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第40話 嫉妬

 立神らがダブルデートをしてから数日がたったある昼休み。

「さあ、立神君。おいしく食べてね」

 カバのような顔をした伊集院留美は、懲りずに弁当を立神に作って来ていた。

 特大の弁当箱を抱えるようにして、立神はおいしそうに食べだした。

 そこに岸田が寄って来た。

「この前はありがとうな。理央ちゃんも結果的には喜んでたよ。お前のおかげで彼女がより俺のことを好きになったみたいだし」

 岸田はここ数日、休んでいた。

 立神の家で豪天に鍛えられたから、身体のあちこちが悲鳴を上げていたのだ。

「それは良かったな。俺も楽しかったぜ。ガハハハ」

 立神はそう言ってさらに弁当を口に流し込んだ。

「へぇ、なにがあったの?」

 留美が二人の会話に興味を示した。

「実はこの前、俺と俺の彼女と、立神と桐生さんの四人でダブルデートしたんだ」

 岸田は特になにも考えずにあったことを話した。

「ダブルデート? なにそれ?」

 留美の表情がサッと曇った。

「え、あ、そのう、じゃあ、立神。またな」

 留美の雰囲気に不穏なものを感じた岸田は、さっさと立神から離れて行った。

「ねえ、立神君。どういうこと?」

 留美が立神に訊く。

「どういうことって、だから岸田のカップルと、俺と桐生さんでダブルデートしたんだよ」

 立神は留美の感情の変化をまったく感じ取っていなかった。

「なんで私じゃなくて、その女となのよ」

 留美は近くの席にいる桐生真希のことを顎で指しながら言った。

「え、あ、それは……」

 立神もさすがに留美の感情を感じ取ったようで、言葉に詰まった。

「ひどい! いつも私のお弁当をおいしいって食べてるくせに、他の女とデートするなんて!」

「いや、たまたまそうなっただけで……」

「たまたまってどういうことよ! そんなたまたまあるわけないでしょ!」

 留美はヒステリックに声を上げた。

 クラスのみんなが立神と留美のことを見る。

「おいおい、なんだ?」

「痴話喧嘩か?」

 クラスのみんなは愉しそうにそんなことを囁いた。

「いや、そのう、なんと説明したらいいか……。いろいろと事情があってだな」

 立神はどうしてダブルデートをすることになったのか、あまり覚えていないのだ。だから説明のしようがない。

「びえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」

 留美はカバの顔をぐちゃぐちゃに崩して泣き出した。

「おいおい、立神。女を泣かすなんてひどい奴だなぁ。ププ」

 宮下が半笑いでそう言った。

「え、俺のせい?」

 と立神。

「そうだろ。だってお前が曖昧な態度をとるからさぁ」

 宮下はまだニヤニヤとしている。

「もう、立神君のことなんて知らないっ!!」

 留美はそう言うと、教室から走って出て行った。

「あーあ、マズいんじゃないの?」

 と佐藤が言った。

「え、マズいか? 俺が悪いのか?」

「うーん、まぁ、これは立神君が悪いかもね。だって、立神君はどう思っているかは別にして、伊集院さんは立神君と付き合ってるつもりみたいだし、お弁当も毎日のように持ってきてくれて、立神君もそれを食べてるわけだし、あの子が怒るのも無理はないよ」

