(わ……ヤバ……)
怒りに任せて魔法を放ってしまったが、まさかここまでなるとは思いもせず、ふと我に返った。今や怒りの感情よりも、自分のした事への驚きが大きい。障害も何も無く真正面に立つカルバスも、驚いた顔をしている。
「キミ意外とやるな」
後ろでロクドトがぼそりと呟いた。
「あ、えと……」
どうしよう。確かに騎士達を押し退けたいとは思ったが、本当にそうなるとは予想していなかった。倒れた騎士達はもう起き上がっているが、ただのか弱い少女だと思っていた人物が実はそれなりの強さを持つ魔法使いだとでも思ったのか、剣の切っ先をこちらに向けて警戒している。マジでどうしよう。
そこへスティルとディサエルが、私にだけ聞こえるような声でこう言ってきた。
「早速願いが一つ叶ったね」
「カルバスに一発食らわせるんだろ? だったらもっと堂々としろよ」
「……!」
願いを何でも聞いてあげる、というのはこういう事か! 今の私はもうディサエルだけでなく、スティルの使徒でもある。それはつまり、スティルにも私の心が読めるという事だ。私が騎士達を押し退けたいと願ったから双子がそれを叶えた。魔法を放ったのは私の意思ではあれど、その魔法に使われた魔力は私のものだけではない。杖の先から始まる魔力の痕跡には、ディサエルとスティルの白黒の魔力も混ざっている。双子が直接攻撃すると大惨事が起きるから、私の願いを叶える、という形で力を使っているという訳だ。最終的にはカルバス他ディカニスのメンバーを元の世界に戻すのだろうが、それまでの間にも私が何か願えばそれを叶える気だ。まったく。この神様達には敵わない。
「我が側室は少々お転婆のようだな。まさか君もそのように強い魔法が使えるとは。だが君のような少女が、魔王の命令により人を傷つけるのはさぞ辛かろう。さあ、こちらに来るがいい! 君の苦しみを取り除いてあげよう!」
カルバスが何かほざいている。それでまた私の怒りが沸々と湧き出てきた。うるさい。私の事を何も知らないくせに、ごちゃごちゃと。だが私はこいつに一発食らわせると願ったんだ。その為にも奴の側に行かねばなるまい。神の加護があろうがなかろうが、それが私の意思である事に変わりはない。ああ、行ってやるさ。お前の元に。
覚悟を決めて一歩踏み出た私の肩を、ディサエルが掴んできた。
「行く必要はない」
――何発でも食らわせてやれ。
口から出た言葉とは裏腹なディサエルの声が、私の脳裏に響いた。驚きはしたが、それをおくびにも出さず私は返した。
「私は行く」
ディサエルが手を離し、私は一歩、また一歩と前に出た。
「そうだ。いいぞ。こちらに来い」
その先ではカルバスが手を広げて待っている。まさかこいつ、私が抱きつくとでも思っているのか? 気持ち悪い。
「翠、待って。わたしも行く」
スティルが私の手を掴んできた。そこから彼女の魔力が流れ込んでくるのを感じ、横を見ると悪巧みを考えている子供の様な笑みで見返してきた。しかしそんな彼女の表情にも気づかず、カルバスは嬉しそうに高笑いした。
「おお、スティル! 我が妻よ! 君も来てくれるのか! こんなに嬉しい事はないぞ! さあ、皆でクリアドラ・シャリムに行こう!」
だからクリアドラ・シャリムって何だ。
剣を構えた騎士達が後ずさりする中、私達は手を繋いだまま歩き、とうとうカルバスの前まで来た。昨日も思ったが、改めて間近で見ると大分背が高い。おまけに派手な鎧を着ているものだから、威圧感も他の騎士より高い。
「よく来てくれた。我が妻スティル、そして我が側室よ。君達はもう安全だ。あの魔王はこの俺が倒してくれよう」
そう言って私達の肩を抱こうとするカルバスの手を、スティルは魔法で、私は杖で叩いて振り払った。
「おい……どうした。何故拒否する。これも魔王のせいか?」
二人共に拒否された事がよっぽどショックだったのか、カルバスは困惑した表情を見せた。
「そうやって何でもかんでも魔王のせいにするの、本当によくないよ。思考停止しすぎ。何処に、誰に原因があるのか考えた事ある?」
真顔でスティルが答えた。
「何を言っているんだ我が妻よ。全ての悪い事は魔王に原因があるのだから、魔王を責めるのは当たり前の事だろう」
「そう。じゃあこれも魔王のせいだね」