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第41話 思い込む純情女騎士

 デート?

 もしかして、傍から見たら今日の私達はデートしているように見えていたのではないか? 


 ……いやいやいや、そんな馬鹿な。偶々この男と出会い二人で街中を歩き回っただけだ。周りに威圧感など与えないように冒険用の服装から着替えただけで、それだって折角だからといつもと違う恰好をしてみただけで。


 つまりその、デートとは違うはずなのだ。


 だが、若い男女が二人で街中を歩いて店に入って食事をしたりアクセサリーなどを選んだり、最後は公園のベンチで二人並んで座ってみたり……。このシチュエーション、もしやそう取られても仕方ないのでは? いや、だがしかし……。


 いや待て、男女のアレコレについては色んな意味で私より余程詳しいこの男が、それに気づいていないとは思えない。


 もしや……!?


「お、おい。もしかしてだが、そんな訳は無いとは思うのだが! 傍から見たら私達の関係は……こ、恋人に見られていたのか?」


「うん? ま、そう取るヤツもいるんじゃねぇの? でもそれってのは結局のとこただの邪推で……」


「いいんじゃない別に、こんな美人さんとデート。アンタも役得だと思ってるんじゃないの? 素直になったら?」


「馬鹿言ってんじゃねぇよ! だからそういうのを邪推だって」


「邪推でも何でも、アンタみたいなのがデート出来る事に感謝しなさいっての。……ほらアリゼ、知ってると思うけどコイツって素直になれない性格だから。男子小学生並みに意地悪するタイプよね」


「人の事馬鹿にしやがって! 素直になれないとかそういう決めつけってのは良くないと思うねぼくぁ!」


 はっ! もしやそういう事なのか!?


 確かにこの男の精神年齢は子供並みだ。それでいくとこの男の言動や行動は一種の愛情表現なのかも知れない。


(聞いた事がある、少年というものは好みの女性に対して思わず嫌われる行動を取るものだと……)


 と、という事はまさか!? 

 この男の今までの私に対する暴言に近い言動等は全て――私に対する好意だったのか!?


 一度その考えに行き着くと、納得が出来る行動を取り続けている。……気がする。

 思えば久しぶりの再会を無視したのも、あれはわざとなのではないか? 本当は気付いていたのに、私に対する照れからくる意地悪なのか、そうなのか?


 そうなのか……。


「そういう……事だったのか。…………貴様ッ!」


「あん? 何だよ急に大声だして?」


「あ、いやその……。きょ、今日の所はこれで勘弁しておいてやる! だが、次は覚悟しておけっ。わ、私もっ。そのだな……ぁ、覚悟してくれる!!」


 上手く考えがまとまり切れず、自分でも良くわからない事を口走りながらその場を全速で離れた。……離れてしまった。


 情けない! パーティの前衛を務める者の姿か、これが!?


 かつてないほどに怒涛の勢いで鳴り続ける心臓に煩わしさを感じながら、ホームのあるA地区まで走って帰る事になった。ローファーも意外と走りやすいな、などと無駄に考えながら。





「急にどうしたのかしら、彼女?」


「さぁな。アイツ昔っからわけわかんない発作で動き出すところがあるからな」



 ◇◇◇



「や、やあアリゼ。今回の知人とのデ、……遊びはどうだったかな? 楽しく過ごせたのならいいんだけれど。……なんだろう? キミ、やけに息が荒くないか?」


「いや、ティリート殿、これはその……。じ、時間が時間だったので急いで帰って来たからだ! 時間の感覚があいまいになる程に羽目を外し過ぎてしまったようで、私も未熟だと実感している!」


「そ、そうかい。それにしてはやっぱりちょっと息が荒過ぎるような? いや別に何となく気になっただけで深い意味は無いんだけれども」


「気のせいではないか?! わ、私は別に、その何も……。ともかくっ、そういうわけなので失礼する!」


「あっ、ちょっ。ちょっと!?」


 今は落ち着かなくてどうすればいいのかわからなくて、とにかく体がむずむずするような感覚でいっぱいになっていた。過去一切経験したことの無い感覚だ。


 何なのだ!? どうしたらいいのだ!?


 やり場の無い感情に任せて、足早に自室に向かう途中の事だった。


「ああ、帰ってきたのねアリゼちゃん」


 優しげな声、実家の母を思い浮かばせる声色の女性。


「グウィニス殿……。これは気付かず、申し訳ありません」


「気にする事じゃないわ。それより、今日のデートはどうだったかしら?」


「いやデートでは!? …………いえ、もしかしたら本当にデートだったのやもしれません。正直いかんとも言い難く」


「まあそうなの! ふふ、お相手はエルちゃんね? それにそのアクセサリー、買って貰ったの? よかったわね。それに私のコーディネートが少しでも役に立ったなら嬉しいわ」


 我が事のように喜ぶ彼女の姿を見て、私も良かったと思う。


 ……いや本当に良かったのか? でもいつもの恰好だったらデート向きでは……ああ! わからん!!


