ファッションビルを一通り見て出たときには、龍志の手に私の服が入った袋が三つほど握られていた。
「買い過ぎじゃないですか」
「これくらい普通だろ?」
手を繋いで歩きながら、今度は遅い昼食を摂る店を探す。
「それに俺は、どんどん七星を俺色に染めたいからな」
くいっと彼がその大きな手で覆うように眼鏡を上げるのが、得意げに見えた。
上機嫌で服を選んでいたが、そういう理由だとは思いもしない。
でも、まあ、そういうのも悪くない。
少し歩いてちょっと奥まったところに偶然見つけた、古民家風和カフェに決めた。
内装は解体した古民家のものを使っているらしく、雰囲気がいい。
「いいな、ここ」
龍志も気に入っているみたいだ。
ふたりでメニューを見て、お昼のわっぱ御前にする。
「このあと、どうします?」
映画も観た、買い物もした、もう目的は果たしたといっていいが、もう少し龍志と目的もなく歩きたい。
しかしそうすると、気がついたら荷物が増えている心配があるのでごはんを食べたら帰ったほうがいいのでは?という気持ちもある。
「んー、俺、ちょっと見たいものがあるんだよな。
まだ大丈夫そうなら付き合ってくれ」
「いい、ですけど……?」
そうだよね、さっきまで私の服ばかり見ていたし、龍志だって自分のものを見たいよね。
「うわーっ」
少しして出てきた料理はお店の雰囲気とあっていて、思わず声が出た。
二段のわっぱ弁当に雑穀米のご飯や茶碗蒸し、汁物など数品が並ぶ。
開けたお弁当箱の中は、一段目には高野豆腐の煮物と玉子焼き、それに煮物が、二段目は天ぷらが入っていた。
「うまそうだな」
同意だと頷き、お箸を手に取る。
「いただきます」
まずは揚げたてが命の天ぷらから塩でいただく。
キスの天ぷらは衣はさくさくで身はふわふわしており、最高だった。
「七星はほんと、幸せそうな顔して食べるよな」
気がついたら龍志が、眼鏡の向こうで眩しそうに目を細めて私を見ていた。
「えっ、あっ」
食い意地が張っていると言われているような気がしていたたまれなくて、頬が熱くなっていく。
「そんな幸せそうな顔して食べてくれるから俺も作りがいがあるし、もっと食べさせたくなるんだよな」
うっとりと笑う龍志のほうが幸せそうな顔をしていた。
それだけで胸がほかほかと温かくなる。
「……なのにあんまり食べられなくてすみません」
そんなに喜んでくれるのなら、もっと食べて見せたい。
けれど彼が知っているとおり、私は小食でさほど量を食べられないのだ。
「いや?
無理して食べられても心配なだけだしな。
七星の適量を幸せそうに食べてくれるだけで嬉しい」
目尻を下げてにっこりと笑う彼の顔は眩しくて、つい目を細めていた。
最近は太ってきたので食べる量をセーブしなきゃ……とか考えていたが、ヤメだ。
龍志が食べている私が好きだというのなら、無理に食べる量を減らしたりせずしっかり食べよう。
……その代わり、運動をちゃんとするとも。
昼食代はやはり、龍志が払ってくれた。
そうしたいって言われたし、私と初めてのデートで張り切っているみたいなので、今日は奢られておく。
でも、あとでなにか、お礼したいな。
またぶらぶらとあちこち見て回る。
今のところ特に目的がある感じで歩いていないけれど、龍志の見たいものってなんだろう?
「ちょっと寄っていいか」
そのうち彼が立ち止まったのは、ちょっとお洒落なスーツ店だった。
「いいですけど」
一緒にお店の中に入る。
龍志はビジネスシャツを選んでいた。
「ちょっと私も見てきていいです?」
「ああ」
許可ももらえたので彼から離れ、レディースコーナーへと移動する。
そろそろ仕事用のスーツを新調したいけれど、今日じゃなくてもいいか。
私もシャツ、買おうかな。
シャツを二枚ほど選び、龍志の元へ戻ろうとしてネクタイコーナーが目に入った。
ネクタイなら何本あってもいいし、日頃から使ってもらえる。
それに形としても残る。
「……いい、かも」
どれが彼に似合うだろう?
いつも着ているスーツからあいそうなネクタイを考えた。
ネイビーのスーツが多いから、同色系のレジメンタルがオーソドックスなのはわかる。
でもそれっていつもと変わらないんだよねー。
いや、それが悪いとは言わないけれど。
「うーん」
ネイビーにあう色。
わざわざスーツコーナーに持っていってあわせるわけにもいかず、濃紺無地のネクタイをスーツに見立ててみる。
茶色、意外とワインレッドもいい。
「これ、かな」
並んでいるワインレッドのネクタイの中から、白の細かいドット柄のネクタイを選ぶ。
「なにがこれ、なんだ?」
「うわっ!」
そのタイミングでひょいっと肩越しに龍志の顔が出てきて、思わずネクタイを放り出しそうになったがかろうじて耐えた。
が、ちょうどいい。
「龍志はこういうネクタイ、嫌いですか」
選んだネクタイを彼に見せる。
「嫌いでは、ない。
が、あまり締めないな……」
返事を聞いてとりあえず好みからは大きく外れていなさそうで安心した。
「じゃあこれ、私が買ってあげますよ」
「え、マジで?」
少し驚いて私を見ている彼を促し、レジへと向かう。
先にレジカウンターに持っていたシャツを龍志が置いた。
「そっちも」
案の定、私の持っていたシャツも置けと彼が言ってくる。
「これは自分で買いますよ。
仕事用ですし」
「んーあー、……まっ、いいか」
少し悩んだあと、諦めたような顔をして彼は自分のシャツの会計をした。
続いて私も会計をする。
「あ、ネクタイ、プレゼント用に簡単でいいので包装お願いできますか」
「なあ。
わざわざ包装とかしてもらわなくていいぞ」
困惑気味に龍志が止めてくるが、ちょっとだけ特別感を出したいのだ。
「お箱ですと有料ですが、袋なら無料でできますが」
「じゃあ、袋で」
私としては箱入れしたいところだが、目の前にいる本人から有料となるとさらに止められそうだからやめておいた。
「ありがとうございましたー」
包んでもらったものを受け取り、店を出る。
「包装とかいらないのに」
「まあ、いいじゃないですか」
まだぶつぶつ言っている彼に苦笑いした。