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第61話

仕事は残業なく終わり、由姫ちゃんとふたりで食事――のはずだった。


「七星お姉さま、なに飲みます?」


どうして今、目の前に由姫ちゃんと並んでCOCOKAさんが座っているのだろう?

そしてそれにどことなく既視感があるのは、龍志との喧嘩のきっかけになったあの食事会がよみがえるからか。


「お姉さま?

どうかしたんですか?」


「あ、なんでもないです」


なんだか遠い目になっていたが、心配そうにCOCOKAさんから声をかけられて慌てて笑って誤魔化す。


「もう!

お仕事の話じゃないんだから、敬語はなしですよ、七星お姉さま」


「えっ、あっ、ははははー」


とりあえず笑って彼女の隣に座る由姫ちゃんに助けてくれと視線を送るが、彼女はおかしそうにくすくすと笑っているだけだった。

だいたい、COCOKAさんと由姫ちゃん、どこに接点があるのだろう?

確かに仕事の依頼主と発注先という関係ではあるが、COCOKAさんの担当は私で由姫ちゃんとは直接の関係がない。

しかも〝七星お姉さま〟なんて私が呼ばれているのに、なにもツッコんでこないのから謎だ。


だいたいの注文が終わり、なぜか改まってCOCOKAさんと由姫ちゃんが自己紹介をしてくれた。


「七星お姉さまと宇佐神課長の幸せを見守る会、会長のCOCOKAです」


「副会長の坂下由姫です」


「……ハイ?」


真剣な顔でふたりがなにを言っているのかわからなくて、目が点になる。


「えっと……。

私と宇佐神課長の幸せを見守る会、って?」


そこからすでに理解不能で、痛むこめかみをつい指先で押さえていた。


「宇佐神課長には公認いただいたんですが七星お姉さまの承諾は得ず、このような会を発足してしまい、大変申し訳ありません」


COCOKAさんと由姫ちゃんがふたりそろって頭を下げる。


「あー、いや、別にいいけどね……」


てか、龍志、この会の存在を知っていたんだ?

なんだか面白がっていそうな気がする。

まあ、どうせ会員なんてこのふたりだけだろうと高を括った私は次の瞬間、衝撃の事実を知る。


「許可していただけるんですか!

それを聞いて安心しました。

他の会員たちも喜びます」


「他の会員……?」


またしても謎の事態に頭痛が酷くなったように思えるが……気のせい、だよね?


「はい。

広告宣伝部の約半数は会員です。

あと、他の部署にもそれなりの人数がいます」


由姫ちゃんが説明してくれるのはいいが、部署の半数がこの謎の会の会員で、他の部署にもいるとはもう完全に、私の理解を超えている。


「少し前から井ノ上先輩と宇佐神課長の今後を温かく見守っていこうと幾人かで誓い合っていたんですが、イベントでのあの出来事でおふたりの関係の危機を感じまして。

それであのとき、井ノ上先輩は宇佐神課長と結婚するのだと主張していたCOCOKAさんと密かに接触を図りました」


由姫ちゃんの説明はツッコミどころが満載だが、とりあえず黙って聞いておこう。


「それでCOCOKAさんは宇佐神課長公認の井ノ上先輩ファンクラブの副会長だと知り、さらに井ノ上先輩は宇佐神課長と結婚するのが一番、幸せだと思っているとまで言ってくださり、これは会長になっていただくしかないな、と」


「へ、へー」


そもそも〝宇佐神課長公認の井ノ上先輩ファンクラブ〟ってなんだ?

そんなものが私の知らないところで存在するのか?

それにCOCOKAさんがその会の副会長ならば、会長は龍志な気がしてならない。


「お話をいただいたときは私ごときがと思いましたが、坂下さんの絶対に七星お姉さまと宇佐神課長には幸せになってもらいたいとの熱い思いに共感し、お引き受けしたんです」


いやいや、なんかいい話っぽくなっているけれど、私たちの幸せを見守る会とかどう考えてもおかしいから。


「これからも全力で、お姉さまと宇佐神課長の幸せを応援させていただきます!」


「あー、うん。

ありが、とう……」


キラキラした目で私を見つめてくるふたりの圧が凄い。

それでつい、お礼を言っていた。


届いた飲み物でとりあえず乾杯し、頼んだ食べ物をちまちまと摘まむ。


「そうだ!

七星お姉さま、指環、指環を見せてください!」


興奮気味にCOCOKAさんに頼まれ、何事かと思った。

少し考えてあれだと気づき、左手薬指から指環を外そうとしたものの。


「そこに嵌まっているのが尊いのでそのままで!」


「はぁ……」


鼻息荒く頼まれ、気圧され気味に左手を彼女の前に出した。


「おおーっ!

これが宇佐神課長との結婚指環……!」


今にも彼女は拝み出しそうだが、……そこまで?


「でも、結婚はしてないって言うんですよ」


「まー、ペアリングでここに着ける人もいますからね」


話しながらCOCOKAさんは私の左手を取り、手のひら側から甲側からと指環をじっくり観察している。

というか、そんなに観察したいのならやはり、外したほうがいいのでは?


「でも、あの宇佐神課長なら井ノ上先輩の気持ちの確認ができたら即、入籍しそうじゃないですか」


「確かにそれはそうなんですが。

……七星お姉さま、ありがとうございました」


「あ、いえ……」


ようやく気が済んだのか、にっこりと笑ってCOCOKAさんが私の手を離す。

それに曖昧な笑顔で返し、自分の手を引き戻した。


「それにこの指環、プチプラのペアリングですよ。

それこそ宇佐神課長なら、拘った結婚指環にするに決まってます。

とりあえずペアリングで周囲を牽制、ってところじゃないですか」


「そうですね!

それなら納得です!」


ぱっと由姫ちゃんが明るい表情になる。

納得してくれたのは嬉しいが、さっきから私にはなにが起こっているのかまったく理解ができない。

いや、説明してくれたのだがそれでもやっぱり、私の理解を超えていて意味不明だった。


「とうとう、ペアリングですか……」


うっとりと由姫ちゃんが私の左手薬指を見る。


「井ノ上先輩が宇佐神課長みたいなしっかりした人にもらわれて、本当によかったです」


うんうんと頷くCOCOKAさんの目にも由姫ちゃんの目にもうっすらと涙が浮かんでいる。


「えっ、と……」


それを完全に困惑してみていた。

それに〝もらわれた〟って、結婚したわけではない。


「井ノ上先輩は格好よくて頼りがいがあって、みんなの憧れなんです」


同意だとCOCOKAさんが由姫ちゃんの言葉に頷く。


「でも、なにか悩んでるのに全然相談してくれないのが、淋しくて」


ちょっと困ったように由姫ちゃんは笑った。


「ほら、宇佐神課長が顔に傷を作って、そのあとふたり一緒に早退したりとかしてたじゃないですか。

聞いてもなんでもないって教えてくれないし。

まあ、宇佐神課長は井ノ上先輩を庇って話せないんだろうな、っていうのはわかったんですけど」


淋しそうに由姫ちゃんが目を伏せ、胸がつきんと痛んだ。

そうか、みんなあのとき、心配してくれていたんだ。

姐御なんて呼ばれている私がストーカーに遭っていたなんて言いづらくて、あのときは適当に誤魔化してしまった。

龍志も私の名誉に関わるから、あの怪我はよく見ないで歩いて木の枝に引っかけたという理由にしていた。

それで納得してくれたと思っていたが本当は、由姫ちゃんもきっと他の人たちも心配してくれていたんだ。

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