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第53話

少し先でまた、龍志が足を止める。


「ここ、寄っていいか」


見上げたお店は宝飾店だった。

龍志は仕事中はもちろん、プライベートでもアクセサリーの類いはしない。

……たぶん。

今まで見たことがないし、今日もしていないし。

なのにここに寄りたいとは、私になにか買おうというのか?

しかしここ、プチプララインとはいえ、特別な日以外でプレゼントとしてもらうには気が引けるお値段で。

いや、今日は〝初めてのデート記念〟になるのか?

いやでも……。


「どうかしたのか?」


ぐるぐる悩んでいたら龍志に顔をのぞき込まれた。


「あっ、その。

一応、聞きますけど。

なにを見るんですか」


笑顔が引き攣らないように気を遣う。

せめてネクタイピンとかであってくれ!と願った。

……ここにそんなもの、売っているのか知らないけれど。


「あー、うん。

まあ、いいから入れ」


けれど彼は私に目的を答えず、強引に手を引っ張って店内に連れ込んだ。


「えっと……」


店内を見渡してから彼が私を連れていったのは、指環のコーナーだった。

……ペア、の。


「どれがいいかな……」


彼は真剣に悩んでいるが、ちょっと待って。

私に指環をプレゼントしたいというのならまだ理解する。

しかしペア、とは?


「そのー、龍志?」


困惑気味に声をかけられ、ようやく彼が私の顔を見た。


「ペアの指環が欲しいんですか?」


私だって欲しいか欲しくないかといえば、欲しい。

けれどいろいろ、すっ飛ばしている気がする。


「あー……」


長く発してどこか遠くを見たあと、照れているのか少し赤い顔でゆっくりと彼の視線が私へと戻ってきた。


「欲しい」


へらっと締まらない顔で笑われ、ずきゅん!と心臓が射貫かれた気がした。

いや、ずきゅんは古いか、昔の少女漫画じゃあるまいし。

しかし言葉にするならやはり、ずきゅんしかない。


「ほら、俺たちいろいろあってあれ、だろ?」


人前でディープな事情を話すのは憚られるので言葉を濁しながら、彼は再びショーケースの中へ視線を戻した。


「だから結婚指環の代わりになるものが早く欲しい、っていうか。

重いのはわかってるんだけどな」


ふふっと自嘲するように彼が笑い、ずくんと胸が鈍く痛んだ。

そうだ、私たちの未来に〝結婚〟は、ない。


「そう、ですね」


改めて彼の隣に立ち、一緒にショーケースをのぞく。


「私も欲しい……かも、です」


断言するのは気恥ずかしく、少しだけ濁して誤魔化した。

今できることは今やっておかなければきっと、そのときがきたときに後悔する。

だったら、ペアのリングは私だって、欲しい。


「よかった」


ほっとしたように彼が息をつく。

もしかしたら反対されるかもと不安だったのかもしれない。


指環を選ぶのに若干、揉めた。

だって龍志、やたらと高いものを選ぼうとするんだもの!


「なあ。

本当にこれでよかったのか?」


包んでもらった指環を手に店を出ながら、彼が心配そうに聞いてくる。


「いいんですよ、これで」


緩くウェーブしたリングにピンクゴールドのラインが入り、それにあわせて私のほうには数個のキュービックルジコニアが埋め込まれたそれは、シンプルながら可愛くて気に入った。


「ジルコニアじゃなくて、ダイヤのでもよかったんだぞ?」


「しつこいですね。

私がこれでいいって言ってるんだから、いいんですよ」


私の返事を聞き、彼がはぁっと諦めたようにため息をつく。


「遠慮すると思ってプチプラの店にしたのが失敗だったのか……?」


なにをそんなに悩んでいるのか知らないが、私としてはこれでよかったのだ。

彼の気持ちどおり、本気で結婚指環の代わりだとそれなりのものを買おうとしていたら拒否していただろう。

その気持ちは嬉しいし、そうやって彼と別れたあとも縛られ続けるのは本望だ。

でも、指環を見るたびにきっと、私はこんなものをもらっていながら彼とは結婚できなかったのだとつらくなるに違いない。

だったら、安手のもののほうがそのお値段分、気持ちも軽く済みそうな気がする。


「まあ、七星が納得してるんならいいか」


気を取り直したのか彼は私と手を繋いできた。


「あとはどうします?」


「んー、ちょうどいいか」


腕時計を見て龍志は時間を確認しているが、なにか予定でもあったんだろうか。


「ちょっとあと二軒ほど、行くところがあるんだ」


「はぁ……?」


釈然としないまま彼に連れられて歩く。

着いたのはスーツのレンタル店だった。


「予約している宇佐神です」


「お待ちしておりました」


こんなところになんの用事が……って、スーツを借りる以外の目的はない。

問題はなぜ、スーツを借りなければならないか、だ。


「ちょっと待っててくれ」


webサイトでも見てすでに選んであったのか、彼はスーツを手に更衣室へ入っていった。

仕方なく勧められた椅子に座り、出てくるのを待つ。


「どうだ?」


少しして彼が着替えて出てきた。


「別に悪くないと思いますが?」


「だよな」


鏡の前で何点か確認し、彼は満足げに頷いてそれを借りる手続きをした。

今まで着ていた服と靴は持ってきていたであろうエコバッグに入れられている。


「じゃあ、次行くぞ」


スーツのまま店を出た彼とさらに次とやらに向かう。

これから彼がスーツでなければいけない場所へ行くというのなら、白のシャツワンピに黒パンツ姿の私は当然、ドレスコードに引っかかるのだがいいのだろうか?

……という心配は到着したお店で解消された。

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