目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第63話

根掘り葉掘りしてくるふたりの質問に、苦笑いで答える。


「あー、早くふたりの子供が見たいですー」


「あ、わかる。

絶対、可愛いに決まってるもん」


うっとりと私たちの子供を想像しているふたりに複雑な気持ちになった。


「……すみません。

こういうのはやっぱり、ハラスメントですよね」


そんな私に気づいたのか、由姫ちゃんが申し訳なさそうに詫びてくる。


「あ、そうか!

ごめんなさい、七星お姉さま!」


さらにCOCOKAさんにまで詫びられ、私のほうが申し訳ない気持ちになった。


「ううん、いいよ。

気にしてないし」


しゅんとふたりが項垂れてしまい、慌てて笑って取り繕う。

子供は絶対に作らないのだと龍志は言っていた。

どうしてできた子供が争いの火種になるのかわからないが、それでも私に迷惑をかけたくないといわれれば呑むしかない。

しかし、そういう行為ができないのは少し、私の中でモヤっていた。

あまり言うのはそういう気持ちになれない人へのそれこそハラスメントになるので黙っているが、それでも軽く不満だった。


「あの、さ」


切り出したもののこんな話をするのはやはり言いづらく、もじもじとグラスを掴んだまま指を動かす。

男性経験のない私にはわからないが、少なくとも人並みには経験を積んでいそうなふたりならわかりそうだけれど、どうなんだろう?


「……女の人の身体を見ても興奮しないって、本当だと思う?」


「……は?」


仲良く同じ一音を発し、由姫ちゃんとCOCOKAさんが顔を見あわせる。


「それって、宇佐神課長のことですか?」


COCOKAさんの問いにぶんぶんと首がもげるほど勢いよく頷いた。


「えっ、宇佐神課長ってまさかの不能?」


「待て。

待て待て。

宇佐神課長より入社歴の長い女性社員が、あんなに遊んでいた宇佐神くんがすっかり落ち着いて、とか話していたのを聞いた気がする」


「でも、昔は元気だったけど最近は不能だから落ち着いた、とも考えられない?」


再びCOCOKAさんにうんうんと頷いていた。


「いろいろあって面倒になった、って言ってた」


「あー……」


なぜかふたりが同時に天を仰ぐ。

これはやっぱり、無理ってこと?


「でも、七星お姉さまにならその気になるって可能性はない?」


「ある。

絶対に、ある」


「七星お姉さま」


「井ノ上先輩」


いきなりふたりから、がしっと肩を掴まれた。


「宇佐神課長に迫って、押し倒しましょう」


「それでもダメなら、申し訳ないですが諦めるってことで」


「……ハイ?」


なんだかふたりは鬼気迫る様子で、私の目にはうっすらと涙が浮いていた。


支払いで若干、揉めた。


「龍志から楽しんでこいってお金、預かってるので」


ふたりの想定で一万円だったんだろうから足りないが、その分は私が出せばいい。

そう思ったものの。


「えっ、奢ってもらうとか畏れ多い」


「今日はだいたい、私たちが出すつもりだったので!」


思いっきりふたりから、お金を突き返された。


「いや、でも」


「そのお金は井ノ上先輩と宇佐神課長のふたりのために使ってください」


「そうそう。

そのほうが奢ってもらうより、私たちには幸せです」


困惑する私にさらにふたりが押し切ってくる。


「じゃ、じゃあ……」


なんだかよくわからないが、仕方ないのでお金は引っ込めた。

というか、私たちふたりの幸せを見守って、彼女たちはなにが楽しいのかいまだにさっぱり理解できずにいた。


そろそろ帰ると龍志に連絡すると、近くまで来ているので迎えに行くと連絡があった。


「えっ、迎えに来てるんですか?

さっすが、宇佐神課長!」


「愛されてますね、井ノ上先輩」


ふたりに揶揄われて恥ずかしいけれど、嫌ではない。

少し待っているとすぐに龍志が姿を現した。


「今日は七星が世話になったな」


さりげなく私を引き寄せ、彼が腰を抱く。


「いえ!

こちらこそ七星さんを貸していただき、ありがとうございます!」


礼儀正しく龍志に向かって頭を下げるふたりを、なにをしているのかわからずにぽかんと見ていた。


「これ。

ふたりとも、タクシーで帰れ」


財布から引き抜いたお札を龍志が彼女たちに渡す。


「そんな!

大丈夫ですので!」


「もうけっこう遅いからな。

女性の夜道の一人歩きは不安だし」


「私たちまで気遣っていただき、ありがとうございます。

では、ありがたく」


「じゃ、気をつけて帰れよ」


「宇佐神課長と七星さんもお気をつけて」


龍志に促されて歩き出す。

しかし私はいまだに、状況把握ができていなかった。


車を預けている駐車場へ来て、助手席のシートに座ってようやくひと息ついた。


……あの、体育会系のノリはなんだったんだろう?

