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第29話 再び顔を合わせるレディ

「やっと来ましたか。遅いですよあなた方」


「お待ちしてしましたわ、エレトレッダさん達」


 カノンブルの住処の近く、遠くで草を食ってる連中を眺められる木々に隠れていたソイツと合流出来たのは、山に到着してから小一時間。

 道中、ピクニック感覚で喋ってたら遅くなった、なんて言ったらマズイよな。


「ま、そう言うなよ。久しぶりに会ったんだ、もっとフレンドリーに行こうぜ? ていうかティターニにも一緒なの? これまたどうしてよ?」


「その……、彼女達とは以前に助けて頂いた縁がございまして。今回お仕事に同行する事になりました」


「ふん、親交を深める時間などもったいないです。本来わたしはこんなところに来る予定など無かったのですからね」


 思った通りプリプリ怒ってんなぁ。眼鏡の奥の釣り目が余計にキリっと見える。

 ここに来る途中で聞いた話じゃ、本当ならこいつは自分の仕事が予定より早く終わって、買ったばかりの本をじっくり読むつもりだったらしいし。


「大体エレトレッダさん、貴方とはもうパーティを解消しているのですから馴れ馴れしくしないで下さい」


「一緒に組んでる時でも同じこと言ってたろお前。相変わらず生意気ばっかり言って、可愛くねえぞ?」


「これがわたしです、気に入らないなら結構。それにわたしと貴方は一歳しか違わないのですから子供扱いは止めて下さい」


 そんな事言ってもねぇ……。


「まあまあ、ここはぼくの顔を立てて。さあみんなでやっつけるぞ! おー!!」


「声が大きいですよ。そもそも誰のせいで……!」


「ねえ。……勝手に割り込んでごめんなさいね、アタシはラゼクっていうのだけれど。アナタが助っ人、で間違いないわよね?」


 ラゼクが腰を曲げて、ソイツを見下ろしながら優しい声で話しかける。初めて会ったヤツならついそういう体勢を取ってしまうのも仕方がない。


 なんせ……。


「ええ、ご存じですラゼクさん。あとそのような態勢で話し掛けなくても結構。もっと普通に接して下さい。わたしはもう十八歳なので、子供扱いはごめんです」


 そう、ラゼクと同じ年だがその身長に結構な開きがある。

 なんせ、元パーティ最小だからだ。唯一の一三〇センチ台。


「わたしの名前はチェナー・ウェルモ。今後の付き合いがあるかは分かりませんが、以後お見知りおきを。それと、わたしの種族ではとっくに成人を迎えた身ですので、その辺りに配慮した接し方を心がけてください」


 眼鏡をくいと上げながらピシャリと言い放った小学生の少女にしか見えないその女。

 淡い緑色のメッシュが入った紺色のハーフアップに、同じ色の瞳。尖った耳。童顔。無乳。


 元パーティのブレインを気取っている『ゴブリン』の成人女性だ。



「で、実際のとこ今どんな感じよ?」


「カノンブルに目立った動きは見られませんわ。私達が此処に来てからずっとです」


「ゆっくり歩き回っているか、草を食べてるかですね。とはいえ、この距離からの観察ではそれが限度ですが」


 警戒心を煽るわけにはいかないので、ティターニの返答にそう付け足すチェナー。

 嫌々やらされているとはいえ、仕事はキッチリとやるな相変わらず。


 確かに連中は俺の目から見てものん気に草食ってるか、歩き回ってるか、日向ぼっことか、そんなことしかしていない。


 カノンブルは、見た目こそちょっと大きめの牛でしかないが、一度敵意がむき出しになればそれはもう恐ろしいぐらいの勢いで突進してくる。どんなヤツだってたまらず跳ね飛ばされるんだ。皮膚の硬さと足の速さが最大の武器なもんで。


 その勢いの良さからカノン砲になぞらえて、この名前がつけられた。

 だからハッキリ言って正面からやり合うのはゴメン被る相手だ。


 一般的に狩る方法はやっぱ猟銃だ。ただ、距離が離れすぎてると弾丸が皮膚に拒まれる。中距離から皮膚の薄い眉間を狙うのがセオリーだろう。一流のハンターだったらソツなくこなすんだろうが、残念ながら俺たちは専門のハンターじゃあない。


「どう攻めるよチェナー? このままこんなところで観察したって仕方ないと思うぜ」


「既にいくつかプランを考えています。わたしはこの仕事を速く終わらせたいので、決してヘマなんてしないで下さい」


「この俺がヘマだぁ? バカ言ってんじゃねぇ。俺の腕はよくご存知だろ? お前こそぬかるんじゃねぇぞ」


「よく存じてる貴方だから心配ですし、わたしの事はそれこそいらない心配です。……ラゼクさん、ミャオさんやこのティ……ターニさんの話を聞く限り毒の扱いに慣れているとの事、ですよね?」


 事前に聞いた情報を確認するために話しかける。

 情報提供先の一人がミャオだからか、ちょっと自信が無さげに見えなくもないな。


 しかし何で今ティターニの名前を言い淀んだんだ?


