目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第14話 呪いはどこから

「……祐仁お前、気づいてないのか?」


 ミズキに怪訝な顔で見つめられ、何がだ? と首を傾げた。


「何を?」

「あの男にとがめられた時、お前、殴りかかろうとしてただろう?」

「――え?」


 するわけがないと反論しかけ、ミズキに「手、見てみろ」と遮られた。


「手?」


 論より証拠だと促され、車を路肩に停めた。ミズキに両手を取られ、てのひらを開かされた。


「……これ、」


 右の掌に、四つの真っ赤な爪痕が残っていた。二か所は皮膚が破れ、血が染み出している。


「思い切り拳を握りしめていたんだろう。腕に血管が浮いてたぞ」

「……」


 ……思い出せない。相手を殴り倒して突破しようとしていたのか。

 元来、自分はそんなに怒りっぽい性格ではない。見た目のいかつさのせいで怖そうに見られがちだが、誰かと殴り合いの喧嘩をしたこともないし、故意に怪我をさせたこともない。


 初対面の人間を殴ろうとするなんて……。

 それほどあの男に怒りを覚えたのか……?

 怒りを覚えたことすら、記憶にない。


 自分自身には何も変化がないと思っていた。が、外部に影響を及ぼすどころか、橘自身が盃にひどくむしばまれているようだった。


「早く片をつけよう。お前がおかしくなる前に」


 ふう、と一息吐き、ミズキがシートを倒した。今度こそ眠る体勢に入るようだ。


「……もしかして、俺のことが怖くて寝なかったのか?」

「違うよ」


 ミズキが可笑しそうに笑った。


「お前が俺に攻撃してこないのはわかっている。けど、その状態で運転したら事故じこりそうだったから」


 ここまで自分がどんな運転をしてきたのか、よく憶えていない。


「俺、危険運転してたか?」

「別に。きた時よりちょっとスピード出てるなとは思ったけど」


 自覚がない。深夜で交通量が少ないのが幸いした。


「……悪かった。気を付けるよ」

「たしかに、危険運転をされて車もろともぺしゃんこになったら嫌だからな。その呪物さかずきの結末が知りたい。気になって死んでも死にきれないよ」


 ミズキが屈託なく笑う。


「死んだらだめだろ」

「いいんだよ、お前と一緒なら」


 この前から、ミズキが死をいとわない理由がわかった。

 一人でなければ。誰かが一緒ならば、死んでもいい――。そう考えているようだ。


「一緒がいいって言うんなら、安全運転するように見張っていてくれ。俺はまだ死にたくない」


 ミズキはここちら側に顔を向けると、ガラス玉のような瞳で見つめてきた。


「了解」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?