由姫ちゃんもCOCOKAさんもらしくなかった、というか。


私がシートベルトをしているのを確認し、龍志が車を出す。


「わざわざ迎えに来てくださって、ありがとうございます」


「別に?

仕事が思ったより早く終わって、暇だったしな」


さらっとそんなふうに言える龍志は格好よくて、惚れ直しそうだ。


「COCOKAさんと由姫ちゃん、私と龍志の幸せを見守る会の会長と副会長とかいうんですよ。

おかしいですよね」


きっとあれは冗談だったのだろう。

そうに決まっている。


「まいるよなー。

結婚式はぜひ、取り仕切らせてくれとか言われたし」


「……ハイ?」


なぜか龍志は嬉しそうに照れていて、私の首が斜めになった。


「え、え、冗談じゃなくてまさか本当にそんな会が存在するんですか?」


「らしいぞ。

おかげで最近、変な女が寄ってこなくて助かってる」


……そういえば。

熱を出して倒れたときに龍志が付き合っているなんて公言するもんだからなにかと牽制なんか受けていたが、このところはそれがほとんどない。

それはこういうわけだったのか。


……平和だな、うちの会社。


しかし気づいたところで、私の感想はこれだった。

ほんと、私と龍志の幸せを見守ってなにが楽しいのだろう?

アイドルならまだわかるが、私も彼もただの一般人なのだ。


「私たちを見守って、なにがいったい楽しいんでしょうね……?」


「私たちというか、七星の幸せだろ?」


「ハイ……?」


顔もよくて人当たりもいい、それこそ憧れの上司である龍志なら理解はするが、私なぞの幸せを見守ってほんと、なにが楽しいのかさっぱり理解ができない。


「お前、さっぱりしてて頼りがいがあって格好いいって、一部女子のあいだでは人気だぞ?

なんだ、知らなかったのか?」


知らなかったのかって、まったく知りませんが?

そんな気配すらなかったし。


「えっと……。

男を手玉に取っていそうって話は、どこに行ったんですかね?」


「そこがいいんだろ。

自分たちをなにかと嫌な目に遭わせてくる男どもを、いいように手のひらで転がすなんて格好いいー、……だ、そうだ」


誰からか聞いたのか、少々真似するようにいって龍志はおかしそうに笑っている。


「はぁ……?

でも、実際の私は龍志も知ってるとおり、初恋もまだなド処女の乙女だったんですよ?」


周りの勝手なイメージとは恐ろしい。

現実の私とはかけ離れた、まったく違うふうに思われていたなんて知らなかった。


「でも実際、相手が女性だからって舐めた態度だったり馬鹿にしてきたりした男性社員に、たとえ上役だろうと七星は毅然として抗議してきただろ?」


さっきまでとは空気が変わり、急に龍志が真面目な顔をする。


「あ……」


それは確かに、龍志の言うとおりだった。

女性だからって下に見て、対等に扱わない男性が嫌で、よく抗議していた。


「それで救われた子も多いってことだ」


あれは余計なお世話だったのではとあとになって後悔することも多い。

けれどそう言ってもらえて、救われた気がした。


「ありがとうございます、龍志」


「俺は礼を言われるようなことはなにも言ってない。

ただ、真実を言っただけだ」


「それでも。

ありがとうございます」


龍志は本当に、素敵な人だ。

こんな人に愛してもらえただけで、私は十分、幸せだ。


マンションに帰り、お風呂に入ったあとはやっぱり、龍志の部屋に行く。


「その。

今度一緒に、旅行に行きませんか」


携帯に候補の宿を表示させて彼に見せる。

COCOKAさんと由姫ちゃんに龍志に迫って押し倒せ、でも雰囲気も大事と、その場で旅館の予約をさせられそうになったが、さすがにそれは拒否した。

渋々ながら候補を決めるまででとどまれて本当によかったよ。


「ふーん」


私から携帯を受け取り、彼はスクロールして宿の様子を確認している。

隠れ家的お宿で全室離れの露天付き。

これ以上のところはないと彼女たちは太鼓判を押していたが、大丈夫だろうか。


「いいけど。

でも、なんでここ?」


あまり興味がない感じで言い、龍志が携帯を返してくれる。


「あっ、えっと。

COCOKAさんが前に泊まって、凄くよかったってオススメしてくれて」


嘘をついているので目が泳いだ。

本当はしっぽり過ごすのにとても感じがいい宿だからという理由だ。


「ふーん。

まあ、俺も七星と旅行に行きたいからいいけどな」


にやりと僅かに、龍志の右の口端が持ち上がる。

私の、というか私たちの思惑は彼にはお見通しな気がして、不安になってきた……。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?