立神らがダブルデートをしてから数日がたったある昼休み。
「さあ、立神君。おいしく食べてね」
カバのような顔をした伊集院留美は、懲りずに弁当を立神に作って来ていた。
特大の弁当箱を抱えるようにして、立神はおいしそうに食べだした。
そこに岸田が寄って来た。
「この前はありがとうな。理央ちゃんも結果的には喜んでたよ。お前のおかげで彼女がより俺のことを好きになったみたいだし」
岸田はここ数日、休んでいた。
立神の家で豪天に鍛えられたから、身体のあちこちが悲鳴を上げていたのだ。
「それは良かったな。俺も楽しかったぜ。ガハハハ」
立神はそう言ってさらに弁当を口に流し込んだ。
「へぇ、なにがあったの?」
留美が二人の会話に興味を示した。
「実はこの前、俺と俺の彼女と、立神と桐生さんの四人でダブルデートしたんだ」
岸田は特になにも考えずにあったことを話した。
「ダブルデート? なにそれ?」
留美の表情がサッと曇った。
「え、あ、そのう、じゃあ、立神。またな」
留美の雰囲気に不穏なものを感じた岸田は、さっさと立神から離れて行った。
「ねえ、立神君。どういうこと?」
留美が立神に訊く。
「どういうことって、だから岸田のカップルと、俺と桐生さんでダブルデートしたんだよ」
立神は留美の感情の変化をまったく感じ取っていなかった。
「なんで私じゃなくて、その女となのよ」
留美は近くの席にいる桐生真希のことを顎で指しながら言った。
「え、あ、それは……」
立神もさすがに留美の感情を感じ取ったようで、言葉に詰まった。
「ひどい! いつも私のお弁当をおいしいって食べてるくせに、他の女とデートするなんて!」
「いや、たまたまそうなっただけで……」
「たまたまってどういうことよ! そんなたまたまあるわけないでしょ!」
留美はヒステリックに声を上げた。
クラスのみんなが立神と留美のことを見る。
「おいおい、なんだ?」
「痴話喧嘩か?」
クラスのみんなは愉しそうにそんなことを囁いた。
「いや、そのう、なんと説明したらいいか……。いろいろと事情があってだな」
立神はどうしてダブルデートをすることになったのか、あまり覚えていないのだ。だから説明のしようがない。
「びえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
留美はカバの顔をぐちゃぐちゃに崩して泣き出した。
「おいおい、立神。女を泣かすなんてひどい奴だなぁ。ププ」
宮下が半笑いでそう言った。
「え、俺のせい?」
と立神。
「そうだろ。だってお前が曖昧な態度をとるからさぁ」
宮下はまだニヤニヤとしている。
「もう、立神君のことなんて知らないっ!!」
留美はそう言うと、教室から走って出て行った。
「あーあ、マズいんじゃないの?」
と佐藤が言った。
「え、マズいか? 俺が悪いのか?」
「うーん、まぁ、これは立神君が悪いかもね。だって、立神君はどう思っているかは別にして、伊集院さんは立神君と付き合ってるつもりみたいだし、お弁当も毎日のように持ってきてくれて、立神君もそれを食べてるわけだし、あの子が怒るのも無理はないよ」
と佐藤。
「ええっ、俺はあんな女と付き合ってるつもりはないぞ」
「それはお前の勝手な論理で、状況としてはそうじゃないだろ?」
と宮下も言った。
「そうなのか? だって弁当を持って来られたら食べるなんて普通だろ?」
と立神は相変わらずだ。
このようなやり取りをこれまで何度もしてきている。
「立神君、ごめんなさい。私がいけなかったのね」
真希がそばに来た。
「え?」
「だって、私が頼まれたからって、ダブルデートなんて引き受けなかったらこんなことにはならなかったのに」
「桐生さんは悪くないよ。あまり気にしないほうがいいよ」
と佐藤は真希に言った。
「でも、伊集院さんという存在があることを知ってるんだから、やっぱり私がでしゃばった真似をしなかったら良かったのよ」
