扉を開けた先は石造りの螺旋階段になっていて、所々に火のついた蠟燭が浮かんでいる。階段は壁に沿うようについているが、真ん中は何もない空間になっている。誤って落ちないように気をつけながら降りていった。降りた先にもまた扉があり、ロクドトが開けるとこちらも石で囲まれた廊下が伸びていた。階段と同様に蝋燭が浮かんでいるが、何だか陰気臭い感じがする。確かにこんな所にある部屋に女性を入れるのは、幽閉と言っても過言ではない。そう長くはない廊下の一番奥に、鎧を着た騎士が二人いるのが見える。きっとそこにスティルがいるのだろう。
廊下を歩き、いくつかの扉の前を通り過ぎると、すぐに二人の騎士の前まで来た。扉の両側に立っている騎士達に、ロクドトは「やあ」と挨拶した。だが二人の騎士は挨拶を返す代わりに、手に持った細身の剣を扉の前で交差させた。こんな所でもロクドトの嫌われっぷりを見せられる事になるとは……なんて言いたい所だが、明らかに私を睨んでいる。部外者がいるのだから、騎士としては当たり前の仕事をしているだけだ。だが、私は先程アリスに腕を掴まれ鋭い視線を浴びせられたばかりなのもあって、恐怖心が少し蘇った。うう、こんな短時間で二度も……。昨日会った人も乱暴気味だったし、ここの人達嫌いだ……。
「言わなくても分かるだろうが、スティルに会いに来た。ここを通させろ」
そんな私の心境を知ってか知らずか、ロクドトは私を庇うように前に出て言った。
「用件はなんだ」
騎士の一人が、私から視線を外さずに言った。
「コダタが魔王に呪いを掛けられた。その呪いの解き方が分からないから、スティルに相談しに来た。ほら言ったぞ。さっさと通させろ」
ロクドトが簡潔に用件を述べたが、それでも騎士達は動く気配すらない。
「その子は何だ」
もう一人の騎士が厳めしい顔で言った。怖いよぉ……。
「彼女はコダタが呪いを掛けられる所を見ていたそうだ。だから状況説明の為に連れてきた。いいか。ワタシにも解けないような魔王の呪いだぞ。事は急を要するんだ。早く通せ」
やはり騎士達は動かない。実は人間じゃなくて、喋る石像なんじゃないのか?
「ならば貴様が彼女から話を聞いて、それをスティル様に報告すればいいだろう」
と、最初に口を開いた騎士。どうやら私を通す気は毛の先程もないらしい。
「まったく。手間を掛けさせるな」
そう呟くとロクドトは突然振り向き、私の口を抑えて壁際へ押しやり身体が覆い被さる程接近してきた。さっきからずっと恐怖心を抱いていた私は、ロクドトが何故急にこんな事をしてきたのか分からなさすぎて、いよいよ本当に怖くなった。ロクドトは細身ではあるが、男性なので私よりも力が強ければ頭一つ分背も高い。あまりに急すぎて抵抗も何もできず、最早涙目である。
するとロクドトの背後から、ガチャリと重いものが落ちる音がした。その音を聞いたロクドトが私から離れて振り返ると、私の視界にも二人の騎士が倒れているのが見えた。一体全体、この一瞬で何が起きたんだ?
「ああ、その……すまない。キミを怖がらせてしまったな」
私の目線の高さまで腰を屈めたロクドトが、その大きな手を私の顔に近づけてきた。私はびくりと身体を震わせ、その反応を見たロクドトははっとして手を引っ込めた。
「……まぁ、無理もないな。こればかりはワタシが悪い。だがキミに危害を加える気は無かった。と言うより、キミも巻き込ませない為に取った行動なのだ。この馬鹿共がキミを通す気が無い事は目に見えて明らかだった。だから馬鹿共を眠らす為に、睡眠薬を混ぜ込んだ煙幕を投げた。効果範囲は狭いが、万が一キミも吸ってしまったらいけないと思ってこんな事をしてしまった。許せとは言わないが、こうした理由があった事だけは理解してもらいたい」
肩を落とし、元から猫背気味な背をさらに丸くしながら謝ってきた。まだちょっと涙目だし心臓はバクバク鳴っているが、悪気があった訳でも、怖がらせようとしてやった訳でもない事は理解した。だから私はこくりと頷いた。ロクドトは口を何度かパクパクさせてから、消え入るような声で「ありがとう」と言った。感謝の言葉を言い慣れていないんだろう。
倒れた騎士を避け、両開きの扉の片側をロクドトが押し開けると、部屋の中から真っ白い手がぬっと出てき
て、彼の首を掴んだ。
「女の子を怯えさせる奴は入ってくるな」
真っ白な手は、そのままガンガンと何度もロクドトの頭を扉にぶつけた。私の恐怖心が蘇った事は言うまでもないだろう。
呻き声は出せども何故か何の抵抗もしないロクドトの首を白い手がぱっと離すと、ロクドトはその場で崩れ落ち、喉を抑えながらむせ始めた。そんな彼を避けながら、真っ白な腕の人物が私の前に現れた。その人物は、ぞっとする程肌も白ければ髪も純白。踝まで丈のあるワンピースも染み一つない白で、先の丸い可愛らしいパンプスもやはり白。周りに漂う魔力の色も白と、あれこれ白づくめだ。しかし瞳の色と、それに合わせたように胸元にひらめくリボンの色の二ヶ所だけが赤い。その人物は氷の様に冷たい目でロクドトを一瞥したと思ったら、一転して少女のようにあどけない笑顔を私に向けてきた。
「女の子が来るなんてすっごい嬉しい! さあ、入って入って!」
彼女は折れそうな程細い手で私の腕を掴み、気後れする私を無理矢理部屋の中へと誘った。未だに出入り口で蹲っているロクドトに躓かないよう気をつけながら、私は室内に入った。
その部屋は、恐れを抱く程白かった。