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第51話

少しして予告が始まる。

私の好きな漫画が原作の作品があり、できたら龍志と観たいなと思う。

でもその作品が封切りされたとき、彼はまだ私の隣にいるんだろうかと不安になった。

ううん、今は考えない。

今日はとにかく、初めてのデートを楽しむんだ。


本編も昨日、予習してきただけあってのめり込めて楽しかった。

クライマックスに向かい、隣りあう龍志の手が私の手を握る。

私も自然とその手を握り返していた。


エンドロールまで流れてシアター内が明るくなる。

私の顔を見た龍志はなにかに気づいたのか、気まずそうな顔をした。


「……わるい」


それまで握っていた手を彼がぱっと離す。


「えっ、あっ、……とりあえず、出ましょうか」


「そうだな」


何事もなかったような顔をしてシアターを出た。

そのままふたりともトイレへ向かう。

少し並んで個室に入り、便器に座って用事を済ませながら先ほどのことを思い出していた。


……もしかして無意識、だったのかな。


なんか、そんな気がする。

そう気づくと急に四つも年上でしかも上司の龍志が可愛くなってきた。


「きゅ……」


思わず奇声を発しそうになり、慌てて口を押さえる。

それでも気持ちは抑えきれず、足をバタバタさせてしまった。


また長く籠もって彼を心配させるわけにはいかず、手早く手を洗って髪やメイクが崩れていないかチェックしてお手洗いを出た。


「お待たせしました」


「いや、いい。

昼メシ……と言いたいが、ポップコーン食ったしもう少ししてにするか。

どうせこの時間、どこも多いしな」


そっと背中を押して彼が促すので、歩き出す。

きっと私のお腹具合を気遣ってくれたんだと思う。

彼に胃袋を掴まれている私は当然、どれくらい入るかまで彼に把握されている。


適当なファッションビルに入り、ぶらぶら見て回る。


「なー、こういう服はどうなんだ?」


龍志が指した店頭には、チェックのスカートにマスタードのニットをあわせたマネキンが飾ってあった。


「あー……。

嫌いではないですけど、たぶん似合わないので……」


こういうキレイめで可愛い格好に憧れがないかといえば嘘になる。

でも、姐御なんてあだ名でサバサバしている私のイメージからは遠いと、避けていた。


「嫌いではないんだな?」


「はい、そうですが?」


確認されて首が斜めに傾く。


「じゃあ、たぶんで似合わないとか決めないで、一度着てみろ」


「えっ、あっ」


有無を言わさず彼は、私の手を掴んで店内に入っていった。

戸惑う私を無視してマネキンが着ているのと同じセットで私のサイズを選び出し、試着室へ押し込める。


「いいから、ほら」


私の意見など聞かず、彼はシャッと勢いよくカーテンを閉めた。


「……どうせ、似合わないし」


半ば、諦めの境地で着替える。

もう結果はわかっているので、鏡など見ずにカーテンを開けた。


「……どう、ですか」


「なんだ、似合ってるじゃないか」


満足げに彼が頷く。

これのどこが似合っているのだろう?

服に顔があっていないに決まっている。

……という気持ちが顔に出ていたらしく、彼は不満げな顔になった。


「信じてないのか?

いいからちゃんと見てみろ」


彼の手が私を背後の鏡のほうへと向かせる。

現実を見るのが嫌で俯いていた顔を嫌々ながら上げた。

見えた鏡に映っていたのは、なんだか可愛らしい女性だった。


「……あれ?」


……もしかしてこれ、私ですか?


信じられなくて何度か瞬きをする。


「ほら、似合ってただろ?」


ドヤ顔の龍志に、うんうんと頷き返していた。

髪型とメイクがいつもと違って今日は可愛らしくなっているせいか、服に馴染んでよく見えた。

思わず、これを買いますと言いそうになったものの。


「でも、今日は龍志がお化粧して髪も整えてくれたからで……」


いつもの地味メイク、ひっつめひとつ結びだと絶対にあわない。


「んー」


悩むように長く発したあと、彼は私とレンズ越しに目をあわせて改めて口を開いた。


「いつものメイクはちょっと変えるだけでここまでじゃないが綺麗になるし、髪型だって簡単なアレンジでけっこう変わるぞ?

まあ、七星がそうしたいっていうなら教えるし、今のままでいいっていうなら無理強いはしない。

俺はどっちでもいいしな」


にかっと彼が笑い、ぽっと胸の中が温かくなった。

こっちのほうが可愛いからこうしろなんて龍志は強制しない。

それどころかこのままでもいいって言ってくれる。

本当に素敵な人を私は好きになったんだな。


「……前からこういう服は着てみたいって思っていたので、教えてくれますか?」


それでも素直に教えを請うのは恥ずかしくて、彼の袖をちょんと摘まんで俯く。


「わかった」


周囲をきょろきょろと見渡したあと、顔をのぞき込んだ彼は素早く唇を重ねてきた。


「ひ、人が見てます!」


「今、誰も見てなかった」


しれっと言い放つ彼を上目遣いで不満げに睨む。

でも、少し嬉しかったのは内緒だ。


服は龍志が買ってくれた。


「プレゼント」


「だから!

そういうのはダメですって!」


たぶん、初デートだから今日くらい奢らせろとか言っていたので、このあとの昼食とかも龍志が払おうとするはず。

だったら、さらに服とか買ってもらうのは悪い。


「え、そこは『ありがとう! 嬉しい!』じゃないのか?」


不思議そうに眼鏡の向こうで彼は、何度か瞬きをした。


「いや、なんでもかんでも買ってもらうのは悪いっていうか……。

映画も奢ってもらいましたし」


「ふぅん、そうなんだ」


なんだか彼はまだ納得がいっていないようだが、あれか。

今まで付き合ってきた女性たちはそういうタイプの人たちばかりだったのか。

龍志の女性遍歴が垣間見えた気がした。


「まあ、俺のほうが役職付きで七星より余計に給料もらってるんだから、気にするな」


また一緒に並び、ぶらぶらと店を見て回る。


「余計にってうちの会社、課長職は忙しい割に給料はそんなによくないって聞いたことありますよ?」


「うっ」


私の指摘で服を選んでいた龍志の手が止まった。


「株とか投資やってて、そっちからの収入と蓄えがけっこうあるんだ。

とはいえ、普段はこんなにほいほい買ってやらないぞ。

今日は初デート記念で特別だ」


「はぁ……?」


気を取り直して選んだ服を彼が私に当ててくる。


「ほら、これ着てみろ。

絶対似合うから」


服とともに私の肩を押し、彼は試着室へと連行した。


「着替えたら声かけろなー」


また私を押し込み、彼はバタンとドアを閉めた。

なんか、誤魔化された気がする。

これも話せない、私とずっと一緒にいられない理由なんだろうか。

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