「いつまで俺を待たせる気だ⁉ 俺がここにいると分かっていてずっと扉を開けずにいただろう!」
カルバスは苛立ちを隠そうともせずに大声で怒鳴った。
「部下の前でヒステリー起こすの止めた方がいいよー。職場内に怒鳴る人がいると、仕事のパフォーマンスが下がっちゃうんだって。あ、前じゃなくて後ろか」
若干馬鹿にしたような笑い声をスティルが上げた。
「俺は女みたいにヒステリーなんぞ起こさな……おお! これは我が妻、スティルではないか! 忠告ありがとう! 次からは気をつけるとしよう!」
険悪な表情から一転、スティルが言ったのだと分かると急に朗らかな笑みを見せた。反対にスティルの目が据わり、「誰もお前の妻なんかになった覚えは無いっての」と舌打ちを交えて呟き私の背筋を凍らせた。本当に私の願いを聞いてくれるのだろうか……。
だがまたカルバスはすぐに表情を険しくさせた。
「その後ろにいるのはロクドトだな! お前の治癒魔法の腕を見込んでディカニスの一員としてやったのに、魔王に下るとは愚かなり! 度々我が妻の部屋へ訪れていたそうだが、それも魔王の手先として我が妻を洗脳させる為だろう!」
「いや、それは違」
「言い訳を聞く気は無い!」
ロクドトの事だから、言い訳ではなくただ普通に事実を述べようとしたのだろう。だが聞く耳を持たなさそうなカルバスに一喝された。
「そこの君!」
「はい⁉」
カルバスは突然私を指差した。この流れからして私にも何か言ってくるかもしれないとは思ったが、大きな声で呼ばれるとビックリして返事をする声が裏返ってしまった。
「君とは昨日会ったな。何故あの時、本当の事を教えてくれなかったのだ?」
「あ、それは……」
鋭い眼光で射竦められ、言葉が出てこない。そんな私を見てカルバスは、ふ、と口元に笑みを浮かべた。
「見たところ君も魔王の手先のようだが、俺には分かるぞ! 君も魔王に洗脳された被害者なのだろう?」
「……は?」
「今まで怖い思いをしてきただろうが、この俺、カタ神話の最高神であり戦神カルバスが来たからにはもう安心だぞ! 俺の元に来るがいい! 魔王の洗脳を解き、今後一切魔王が近寄れぬよう保護してやろう! それともし君が望むのであれば、君をクリアドラ・シャリムに連れていき、俺の側室にしてやろう! 正室のスティルとはもう知り合っているようだから、共に行けば寂しい思いをする事もないだろう!」
「……」
駄目だ。理解できない。と言うよりも脳が彼の言葉を理解する事を拒んでいる。最初は呆気に取られていたが、だんだんと怒りの感情が湧いてきた。スティルの気持ちがよく分かる。洗脳だの側室だのと勝手に決めつけられて、大人しく黙っていられるか。強大な敵を相手にするのは怖いが、それでも言い返さなければならない。奴の言っている事を否定しなければ、肯定したと受け取られてしまう。
私は大きく息を吸い、声を震わせながらもこう言った。
「私は洗脳されてないし、お前の側室なんかにもならない。スティルさんだってお前の妻じゃない」
この言葉を聞いて、扉を取り囲んでいる騎士達が俄かにざわめきだした。己の神に失礼な口を利かれたのだから、無理も無いだろう。私の知った事ではないが。だがカルバスは動じず、怒るどころか寧ろ悲しむような顔をした。
「ああ、何という事だ。ここまで洗脳が酷いとは。魔王! 我が妻だけでなく、いたいけな少女までも洗脳させるとは非道の極み! 誇り高きディカニスの騎士達よ! 我が妻達を保護し、魔王ディサエルと悪に堕ちたロクドトを捕らえるのだ!」
ここまで言われてはもう我慢できない。迫り来る騎士達を押し退け、自分勝手でわがままな、神を騙るあの男に一発食らわせなければ気が済まない。双子が騎士達と交戦しようと私の前に出てきたが、私は構わず杖を取り出しカルバスのいる方へと向けて叫んだ。
「散れ!」
杖の延長線上にいた騎士達が、まるでモーセの海割りのように横に退けられカルバスへと続く道が出来た。