「ええ、確かに。調合は得意だから。それを使うのね? だったら他にも麻酔薬とか持ってるけど」


「なるほど、確かに使えるかもしれませんね。いいでしょう、使える手が増える分には歓迎です」


 ラゼクのヤツ、麻酔も作れたのか。

 掘り出し物とは思ってたが本当に結構やるヤツかも知れねぇな。


 それからティターニも交えて三人で話し込んでしまった。


 不意に服の袖を掴まれる。


 相手はドロシア。ちょっとつまらなそうな顔をしている。


「なんだよ?」


「だってさ、なんだかぼく達置いてけぼりじゃない? ちょっとつまんない。そもそもぼくが誘ったんだからさ、リーダーとして扱ってもいいと思うんだよ」


「お前がリーダーじゃ収拾つかないだろ。それに俺とお前を一緒にするんじゃないの」


「あひっどーい! なにさ、久しぶりにパーティ組んだのに。もっとぼくに優しくしてくれてもいいじゃんいいじゃん!」


 頬っぺたをぷっくりと膨らませて、拗ねるドロシア。ガキ。


「はあ……、へいへいわかったよ。お前がリーダー、リーダーね。俺はリーダーが動きやすいようにサポートにでも回らせてもらうさ。これでいいだろもう」


「うんうん! よくわかってるじゃん。よし、そんな素直なエルにはぼくがいい子いい子してあげよう! ほらほら」


「ほら、つったってお前じゃ背伸びしても届かねえだろ。……おっとやめろ!? 抱き着くんじゃない!」


 無理やり体をよじ登ってまで撫でようとしてくるもんだから振り払う。

 そしたらこいつも負けじとしがみついてくる。


「ほら! 照れてないで大人しくするんだよ! せっかくこのぼくが撫でてあげるんだから!」


「普通に迷惑だってんだろうが! お前こそ大人しくしろ!」


「うるさいですよあなた達。ピクニックに来てるわけじゃないのですから、あまり音を立てないでください!」


 これ俺が悪いのか? なんか納得いかねえな。


「わかったわかった。お前の前で背丈の事なんてさ、デリケートだったよ。いやぁ配慮が足りなかった俺が悪い、すまねえな」


「なっ!? それは一体どういう意味ですか?! わたしの種族ではこれで一般的なんです! 貴方とはそもそも種族間の規格が違うのですから比べるなどナンセンスです!!」


「お、お二人とも落ち着いて下さい!? 声が大きいです」


 音を立てるなと言った本人が一番でかい声で怒鳴ってきた。相変わらずこの手の話題はタブーか、ある意味安心したぜ。


 ティターニに注意こそされたが内心ほくそ笑んむ俺。

 だったのだが、急に耳を引っ張られる感覚に襲われる。


「いててててて!!? おい何すんだよラゼク!!」


「あからさまに喧嘩を売ってるんじゃないわよ。もう少し静かにしてなさい。ほらドロシア、アナタも。二人共ターゲットは目の前なんだから慎重に。わかった?」


「は~い。でもぼくだって早く頼れるレディーだってトコ見せたいんだもん」


「出番が来たら頼りにさせてもらうわよ。それまでいい子にしてなさいな」


 ドロシアの頭をなでなでしながらなだめるラゼク。

 完全に子供扱いをされてるのに、頼りにさせてもらうの発言で気を良くして気がついてねえな。


 因みに、自分を一般的だと言っていたチェナーだがゴブリンの成人女性の平均身長は一四三センチらしい。アイツ、俺が知らないと思ってホラ吹いてんだよな。


 まあ確かに、俺も大人気なかったぜ。落ち着いてカノンブル共を観察する事にした。


 ん? よく見ると顔を合わせて口元を動かしてるヤツらがいるな。

 というわけで、ラゼクに一つ提案をする事にした。


「おい、見ろよあそこ。何か会話してるようにも見えねえか?」


「え? そうね、そう見えなくもないけど。……それがなんなの?」


「だってお前猫型の獣人じゃん? 耳いいじゃん?」


「いや、だからなんなのよ?」


「何言ってるかわからねぇかなって。え? わかんないのかお前? なぁんだ」


「あ、アンタねぇ! 仮に聞こえても牛が何言ってるかなんてわかるわけ無いでしょうが!! アタシをなんだと思ってるのよ?!」


「ばっ!? 声がデケぇ!!」


 それがトリガーになってしまったのか、こっちを見る視線の数々。

 相手はもちろん、今までのん気に過ごしてた牛共だ。


 マズイぃ……。

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