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第66話

プレゼントだと買ってくれた下着を受け取り、店を出る。

これで買い物は終わりかと思ったら、またしても怪しげなお店に連れてこられた。

今度はふたりはさほど悩まずに、栄養ドリンクのようなものを買っている。


「夜はこれを宇佐神課長に飲ませてください」


「これで完璧です」


彼女たちからはやりきった感が出ているが、ほんとにこれで大丈夫なんだろうか。

下着の入った紙袋に追加されたそれを、ちらりと見る。

そこには【絶倫マムシドリンク】とでかでかと書いてあった。

いや、飲ませろといわれてもこんなものを飲んでくれと頼むところからしてハードルが高いんですが?


一応の買い物が済み、コーヒーショップで休憩する。

私はカフェラテ、ふたりは期間限定のフラッペだ。


「とてもいい買い物ができました」


「これで迫ればきっと大丈夫ですから、安心してください」


「あ、ありがとう……」


満足げなふたりに引き攣った笑顔を向ける。

私のためにいろいろしてくれたのは理解するが、これを実行する私に問題があるのは彼女たちの計算に入っているんだろうか。

きっと入っていないに違いない。


……でも、まあ。


旅行の日は絶対にいい天気になるようにてるてる坊主でも作ろうかとか相談しているふたりを、微笑ましく見る。

私たちのためにっていろいろ考えてくれたのは嬉しかった。

だから、ケチはつけずにおこう。


休憩のあとは私の要望で、パジャマと部屋着を買いに行く。


「これとかどうです?」


「あのねー」


COCOKAさんが選んだパジャマはやはり過激路線で、さすがに呆れた声が出た。


「おうちでまったりするのに着るんだから、フツーのでいいの、フツーので」


「そうですよ。

こんなのはどうです?」


「うっ」


由姫ちゃんが選んでくれたのは確かに普通ではあったが、ピンクのもこもこウェアだった。

こんなに可愛いものが私に似合うと思っているのか?


「いや、それもだいぶ、無理がない?」


「えー、家着なんだから、これくらい可愛く攻めてもいいと思いますけど?」


あきらかに渋々な感じで彼女がラックにウェアを戻す。

もしかして彼女たちに選んでくれと頼むなんて、人選間違えた?


それでもおとなしめで可愛いパジャマと部屋着を何枚か選んでもらい、購入した。

これで首もとだるだるなTシャツ姿など、龍志にさらさなくていい。

……もういまさらな気もしないでもないが。


お店を出たあとはふたりが寄りたいところがあるというので行くと、龍志が待っていた。


「いい買い物はできたか」


さりげなく私たちが持つ荷物を彼が受け取る。


「バッチリです!」


COCOKAさんは得意げで、龍志は苦笑いしていた。


「そうか、よかったな。

俺は一旦、荷物を車に置いてくるから、ちょっと待っててくれ」


「了解です!」


おどけてCOCOKAさんが敬礼し、龍志は荷物を持って去っていった。


「えっ、なんで龍志が?」


迎えに来るなんて聞いていない。


「夕食、一緒に食べませんかとお誘いしました!」


COCOKAさんは褒めて、褒めてって感じだが、そうか、誘ったのか。


「そうなんだ」


「はい!」


COCOKAさんも由姫ちゃんも嬉しそうだし、まあいいか。

それに別に、なにか問題があるわけでもないし。


戻ってきた龍志と一緒に、カジュアルイタリアンのお店に入る。


「なに飲みます?」


席に案内され、すぐにCOCOKAさんが飲み物のメニューを開いてくれた。


「俺はスパークリングウォーターで」


それを聞いてCOCOKAさんと由姫ちゃんが申し訳なさそうな顔をする。

龍志は車だから、飲めないもんね。


「……すみません」


「いや、気にするな。

七星だけならタクシーでもいいが、お前ら送っていくのも考えたら車のほうがいいって決めたのは俺だからな」


龍志は笑っているが、ふたりはますます申し訳なさそうになった。


「私たちのためにほんと、すみません……」


「だからいいって。

それよか送って帰らなくてなんかあったときのほうが嫌だからな」


「そうだよ。

私も龍志が来るって知ってたら、車で来て由姫ちゃんたちも送ってって頼んでたと思うし」


「ううっ、おふたりの優しさが身に染みます……」


そこまで?

というかほんと、ふたりにとって私たちはいったい、どういう立ち位置なんだろう?

いまだに理解ができない。


「今日は七星の買い物に付き合ってくれてありがとう」


各々頼んだ飲み物が来て、軽く乾杯。


「えっ、付き合うなんてそんな!

私たちのほうが楽しませていただきました!」


龍志の言葉にふたりが慌てて反論する。

うん。

私はもう、ほぼそこにいてふたりの指示に従ってるだけだったもんね。


「私も楽しかったし、おかげでいい買い物ができたよ。

ほんとにありがとう」


「いや、そんな……」


私が頭を下げるとなぜがCOCOKAさんと由姫ちゃんは赤くなってもじもじとしだしたが、なんで?


そのうち料理が出てきて、わいわい食べる。


「おふたりはいつ、結婚するんですか?」


「うぐっ」


COCOKAさんにずばっと痛いところを突かれ、食べていたサラダのレタスが変なところに入った。


「ごほっ、ごほっごほっ」


「大丈夫ですか!?」


おかげで私が盛大に咽せ、みんな慌て出す。


「だ、大丈夫……」


由姫ちゃんがお冷やをもらってくれ、それを飲んで幾分、落ち着いた。


「もー、気をつけてくださいね」


「うん。

ごめん、ありがとう」


呼吸を整えてひと息つく。

結婚は一番、尋ねられたくない話題だ。


「それで。

宇佐神課長と七星お姉さまはいつ、結婚するんですか?」


しかしふたりにとって一番聞きたいところはそこみたいで、COCOKAさんは再び聞いてきた。


「えっと。

あのね……」


「そーだな。

そのうち、かな?」


どうにか誤魔化そうとする私を龍志が遮る。

その笑顔にはこれ以上この件は聞くなと圧があった。


「そのうち、ですか?」


「そう、そのうち」


にこにこ龍志は笑っているが、それ以上の質問を一切許さない雰囲気を醸し出している。


「そのうち、ですね」


そのせいでふたりもそれ以上は聞くのを諦めたようだ。


「結婚が決まったら教えてください。

井ノ上先輩のブライダルエステプランとか考えないといけないので」


「そうそう!

私も知り合いに格安で写真撮影とかイラストとか、動画製作とかしてもらえるように頼みます!」


「ありがとう。

そのときはお願いするよ」


にっこりと龍志が笑い、私の胸がずきんと痛んだ。

それが顔に出ないようにグラスに残っていたお酒を一気に飲み干す。

そっと隣りあう手を龍志が握ってくれて、その温かさでようやく笑えた。

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