 心の中は感情が入れ違いになり休まるところを知らない。何なのだこの感覚? 苦しいのに、されど嫌いになれない不思議さ。わからない。


「でもエルちゃん相手は大変だったでしょう? あの子は目移りし易いから、手綱を引くのはコツがいるもの」


「そうですね、終始振り回されました。やはり貴女程の手腕は私には無いようです」


 私の知る限り、口の上手いあの男を唯一抑止出来るのがグウィニス殿だ。実の所それが羨ましくもあった。何かにつけて私のペースを乱し続けたあの男。

 そして今も、別の意味で乱されている。


 ここはやはり思い切って打ち明けるべきか? グウィニス殿なら口も固いので信頼が出来る。


「デート、といってもあの子にその気は無かったのかもしれないけれど。アリゼちゃんが楽しめたなら良かったと思うわ」


「いえ、実はですね。そのぉ……あの……」


「うん? どうしたのかしらアリゼちゃん?」


 き、気恥ずかしい……。だが一度決めた事だ、覚悟を示せ私!


「実は! その、エルは私に好意を持っていると思われます。はい、恐らくは……たぶん」


 言ってしまった。段々尻つぼみになっていったが、ついに言ってしまったぞ私。

 そしてそれを聞いたグウィニス殿は…………目を見開いている?

 普段たれ目で細く開いている彼女の瞼が完全に見開いている。


 こ、こんなグウィニス殿は初めてだぞ。やはり驚かせてしまったのか?


「それ、本当? 本当に? 彼がそう言ったの貴女が好きだって?」


「そういうわけでは無いのですが。奴の態度、あれは好意を持つ人物に対する反骨心の表れだったのではと。そう考えれば腑に落ちるところがいくつもありまして……」


 まくし立てるように聞かれたが、私も自分なりの考察を告げた。改めて口に出すと中々に信ぴょう性があると思う。


 私の言葉を聞き、グウィニス殿は何やら考えるような素振りを見せる。


 やはり彼女にとっても意外だったのだろう、無理も無い。あの男は胸の大きい女性が好みでパーティのメンバーを小馬鹿にしていたから。まさかそれが子供並みの好意の示し方だったなどと、そのような事は思いつきもしないはずだ。


 しかし、それだと他のメンバーには申し訳無い気持ちだ。きっと私に対する好意の巻き添えで胸をからかわれていたのだから。


 だが私はその好意に対する返答が思いついていない。私自身は別に好意などこれっぽっちも無い。無いのだが、それをそのまま伝えるなどいくら無神経なあの男といえど傷つくのではないかと思う。


 そうだ、だから私は傷つけないような返答が思いつかないから苦しいのだ。

 そうに違いないのだ!


 男を振り回す女の感覚とはこのようなものかもしれん。まさか色恋に無縁だった私がこんな体験をする事になど……そうか! この感覚は高揚感に近いものかもしれん。今までの私の人生には一切無かった感情だ。


 思い当れば不思議と余裕も湧き上がる。


(もはや他のメンバーに悪いとすら感じるな。彼女達も冒険者として恋と無縁の生活を送っているのだから、一人だけ男を手玉に取るなど)


 だが、私も修行中の身だ。色恋沙汰などに現を抜かすわけにはいかない。


 まあもし奴が素直になってデ、デートなどを申し込んで来た時はその勇気に免じて受けてやろうとは思う。

 いくらあの男でも哀れだからな。その後のこ、告白などは……聞かないようにしなければ。


(ふふふ、なんだ落ち着いて考えればむしろ、私の方が有利の立場では無いか。焦る必要など全くない。ただその時が来た場合にのみ、改めて考えれば良いのだから!)


 心臓の音が落ち着いていく、一旦の結論が出たのだから当然だな。


「う~ん、なるほどね。そう思っちゃったの、ね。これはぁ……中々。う~んでも、う~ん」


 グウィニス殿は今だ頭を悩ませている。前代未聞な事、それも仕方がない。

 だが今の私には余裕がある。彼女の出す考えを落ち着いて待とうじゃないか。


 しばらくの後、やがて意を決したように彼女が口を開き始めた。


「そうね、うん。今はそれでいいのだけれど、あまり相手の気持ちを弄んじゃダメよ? いつか貴女なりの気持ちを伝えてあげてね。きっとビックリさせちゃうだろうけど、エルちゃんは何だかんだで気持ちは受け止めてくれる子だから」


「そうですね、私は別に奴に対する気などはありませんが。それをすぐに伝えるのは酷な事だと思います。奴自身と向き合い、落ち着かせた上でその事を告げようかと。……相談事に乗って下さりありがとうございました。それでは失礼します」


 頭を下げ、改めて自室へと向かう。もはや帰ってきた当初の焦りなど微塵も持ち合わせてなどない。むしろ余裕の化身と言えるだろう。

 また近いうちに会う事にもなるだろうし、その時は優位の立場で奴に接してみようじゃないか。


 ふふん、つい鼻歌でも歌いたくなるな。


「~♪」





「あの子、思い込みの激しい子だと思っていたけれど、これは流石に予想外ね。ちょっと将来が心配になってきちゃったわ。大丈夫かしら、本当に? せめて自分の気持ちに気付ければいいけれど」

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