目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第54話

到着したのはどう見ても賃貸マンションだった。

迷うことなく彼は進んでいき、目的の部屋であろうインターフォンを押す。


「こんにちは。

予約している宇佐神です」


「はーい、お待ちしておりました」


すぐに中から返事があり、同じ年くらいの女性が出てきた。


「どーぞー」


招かれて入った部屋の中にはドレスが所狭しと並んでいる。

どうも私はスーツの彼と釣り合うためにレンタルドレスショップに連れてこられたようだ。


一通り値段と、空いているかの確認方法をスタッフの女性は教えてくれた。

今日、ここにあっても返却となる期間に予約が入っていれば借りられないらしい。

まあ、当然だ。


「どれがいいかな……」


真剣にドレスを選んでいる彼を引き攣った笑顔で見ていた。

スーツにドレスじゃなきゃいけない場所って、龍志はこれからいったい私をどこに連れていこうというのだ?

悪い予感がするのはなんでだろう。


「これかこれだな。

よし、着てみろ!」


渡された二着のドレスを微妙な気分で見つめる。


「……わかりましたよ」


半ば諦めの気持ちでそれらを受け取り、更衣室へ入った。


「どう、ですか……?」


なんとなく膝を擦りあわせながらカーテンを開ける。

一着目はくすみ水色のミモレ丈ワンピースだ。

上半身はレースで、胸もとから下がビスチェ風のワンピースになっている。

さらにウェストに太めのリボンベルトがついていた。

似合う似合わないでいうと、悔しいが似合っている。

自分でもこんな女性らしい服が似合うのかと驚きだ。


「いいな、これ。

が、もう一着も着てみろ」


前から後ろから姿を確認し、龍志は肩を押して更衣室の中に私を押し込んでカーテンを閉めた。


「はいはい」


ため息をつきつつもう一着に着替える。

今度はピンクベージュのキャミワンピの上にレースのワンピースがかかっている。

後ろでウェストをリボンで縛って搾るようになっていて、体型のメリハリもつく。


「どうです?」


「こっちもいいな」


カーテンを開けると先ほどと同じく、私の姿を彼は全方向からチェックした。


「さっきのもよかったが、こっちのほうが七星の顔を明るく見せていいな」


顔が明るいのかどうかはわからないが、いつもは着ない甘い色のワンピースを着た私は、どことなく上品な女性の雰囲気を漂わせている。

服装ひとつでこんなに雰囲気が変わるのかと驚いた。


「七星はどっちがいい?」


「えっと……」


聞かれて、困ってしまう。

どちらの私も見慣れていないせいで判断ができない。


「……龍志が決めてください」


結局、彼に判断をまかせた。


「そうだな。

俺は今着ているヤツのほうが好みだが、いいか?」


「はい、じゃあこれで」


私としてはどちらでもいいので、頷いた。


またしても手続きをしてそのまま着て出る。

靴やバッグ、アクセサリーもその場でレンタルした。

着ていた服や靴は龍志が持つエコバッグに入れられた。

さらに準備していたのか、今日買ったものは私のものも含めて巨大なエコバッグに収納されている。


「ええっと、龍志?

これはどういうことか説明してもらえると」


お店を出たところで今度はタクシーに乗せられた。

尋ねながら笑顔が引き攣る。


「んー?

着いてからのお楽しみだな」


右の口端を持ち上げ、彼がにやりと笑う。

タクシーは事前に予約していたようで、目的地は予約どおりでいいか聞かれただけでどこだかわからない。

どっちのレンタルショップも予約していたと言っていたし、前もって計画していたことになる。

昨日は一日、龍志の部屋で過ごしたし、たぶん私が寝落ちてからいろいろ手配をしたのだろう。

まさか、かなり前からとかはないと思いたい。

そもそも私が気持ちを伝えて両想いになったのは昨日の話だし、今日、出かけようと決めたのも昨日だ。


「ここ……」


タクシーが着いたのは一流ホテルだった。


「ほら、行くぞ」


ぽけっと見上げていた私を促し、彼はホテルに入っていく。

クロークで荷物を預け、彼が向かったのはフレンチのお店だった。


「予約をしている宇佐神です」


「お待ちしておりました」


やはり予約してあったようで、すんなりと席に案内される。


「急だったんで個室は押さえられなかった。

わるい」


「えっ、あっ、ぜんぜん!」


すまなさそうに詫びられ、慌ててしまう。

映画デートから気づいたら高級フレンチでディナーなんて流れになっていて、いまだに私の理解が追いつかない。


「コースで頼んであるが、いいか」


「あっ、はい!」


メニューを開きながら尋ねられ、曖昧な笑顔で答えた。

ざっと目を通したが、混乱しすぎているせいかなにを書いてあるかイマイチわからない。

でも龍志は私の苦手な食べ物とか熟知しているので、問題はないだろう。


すぐにコースに入っている、食前酒のシャンパンが出てきた。

もしかして今日はこの予定だったから、車は駐車場に預けるのが面倒臭いとか理由をつけて避けたのか?


「俺たちの初デートに」


「……に」


グラスを少し持ち上げる彼にあわせて私も上げた。

こんなところでチン!とグラスをあわせるのはお行儀悪いのくらいわかっている。


「てか、いつ、こんな手配したんですか?」


「昨日、七星が寝落ちてから。

驚いたか?」


くるりと軽くグラスを回し、くいっと彼はシャンパンを飲んだ。

それが妙に絵になる。

その辺の普通の会社員というよりも、上流の上等な男の雰囲気を醸し出していた。

着ているスーツがいつもと同じネイビーでベスト付きとはいえ、今日のは光沢が強めで身体にフィットするタイプでシャツも黒だからかもしれない。

いや、きっとそうに決まっている。


「そりゃ、驚きましたけど」


私が眠ってからの時間で、ドレスの手配からレストランの予約までしているなんて思わない。

しかも一切秘密で、レンタルスーツ店に行くまでそんな気配はなかった。


「じゃ、成功だな」


にやりと彼が頬を歪めて意地悪く笑う。

おかげでまだシャンパンをひとくちしか飲んでいないのに、もう酔ったかのように頬が熱くなった。


「でも、初デートだからってこんなに張り切らなくていいんですよ」


初めてできた彼女との初デートでも、ここまでドレスアップして高級ホテルでフレンチなんてないだろう。

誕生日などの特別な日か、プロポーズならありえるが。


「だから言っただろ?

年甲斐もなくはしゃいでるって」


照れくさそうに私から視線を外し、シャンパンを飲む彼の耳が赤い。

私のなにがそこまでいいのかわからないが、龍志のテンションがこれ以上ないほど上がっているのだけはわかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?