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第60話 ある日のジュニアくん7

 一息ついたジュニアは、スマホを取り出すと今しがた解体したこの箱を写真に収めた。

 外箱、配線、基板。

 内部の詳細に至るまで細かくシャッターを切っていく。


「いいなぁ、この装置。シンプルなのにちゃんと要点押さえてるって言うか。

 このまま持って帰りたいところだけど、さすがにそれは怒られちゃうよね」

 森稜署の管轄内でなかったら確実に持って帰っていただろうことは想像に難(かた)くない。


 起爆ボタンの付いた蓋を裏返したジュニアの目が、1つの文字に留(と)まった。

 きれいに装飾された【Ⅿ】。黒い蓋に黒い文字。ライトの照り返しが当たらなければ気が付かなかっただろう。


「とりあえず巽(たつみ)さんに連絡取ろう。

 俺たちの指紋もべったり残ってるだろうし、このままにして逃げられないだろう」

 どっしりと疲労のたまった上半身を起こすイチの声に、ジュニアはゆっくりと蓋をもとに戻した。

「そうだね。

 今日のお説教は何時間で終わるかな」

 にぱーといつもの笑みを浮かべてなおも起爆装置にご執心(しゅうしん)だが、ダンスを踊りに出てきた人形たちと一緒に、切り株に乗ったそれは森の中へと帰って行った。



 ###


 小さな会議室でジュニアとイチと長机を挟んで座るのは、森稜警察署の署長松野と刑事課の課長間宮。

「君達の協力には感謝するが、避難命令が出ていたはずの店内に残り、高校生が命を危険に晒(さら)すのはあまりいい勇気とは言えないね。

 聞けば間宮課長の知り合いだそうじゃないか」

 松野の睨みをきかせた視線に、巽が席を立つと深々と頭を下げる。


「大変申し訳ございませんでした。

 この2名にはよく言って聞かせます。

 責任を問われるようでしたら私が取らせていただきます」

 そんな巽に一瞥(いちべつ)をくれると松野は席を立った。


「無謀な勇気がマスコミなんかに取り沙汰(ざた)されるから、子供が付け上がるんだよ」

 捨て台詞を吐きながら会議室を出ていった背中に、ジュニアがべぇーっと舌を出す。


「剣士(けんし)」

 そんなジュニアを咎(とが)めた巽はどっかりとパイプ椅子に腰を下ろした。

「ごめん、巽さん。

 迷惑かけちゃって」

 イチの申し訳なさそうな顔に、巽は軽く手を挙げて応えた。


「いや、問題ない。

 お前たちが現場にいなかったら確実に死者が出ていただろうしな。

 こっちとしても助かったよ。ありがとう。

 だが、次があったら絶対に俺に連絡取れよ」

「連絡取ったら絶対帰れって言うじゃん」

 間髪入れずに返すジュニアを巽がギッと睨みつける。


「当たり前だ。


 署長はな、俺の後ろ盾が気に入らないんだよ」

 なおも表情の晴れないイチに巽がニヤリと笑った。

 巽の妻であるせりか、その父親は警察のトップ警視総監だ。


「ま、姑(しゅうと)との関係が良好かどうかは置いておいてな。

 これでも仕事は出来る方だ、飛ばされやしないよ。


 それに香絵(かえ)が剣道教室の手伝いをしているのも気に食わないらしい。

 生活安全課の評判もいいし、少年剣道の子供たちも懐(なつ)いている、大人の部にはあいつの顔を見るために通ってるじーさま連中もいてみんなの孫と化してるからな。


 そう言えば、明日は寮で誕生日会するんだってな」


『ああああああああああああああっっ!』

 世間話会場と化した会議室にジュニアとイチの声が響いた。

「やべぇ、事件に気を取られすぎてた」

「そうだねー。

 あの起爆装置は集中しちゃうだけのものがあったよね」

「……たぶんジュニアとは意味が違う気がする」


 頭を抱えたイチに対して、楽しかった思い出話をするようなジュニアの口調に、イチの視線が刺さる。

 いや、刺さったと思う。


「巽さん。あの爆弾作った人が分かったら教えてくれる?」

 ここを出る前に、仕入れられる情報の予約は取っておきたい。

 長机から身を乗り出すくらいの勢いで、ジュニアが巽に迫った。


「ああ。そっちならSNSから当たっていた班が確保したって、さっき連絡かあったぞ。

 現在取り調べ中だが、投稿された写真の背景と部屋の内部が重なるし、被疑者(ひぎしゃ)とみていいだろ。

 今夜のニュースにはぶち込まれるんじゃないか?」

 スマホを操作した巽が1枚の写真をジュニアとイチに見せてくれた。

 伏し目がちで陰気な印象のある、小太りな男。

 年齢は20代前半だろうか。


「名前。この名前本名?

 ハンドルネームとか分かる?」

 写真の下の名前には、ま行。【Ⅿ】の付く文字がない。

「名前はもちろん本名だ。ハンドルネームまではここではわからんが」

 眉をひそめ返事をした巽に対して、ジュニアの思考は深く潜って行く。

「なんか、イメージが違うな。

 こんなにぷくぷくした指先で、あんな緻密(ちみつ)な基板を作ったなんて、なんか違う」


 顔を見合わせるイチと巽のことなどは、もう視界の隅にも入らない。

「この人、元従業員とかだった?」

 唐突に上げた視線が強く巽を見た。

「ああ。

 商品をくすねてたのを咎(とが)められてな。上司と揉(も)めて退職していた。

 大勢の従業員の前で怒鳴られたようでな。目撃者が多かったから、被疑者(ひぎしゃ)としても絞りやすかったが、当の本人は『恥をかかされた』報復だと。


 全く自業自得(じごうじとく)ってことを知らんのか」

 声明文(せいめいぶん)を見たジュニアの睨(にら)み通りだった。

 イチの中に、バックヤードで話した一幕が蘇(よみがえ)る。


「おかしい。

 こんなにいい爆弾を作れるのに、声明文の中の引用はチグハグだった。

 結構細かい所までしっかり作り込んでいるのに、ちょっとポチれば分かる声明文の下調べをしないなんて。


 巽さん。あの爆弾を設置した犯人と、製作者は別の人間だと思うよ。

 爆弾専門にやってる裏取引のサイトを探してもいいかも」

 ジュニアの言葉に巽はスマホの画面を操作した。


「今、田村が取り調べに入ってる。鑑識もパソコンの解析しているだろうし、その方面でも情報を取るように伝言させよう」

 席を立ち、部屋の隅で通話を始めた巽から視線を逸らすと、ジュニアはイチに顔を向けた。


「んで、どうしよっか。

 とりあえずリボンぐるぐる巻で、箱入っとく?」

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