目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

お年玉を断る甥の謎

 タクシーを流していると歩道で手を挙げている女性を見つけた。これはラッキーだ。年始だから神社の前を走っていて正解だった。女性は乗り込み目的地を告げると、変な質問をしてきた。



「ねえ、運転手さん。甥にお年玉よりも鏡餅が欲しいって言われたんだけど。運転手さんなら、どちらが欲しいかしら」



 私は「お年玉ですね」と即答する。考えるまでもない。



「そうよね、それが普通よね。甥は頭がいいはずなのに、たまに変なことを言うから困っちゃうわ」



 頭がいいのなら、甥の言動が女性を悩ませるのも頷ける。まだ、「勉強のための本が欲しい」なら分かるが。



「それも、ただ鏡餅を欲しいって言うだけじゃないの。私にも食べて欲しいなんて、おかしなことを言うのよ」



「お客様にも食べて欲しいと? 確かに、ますます分からなくなりますね」



 お年玉を断った上に、一緒に鏡餅を食べたいと希望する甥。鏡餅を食べる。私はお年玉との関係性に気づいた。これなら、説明がつくはずだ。



「お客様はお年玉の由来をご存知ですか?」



「お年玉の由来? 分からないわね。子供達にあげるっていう認識しかないわ」女性は首を振り、お手上げだと意思表示をする。



「鏡餅は神様に供えるものです。神様の宿る鏡餅を分け与えることで、健康や幸せを願っていたのです。このお餅を年魂としだまと言っていたことから、お年玉になったとされています」



「へえ、面白いじゃない。あれ、もしかして……」



「そうです。おそらくですが甥はその由来を知っているのでしょう。ですから、一緒に食べることでお互いの健康を祈りたい。これが、一つの仮説です。頭がいいのであれば、知っている可能性もありますから」



「じゃあ、あの子は私のことも想っていたと?」



「そうかもしれません。あくまでも推測ですけれどね」



 私はハンドルを握りながら考えた。おそらく、この仮説は正しいだろう。しかし、女性が聞かない限り真相は分からない。その時、ふと姪のことを思い出した。彼女は体が弱く、入院しがちだ。それなら、お年玉よりも鏡餅を一緒に食べた方がいいかもしれない。彼女の笑顔を見るためにも。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?