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第43話

「あれってミンクだわ」

「うん。それとタイドにディズだね。というか随分と酔っぱらっているなあ……」


 酒場で大声を出しているミンクを見て絶句するアリア。いつもは大人しいミンクがジョッキ片手に大笑いをし、タイドも真顔でナッツをもりもり食べているのなど見たことないのでフランツも目を見張る。


「出来上がってるなあ。いや、あのエルフの三人組がフランツって男を探しているっていうんだ。同名だろとは言ったんだが、帰ってきたら会わせろって言うから」

「へえ……」


 受付の男がため息を吐きながら事情を説明し、フランツが気の抜けた声を出していた。

なぜなら、彼等がまさか自分の名前を出すとは思っていなかったからだ。


「どういうつもりかしら?」

「……」


 アリアが耳打ちしてくるが、フランツは声を出すなと手をかざしてから彼等の下へ行った男の様子を伺う。


「おーい、探していたフランツが戻って来たぞ」

「む……フラ……ンツ……?」

「……誰だっけ?」

「お前達が探していたんだろうが!?」


 男が話しかけるとタイドが首を傾げ、ディズが赤ら顔で追い打ちをかけた。ミンクはジョッキをぐっと傾けどうでもいいといった感じだ。


「探していたんだろう? ほら、フランツこっちへ来てくれ。知り合いか?」

「うーん、気は進まないけど……」


 男に呼ばれてフランツとアリア、ジャネットはエルフ達三人の下へと歩いて行く。

 それでも今後を考えてやっておく必要があるかとフランツは片手を上げて声をかけた。


「なんだか僕を呼んでいるそうじゃないか。なにか用かい?」

「あ! フランツだ! 相変わらず普通だよねえ」

「え?」

「あははは! ディズ酷いですよう」

「あら」

「うるさいぞ二人とも……頭に響く……そうそう、フランツだな……探していたんだよ……」

「本当に……?」


 タイドが赤ら顔でフランツを見て探していたと口にするが、かなり怪しい口調である。

 酔い過ぎて前後不覚といった感じだった。ジャネットが訝しむのも無理はない。


「お前達は僕じゃなく、彼女を探していたんじゃないのか?」

「あー、せい――」

「せいっ!」

「ふぐっ!?」

「フランツ!?」


 フランツが事情を聞くと、聖女だと言いかけたディズの首をトンと叩いて気絶させた。

 ジャネットがびっくりする中、フランツは続ける。


「残念だけど、彼女は居ない。途中で喧嘩をして別れてしまってさ。帰るところも無いからクランにお世話になっているってわけ」

「ふえ、ほ、本当にぃ? ふわあ……」

「む、その後ろに居るのはせい――」

「せいっ!」

「ん!?」

「また!?」


 タイドも聖女だと言いかけたのでサミングをして黙らせた。ジャネットはさらに驚くが、アリアは笑いをこらえるのに必死だったりする。


「まいったな。酔っているから迂闊に質問もできない。明日、君たちの宿に行くからどこかだけ教えてくれるか?」

「逃げる気だなー?」

「なら、今から移動してもいいけど? どうせ気絶した二人は連れて行かないといけないだろうし」

「よーし、行こう、すぐ行こうー」


 残されたミンクがニヤリと笑い、ジョッキを掲げてから一気に飲み干す。

 そして椅子から立ち上がると、二人の頭を引っぱたく。


「ほらあ、行きますよー。寝るならベッドの上でしょう?」

「う、ううん……」

「ミンクってもっとおどおどしていなかったっけ……?」

「うーん、酔うと人が変わるタイプかも。あ、それなら僕が手伝うよ。タイドさんを連れて行くから、ミンクさんはディズさんをお願いします」

「はーい♪ マスター、お代ー!」


 フランツがタイドを抱えてやると、ミンクはきちんと支払いを済ませていた。


「大丈夫? 一緒に行こうか?」


 ジャネットが腰に手を当てて運ぶのを手伝ってくれると言ってきた。


「……とりあえず今回は僕だけで行ってきます。リアさんも戻っていてください」

「……」


 だが、ジャネットの申し出は断り、アリアにもクランへ戻るように告げた。アリアは声が出ない設定なので、ひとまず無言で頷いた。


「それじゃ行ってきます」

「うう……」

「我慢してねー!」


 ミンクは気絶したディズを軽々と担ぎ、スタスタと歩いていく。フランツもタイドの肩を支えて後を追った。

 一瞬、アリアの方へ顔を向けてウインクをして『大丈夫だから』とアピールしていた。

 そのままフランツはミンクと共に宿へと足を運ぶ。


「おやおや、こりゃまたよく飲みましたね。そして今から四人でムフフですか、ホッホッホ」

「違いますよ!? とりあえず水をピッチャーでください。」


 宿に到着すると、胡散臭い丸メガネの店主が朗らかに笑いながらとんでもないことを口にしていた。フランツが驚愕していると店主は奥へ引っ込みながら言う。


「冗談です。かしこまりました。すぐにお持ちします」

「ったく……」


 フランツが鼻を鳴らして口を尖らせていると、ミンクが近くに寄って来た。


「わたしはいいですけどぉ?」

「シルファーに怒られると思うよ? ほら、部屋に案内して」

「あははは! やっぱり普通だー」

「う、う……」


 上機嫌なミンクがフランツから逃げるように早歩きをして部屋へと向かった。担がれているディズは青い顔で呻いていた。

 程なくして部屋に到着して中へ入ると、二人をベッドへ寝かせてやる。一息ついたところでフランツがミンクに話しかけた。


「で? 君達は彼女の追手ということで間違いないね?」

「そうですよう! まったく、貴方がせい――」

「せいっ!」

「うにゅ!?」

「宿の主人に水を持ってきてもらっているんだから注意してくれ」


 テンションは高いが意外と話は通じるなと思った矢先、聖女と口にしようとしたので、二人のエルフと同じ末路を辿った。

 ミンクは妙なうめき声を上げた後、ベッドに倒れ込んだ。


「あ、し、しまった……」


 部屋にはグロッキー状態の三人しか残っておらず、フランツが一人残された。


「ごめんミンクさん! 話をしよう!」

「ん、んん……もう、ダメ……」

「お客様、お水を――」

「え?」

「……これは失礼しました。お水はここに置いておきます」

「ち、違う! 誤解したままいかないでくれ……!」


 ミンクを抱きかかえていたフランツを見て店主はニヤリと笑ってそそくさと部屋を後にし、フランツの叫びだけが残されるのだった――


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