真希はとにかく真面目でやさしいのだ。
「そんなことないって。気にしなくていいよ。どうせ伊集院さんなんて立神が謝ったらすぐに機嫌を直すんだし」
と宮下。
「そうだね。これまでもそうだし。あまり気にしても損だよ」
と佐藤も言うのだった。
「そうかしら?」
真希はそれでも納得できない様子だった。
「じゃあ、立神。またあの子を体育館裏に呼び出すから謝れよ」
と宮下が提案した。
「ええっ、もういいよ。弁当のことはあきらめる」
と立神は留美イコール弁当と思っていた。
「あのな、伊集院さんは弁当屋じゃないぞ」
と宮下はさすがに注意した。
「そうだよ、立神君。それはひどいよ」
と佐藤も言う。
「う、ま、まぁ、そのう……ガハハハ」
さすがの立神もさすがにマズいと思ったようだ。
「じゃあ、伊集院さんに言ってくるよ。体育館裏に来るように」
と佐藤は隣のクラスに行った。
「さあ、さあ、お前は体育館裏で待っておけよ」
宮下は立神を連れて体育館の裏に向かうことにした。
「ああ、待って。私も行くわ」
真希が言った。
「そう? じゃあ、一緒に行こう」
結局宮下、立神と真希の三人で行くことになった。
体育館裏についてしばらくすると、佐藤が留美を連れてきた。
留美は目を赤くし、ふくれっ面をしていた。
「さあ、立神君。ちゃんと謝ろう」
佐藤が促した。
「すまん。俺が悪かった」
立神は留美の方を見ずに、頭を下げることもなく一応言葉だけは謝った。
「もう、いいの。私、立神君のことはあきらめることにしたから」
と留美は鼻をすすりながら言うのだった。
「え、もういいの? じゃあ、話はこれで終わりということで」
立神はラッキーという感じである。
「ちょ、ちょっと待て。立神、こっちへ」
宮下が立神を少し離れたところに連れて行った。
「お前、どういうつもりだよ。彼女はあきらめるって言ってるんだぞ。いいのか?」
「いいよ。だって、お前さぁ、あいつの顔を見ろよ。普段からブスなのに泣き顔は見れたものじゃない。俺は初めからあんなドブスとは付き合う気なんてないんだ」
立神は今時口にするのをためらわれる言葉を平気で言うのだ。
「それはわかるけど、これまで散々弁当食わせてもらったんだし、一応きちんと謝って仲直りしたほうがいいぞ」
「そうかなぁ」
立神は納得しなかった。
「立神君、やっぱりここはしっかり謝っておいた方がいいと思うわ」
真希が来た。
「そ、そうかな。でも、俺は留美と付き合う気なんてないしさ、あいつもあきらめるって言ってるし、好都合というか……。ニャハハハ」
立神は真希に言われて、もじもじとしだした。
「お付き合いをするかどうかは、この場合関係ないわ。これまでのお弁当のこともそうだし、彼女をその気にさせた立神君にも非はあると思うの」
「そ、そうだね。じゃあ、謝る」
立神は真希に諭されてすぐに気が変わった。
そして、立神は留美の前に行き、もう一度謝った。
「すまん。俺が悪かった」
立神は留美に今度はきちんと頭を下げた。
「アアアン、立神君。許すわ。ごめんなさい。私、ジェラシーで冷たい態度をとってしまっただけなの。本当は立神君のことをあきらめる気なんてないの」
そう言いながら留美は立神に抱きついた。
「ゲッ!」
立神は拒絶しようと勝手に身体が反応しようとしたが、なんとか耐えた。
「アアン、立神君、好きよ」
留美はそう言うと、ライオンの頬にキスをした。
「やめろ!」
立神はさすがに耐えきれず、抱きついている留美を引き剥がして地面に捨てた。
「グワァァァァ」
立神は吠えながら走り去った。
「もう照れちゃって、かわいい」
留美は地面に倒れた状態で言うのだった。
(どうしましょう。私、伊集院さんに嫉妬してしまっているわ。そんな、嫉妬なんてしてはダメよ。ああ、私はどうしたらいいの?)
一連のことを横で見ていた真希は、波立つ気持ちが抑えられないのだった。