スティルが腕を高く上げると、そこだけ天井が吹き飛び、その風の影響で蝋燭に灯っていた火も消えた。穴の開いた天井からは月の光が差し込み、スティルにスポットライトが当たる。月光に照らされたスティルの姿はとても神々しく見える。
「これも」
彼女の美しさに目を奪われていた騎士達が一斉に宙に浮く。
「な、何をしているのだ我が妻よ。君なら魔王の洗脳だって自力で」
「ああ、ごめんなさいカルバス。わたしにはもう魔王に抗う力が無いの。全ての原因は魔王にあるんでしょう? だったら早く魔王を止めて」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、スティルが上げた腕を前に突き出すと、騎士達がカルバス目掛けて飛んでいった。カルバスは咄嗟に魔法の防護壁を作ったが、数が多いのか、それともスティルの力の方が上なのか、防護壁は破られ押しつぶされた。
「この――ッ!」
埋もれながらもカルバスは罵声の言葉をスティルに浴びせた。
「我が妻、我が妻って言っておいて、結局これなんだもん。やっぱり人間の三大欲求って、支配欲、自己顕示欲、攻撃欲の三つだと思うんだよね~」
そう言ってスティルは冷めた目で騎士の塊を見た。その塊はスティルの魔力で固められ、呻き声は聞こえども誰も動けずにいる。
「あの、スティルさん。これ……」
「ん? ああ、大丈夫大丈夫。死んでないから。声もしたでしょ? あ、そっか。翠も一発ぶん殴りたいんだったね」
殴るとは言っていないが、訂正する前にスティルが塊の中からカルバスを引っ張り出した。スティルの魔法でか口は塞がれているが、怒りに満ちた彼の目に射竦められた私は思わず目を伏せた。私がカルバスに一発――どんな方法かはさておき――食らわせられるのだろうか。
「ねえ、ドクズ。お前が勝手に側室だと言ったこの子、お前に言いたい事があるんだって。ね、翠! 言わなきゃいけない事があるんだよね?」
「え、それは……」
そう言ったのはスティル自身ではなかったか? だが……ああ、この神の事だ。あの時点から既にこうなる事を予想していた、と言われても不思議ではない。
「ええ、そうですね。言わなきゃいけない事があります」
男性相手では物理的な力では敵わない。神相手では魔法の力も及ばない。でも言葉なら……!
「私は、お前とは……いや、誰であろうが、絶対に結婚なんかしない」
人差し指を突き付けるように、杖を構える。
「スティルさんも、お前の、誰の、妻でもない」
カルバスとディカニス全員を元の世界に送り返す事をイメージする。
「私も、スティルさんも、洗脳なんかされてない」
双子の神の魔力が体内に流れ込んでくる。
「ディサエルは、魔王なんかじゃない」
私は信じる。
「勝手に決めつけるな」
私はできる。
「魔王が近寄れないようにする? 違う。私達に近寄れなくなるのはお前の方だ! 失せろ!」
杖の先が光を放ち、眩しさに目を細める。白と黒の魔力が迸り、一瞬でモノクロ映像の様な景色になった。力の奔流に飲みこまれそうになるのを必死で堪える。あの双子は何処にこんな力を隠し持っていたんだ?
――嘘ついててごめんね?
――もう少し辛抱してくれ。
そうは言われても。
「うっ……」
強すぎる魔力に押しつぶされそうだ。
膝をつきそうになる私を、後ろからディサエルが支えた。
「お前は大丈夫だ。オレがついてる」
「……うん」
最後のお見舞いとでも言わんばかりに杖の先の光が破裂し、辺り一面を太陽の様な光で満たした。思わず目を閉じたがすぐに光は収まり、恐る恐る目を開くと、カルバスの姿も、騎士達の姿も見えなかった。
「やっ……た……」
一気に気の抜けた私はそのまま崩れ、遠のく意識の奥で私の名前を叫ぶ声が聞こえた。