第十二・五章デキる部下はみんなの憧れでした~宇佐神Side~
七星と俺の幸せを見守る会とやらの存在を知ったのは、イベントが終わった直後だった。
【今日はお騒がせして申し訳ありませんでした】
二日ぶりに家に帰り、ようやく落ち着いて携帯を確認するとCOCOKAさんからメッセージが入っていた。
【仕事で宇佐神課長にも井ノ上さんにもご迷惑をおかけするなんて、情けないです。
いくらルナさんが最低なことを言っても、こちらが大人になって対応するべきでした。
本当に申し訳ありません】
俺から怒られようとずっとふて腐れていたルナとは違う。
あのわがまま放題からは考えられないほどの変わり様だが、今まで周囲からは呆れられて見捨てられていたのを七星が真剣に怒ってくれて目が覚めたと、COCOKAさんは言っていた。
よほどの衝撃だったらしい。
【でも!
宇佐神課長と結婚するのはルナじゃなくて井ノ上さんです!
そこだけは絶対に、絶対に、譲れません!】
力強いメッセージについ、苦笑いが漏れる。
これだけ応援してくれるのは正直、嬉しくはある。
【そんなわけで井ノ上さんと宇佐神課長の幸せを見守る会を発足しました。
会長は私、副会長は宇佐神課長の会社の坂下さんです】
「……は?」
それにはさすがに、変な声が出た。
俺と七星の幸せを見守る会?
そんなものを作ってどうする気だ?
しかもCOCOKAさんだけならまだわかるが、坂下まで噛んでいるのがわけがわからない。
【公認してくださると嬉しいです!】
いやいやいや。
なんとなくこめかみを指先で押さえ、考え込んでいた。
そもそもこの会はいったい、なにをするのだ?
なにをって、見守るっていうのだから俺と七星の幸せを見守るのだろう。
それでなにか、楽しいのか?
楽しいのかって、……そりゃ、楽しいよな。
俺だって七星の幸せを見守るのは楽しいし、幸せだ。
いや、俺は七星を愛しているから幸せなわけであって、COCOKAさんはそうじゃない。
あ、いや、COCOKAさんにとって七星は変わるきっかけを作ってくれた恩人なわけだし、七星ファンクラブの副会長だから楽しいに決まっている。
ちなみに会長は俺だが、会員はこのふたりしかいない。
当たり前だが。
しかし、坂下はいったい、なんなんだ?
……いや。
そういえば七星が熱を出して倒れたあのとき、付き合っていると公言してから周囲に緩く見守られている気はする。
特に気にはしていなかったが、あれから少しして、社内で変に絡んでくる女が減った。
あれは全部、そういうことなのか?
しかし、俺に寄ってくる女を牽制なんて……ああ、そうか。
俺のためじゃない、七星のためだ。
七星自身は気づいていないようだが、アイツは女子からけっこう慕われている。
いまだに相手が女性だからと舐めてかかる男性社員は少なからずいるものだ。
けれど七星はそうやって女性たちを困らせる社員にピシャッと抗議し、黙らせてきた。
それで七星は憧れの先輩なのだと以前、坂下と一緒に外回りに出たときに聞いたことがある。
きっと、他の人間も似たり寄ったりなのだろう。
その七星を俺に取られて普通は悔しがりそうなものだが、推しの幸せを壁になって見守りたい、とかいうあの心理なのだ、きっと。
「あー、うん。
そっかー」
こんなにいろいろな人に慕ってもらっている七星が少し、うらやましくなった。
俺も部下には慕われているが、それはこの面倒見のいい上司という作っている外面のせいだ。
これをやめたらきっと、誰もが俺になんか見向きもしなくなるだろう。
でも、そろそろ本来の自分でいていい気がしている。
実際の俺を見ても七星は態度を変えなかった。
それどころか俺を好きになってくれた。
もう、昔のコンプレックスなんて捨ててしまってもいいんだろうか。
「まあ、うん」
COCOKAさんとのトークルームに【公認する。これからよろしく】と打ち込んで送る。
すぐに既読がついた。
【公認ありがとうございます!
こちらこそ、これからよろしくお願いします!】
ハイテンションな返信に苦笑いしながらも、すぐに真顔になった。
俺が七星と別れたあと、彼女たちはきっと落胆し、俺を責めるだろう。
でも、それでいい。
それでいいからそのときは、七星を頼む。
そのための、公認だ。
俺たちの幸せを見守りたい彼女たちの気持ちを踏みにじるのは申し訳ないし、許してくれとはいわない。
ただ、そのときは俺の代わりに七星の悲しみを少しでも和らげてやってくれ――。