってやがる!?
顔はよく見えねえが間違いねぇ! な、なんなんだよ!? な、なんか、なんかすげぇ嫌な感じがする!! 本能的にわかる。
逃げたいぃぃ……。
「い、いや~、今日はホント面白かったな。ありがとよミャオ! おかげで楽しませてもらったぜ。じゃ俺明日も早いからこれで」
「お、逃げんじゃねえよ。きっちり最後に楽しんでいけって、どうせ逃がしちゃくれねぇんだからよ」
じりじりと後退していたはずだが、いつの間にかミャオが背後に立っていた。
クソォ!!
「嫌だァ!! お、俺は帰るんだ!! 五体満足で無事に戻って、おっぱいのおっきい未来の奥さんを探しに行くんだ!! 帰らせてくれェッ!!!」
そんな叫びも虚しく、あの巨大な猿は俺達めがけて飛びかかってきた。
必死顔で避ける俺を筆頭に散開する。
夜の帳を鮮やかに舞い散る花びら、……なんて悠長に楽しんでる暇があるわけねぇだろ!!
その化け猿は爪を尖らせながらケタケタと笑っていた。
気味が悪いよぉ……!