 と佐藤。

「ええっ、俺はあんな女と付き合ってるつもりはないぞ」

「それはお前の勝手な論理で、状況としてはそうじゃないだろ?」

 と宮下も言った。

「そうなのか? だって弁当を持って来られたら食べるなんて普通だろ?」

 と立神は相変わらずだ。

 このようなやり取りをこれまで何度もしてきている。

「立神君、ごめんなさい。私がいけなかったのね」

 真希がそばに来た。

「え?」

「だって、私が頼まれたからって、ダブルデートなんて引き受けなかったらこんなことにはならなかったのに」

「桐生さんは悪くないよ。あまり気にしないほうがいいよ」

 と佐藤は真希に言った。

「でも、伊集院さんという存在があることを知ってるんだから、やっぱり私がでしゃばった真似をしなかったら良かったのよ」

 真希はとにかく真面目でやさしいのだ。

「そんなことないって。気にしなくていいよ。どうせ伊集院さんなんて立神が謝ったらすぐに機嫌を直すんだし」

 と宮下。

「そうだね。これまでもそうだし。あまり気にしても損だよ」

 と佐藤も言うのだった。

「そうかしら?」

 真希はそれでも納得できない様子だった。

「じゃあ、立神。またあの子を体育館裏に呼び出すから謝れよ」

 と宮下が提案した。

「ええっ、もういいよ。弁当のことはあきらめる」

 と立神は留美イコール弁当と思っていた。

「あのな、伊集院さんは弁当屋じゃないぞ」

 と宮下はさすがに注意した。

「そうだよ、立神君。それはひどいよ」

 と佐藤も言う。

「う、ま、まぁ、そのう……ガハハハ」

 さすがの立神もさすがにマズいと思ったようだ。

「じゃあ、伊集院さんに言ってくるよ。体育館裏に来るように」

 と佐藤は隣のクラスに行った。

「さあ、さあ、お前は体育館裏で待っておけよ」

 宮下は立神を連れて体育館の裏に向かうことにした。

「ああ、待って。私も行くわ」

 真希が言った。

「そう? じゃあ、一緒に行こう」

 結局宮下、立神と真希の三人で行くことになった。

 体育館裏についてしばらくすると、佐藤が留美を連れてきた。

 留美は目を赤くし、ふくれっ面をしていた。

「さあ、立神君。ちゃんと謝ろう」

 佐藤が促した。

「すまん。俺が悪かった」

 立神は留美の方を見ずに、頭を下げることもなく一応言葉だけは謝った。

「もう、いいの。私、立神君のことはあきらめることにしたから」

 と留美は鼻をすすりながら言うのだった。

「え、もういいの? じゃあ、話はこれで終わりということで」

 立神はラッキーという感じである。

「ちょ、ちょっと待て。立神、こっちへ」

 宮下が立神を少し離れたところに連れて行った。

「お前、どういうつもりだよ。彼女はあきらめるって言ってるんだぞ。いいのか?」

「いいよ。だって、お前さぁ、あいつの顔を見ろよ。普段からブスなのに泣き顔は見れたものじゃない。俺は初めからあんなドブスとは付き合う気なんてないんだ」

 立神は今時口にするのをためらわれる言葉を平気で言うのだ。

「それはわかるけど、これまで散々弁当食わせてもらったんだし、一応きちんと謝って仲直りしたほうがいいぞ」

「そうかなぁ」

 立神は納得しなかった。

「立神君、やっぱりここはしっかり謝っておいた方がいいと思うわ」

 真希が来た。

「そ、そうかな。でも、俺は留美と付き合う気なんてないしさ、あいつもあきらめるって言ってるし、好都合というか……。ニャハハハ」

 立神は真希に言われて、もじもじとしだした。

「お付き合いをするかどうかは、この場合関係ないわ。これまでのお弁当のこともそうだし、彼女をその気にさせた立神君にも非はあると思うの」

「そ、そうだね。じゃあ、謝る」

 立神は真希に諭されてすぐに気が変わった。

 そして、立神は留美の前に行き、もう一度謝った。

「すまん。俺が悪かった」

 立神は留美に今度はきちんと頭を下げた。

「アアアン、立神君。許すわ。ごめんなさい。私、ジェラシーで冷たい態度をとってしまっただけなの。本当は立神君のことをあきらめる気なんてないの」

 そう言いながら留美は立神に抱きついた。

「ゲッ!」

 立神は拒絶しようと勝手に身体が反応しようとしたが、なんとか耐えた。

「アアン、立神君、好きよ」

 留美はそう言うと、ライオンの頬にキスをした。

「やめろ!」

 立神はさすがに耐えきれず、抱きついている留美を引き剥がして地面に捨てた。

「グワァァァァ」

 立神は吠えながら走り去った。

「もう照れちゃって、かわいい」

 留美は地面に倒れた状態で言うのだった。

(どうしましょう。私、伊集院さんに嫉妬してしまっているわ。そんな、嫉妬なんてしてはダメよ。ああ、私はどうしたらいいの?)

 一連のことを横で見ていた真希は、波立つ気持ちが抑えられないのだった。

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