「……祐仁お前、気づいてないのか?」
ミズキに怪訝な顔で見つめられ、何がだ? と首を傾げた。
「何を?」
「あの男に
「――え?」
するわけがないと反論しかけ、ミズキに「手、見てみろ」と遮られた。
「手?」
論より証拠だと促され、車を路肩に停めた。ミズキに両手を取られ、
「……これ、」
右の掌に、四つの真っ赤な爪痕が残っていた。二か所は皮膚が破れ、血が染み出している。
「思い切り拳を握りしめていたんだろう。腕に血管が浮いてたぞ」
「……」
……思い出せない。相手を殴り倒して突破しようとしていたのか。
元来、自分はそんなに怒りっぽい性格ではない。見た目の
初対面の人間を殴ろうとするなんて……。
それほどあの男に怒りを覚えたのか……?
怒りを覚えたことすら、記憶にない。
自分自身には何も変化がないと思っていた。が、外部に影響を及ぼすどころか、橘自身が盃にひどく
「早く片をつけよう。お前がおかしくなる前に」
ふう、と一息吐き、ミズキがシートを倒した。今度こそ眠る体勢に入るようだ。
「……もしかして、俺のことが怖くて寝なかったのか?」
「違うよ」
ミズキが可笑しそうに笑った。
「お前が俺に攻撃してこないのはわかっている。けど、その状態で運転したら
ここまで自分がどんな運転をしてきたのか、よく憶えていない。
「俺、危険運転してたか?」
「別に。きた時よりちょっとスピード出てるなとは思ったけど」
自覚がない。深夜で交通量が少ないのが幸いした。
「……悪かった。気を付けるよ」
「たしかに、危険運転をされて車もろともぺしゃんこになったら嫌だからな。その
ミズキが屈託なく笑う。
「死んだらだめだろ」
「いいんだよ、お前と一緒なら」
この前から、ミズキが死を
一人でなければ。誰かが一緒ならば、死んでもいい――。そう考えているようだ。
「一緒がいいって言うんなら、安全運転するように見張っていてくれ。俺はまだ死にたくない」
ミズキはここちら側に顔を向けると、ガラス玉のような瞳で見つめてきた。
「了解」