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第6話

気づいたときにはマンションに帰り着いていた。

一緒に並んで、ポストを開ける。


「ひっ」


中を見た途端、思わず悲鳴が出ていた。

もう二度と見たくない、あの白封筒が入っている。


……ここも突き止められたんだ。


目の前が真っ暗になって、なにも見えない。

なんであの男は私に執着するんだろう?

私にそんな魅力はないのに。


「……せ。

七星」


「あっ、はい!」


宇佐神課長に呼ばれているのに気づき、慌てて返事をする。


「どうかしたのか?

借金の督促状でも入っていたか?」


からかうように課長が笑う。

私の状況など知らず、気楽なものだ。

けれどそれで軽く怒りが湧いたせいか、少しだけ気持ちが楽になった。


「借金なんてないですよ」


無理に笑って中身を掴み、ポストを閉める。

とりあえず兄に相談しよう。

あれなら宇佐神課長に相談してもいいかもしれない。


「不審者だってよ。

七星も気をつけろよ、一応、女なんだし」


「ひどっ」


掲示されている注意喚起のポスターを見て課長が心配してくれる。

が、ひと言多い。


……もしかして一緒に帰るために会社に戻ってきてくれたのかな。


エレベーターの中で、課長の後ろ頭をじっと見つめる。


「そんなに見つめるなよ、禿げるだろ」


「えっ、見つめてなんか」


振り返った彼がにやりと笑い、熱い顔で目を逸らしていた。


「風呂入って寝られる状態までにして、俺の部屋に来い。

鍵は開けておくから、勝手に入れ。

じゃ」


「あ……」


戸惑う私を無視し、課長の部屋のドアが閉まる。

しかも私の分のお酒も持っていってしまった。


「ううっ……」


仕方ないのでとりあえず、自分の部屋に入る。


「なんか食べるもの、あったっけ……?」


冷蔵庫を開けてみるが、牛乳くらいしか入っていなかった。

明日、買い出しに行こうと思っていたのでカップラーメンも切れている。


「はぁーっ」


憂鬱なため息をついて冷蔵庫を閉めた。

これは課長のお言葉に甘えるしかないのか。

それに行かなかったらピンポン連打されそうだ。


「はぁーっ」


もう一度ため息をつき、重い腰を上げる。

言われたとおりお風呂に入り、さすがに部屋着やパジャマで課長のお部屋を訪問する気にはなれず、Tシャツとジャージに着替えた。


「……行くか」


一応、なにか差し入れるものはないかと探すが、さっきも言ったとおり明日買い出しに行くつもりだったので、お菓子もない。


嫌々ながら隣の部屋の前に立ち一度、目を閉じて深呼吸する。

再び目を開けて覚悟を決め、呼び鈴を押した。


「はーい」


すぐに中から返事があり、ドアが開く。


「なんだ、オマエか。

鍵開けておくから勝手に入ってこいっていっただろ」


若干不満顔で、宇佐神課長が部屋の中へと戻っていく。


「そういうわけには……。

おじゃま、しまーす」


なんとなくおそるおそる、ガーデンサンダルを脱いで部屋の中に入る。


「座ってろ。

もうできる」


「あっ、はい……」


うちと同じ間取りなので、入ってすぐはキッチンだった。

コンロには鍋がかかり、いい匂いがしている。


「なにか手伝いましょうか」


そろりと彼に申し出た。

上司に料理を作らせ、私だけ座っているなんて居心地が悪すぎる。


「じゃ、運んで」


「はい」


皿に盛られた料理をリビングへと運ぶ。

綺麗に片付けられた部屋は、課長の几帳面さを顕しているようだった。


「もうないから座ってていいぞー」


「はい」


適当にテーブルの前に座りながら、なんとなく部屋の中を見渡してしまう。

隅には小型ながら背の高い書棚があり、本が溢れんばかりに詰まっていた。

もしかして読書が趣味なんだろうか。


「おまたせ」


すぐに宇佐神課長がコンビニで買ったお酒とグラスを二つ掴んできて、テーブルの角を挟んで私の隣に座った。


「ありがとうございます」


差し出されたグラスを受け取る。

しかし、お酒は渡してくれない。


「ん」


カシュッといい音を立てて私の買った缶酎ハイを開け、彼が差し出してくる。


「……じゃあ」


それをありがたく、グラスで受けた。

私も彼に注ぐべきだと思うが、私とは反対側に置かれているので、強引に手を伸ばさないと届かない。

どうしようか考えているうちに課長は、手酌で自分のグラスにビールを注いだ。


「あ……」


「ん?

どうかしたのか?」


不思議そうに彼が首を傾げる。


「あの、お酌……」


昨今はそういうのは時代遅れだとはいえ、仮にも相手は上司でしかも食事を作ってもらったのに、これはマズいんじゃないだろうか。


「別にかまわないけど。

自分でできるし」


にぱっと課長が笑い、まだお酒をひとくちも飲んでいないのにぽっと頬が熱くなった。

プライベートの宇佐神課長はこうやって無防備の顔を見せてくるので、たちが悪い。


「じゃ、お疲れ」


「……お疲れ様です」


小さくグラスをあわせて乾杯する。


「遠慮なく食えよー」


ビールをごくごくと一気に飲み干し、課長はグラスにまた手酌で注いだ。

テーブルの上にはお豆腐の入った具だくさんのスープをメインに、餃子らしきものとアボカドのサラダ、棒々鶏が並んでいる。

夜遅くだからあっさり目だが、お酒のつまみにはあう。


「全部、宇佐神課長が作ったんですか」


「俺が作らなくて誰が作るんだよ」


課長は不満げだが、こんな料理ができるなんて思わない。

餃子に見えるものは中に大葉とチーズを入れて焼いてあった。


「料理、好きなんだよ。

特に食べさせるヤツがいると作りがいがある」


「そう、ですか……」


微妙な気持ちで並ぶ料理たちを見渡す。

イケメン、仕事もできて料理もできて、部屋を見る限りでは掃除とかも得意そうだし、こんな完璧な人間がこの世にいるんだろうか。

……いや。

女性を取っ替え引っ替えでそこは最低なんだった。

もしかしてそれで、人間としてのバランスを取っているのか?


「なんだ?

マズかったのか?」


眼鏡の下で彼の眉間に力が入る。

それは心配しているというよりも「俺のメシがマズいとかあるわけねぇよな」と脅しているようであった。


「い、いえ。

別に。

……あちっ」


素知らぬ顔で豆腐を口に入れると思いのほか熱かった。


「大丈夫か?

やけど、してないか?」


急にそわそわと課長が私を心配しだす。


「大丈夫です」


適当に笑って誤魔化し、酎ハイを飲んでまだ熱い口の中を冷やした。

この人は俺様なのか優しいのか、いまいちわからない。

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