試しにまずは右隣。これはディサエルの魔力。黒く、凛々しく、何ものにも染まらない強さを感じる魔力。
左隣。スティルの魔力。白く輝く美しさと、掴みどころのない恐ろしさを併せ持つ、絶対的な力を感じさせる魔力。
後方。ロクドトの魔力。初めて彼の魔力を意識してみたが、紫色と、どことなく高貴さとミステリアスさを感じる魔力だ。
さあ、これで練習は終わりだ。扉のあちら側に意識を向けよう。
扉の向こう。沢山の人。魔力が強い人もいれば、弱い人もいる。明るい色、暗い色。薄い色、濃い色。この向こうには誰がいるのか。すぐには分からなかったが、流石にこれだけ考える時間があれば予想はつく。あの中から、その人物を探せばいい。きっと一番強いはずだ。色は分からなくとも、サーモグラフィのようにそこだけ目立って見えるはず……。
「え?」
驚いて私はぱちりと目を開け、手を離した。
「どうした? 大丈夫か?」
ディサエルが心配したように私の顔を覗き込んだ。
「黄色い……」
「黄色って言うより、金色って感じだけどね」
呆れたようにスティルは溜息をついた。
「奴は己を誇示するのが好きだからな」
くだらん。とロクドトが一蹴。
各々の言いたい事も分かるのだが、私が言いたいのはそうじゃない。
「この黄色い魔力の人……昨日会った人だ」
「「「え?」」」
普通の人間社会で暮らしていれば、魔力を帯びた人とすれ違う事は多くない。すれ違っても顔見知りの魔法使いである事が多い。だから昨日は知らない人が魔力を帯びていて気になったし、目の前で見ても大した魔力量ではなかったから手下か何かだろうと思った。
「昨日会ったって、買い物行った時に会ったのが奴だって言うのか?」
「うん」
「翠、あの子に会ってるの?」
「そうみたい、です」
「世間は狭いな」
「ですね……」
この事件、神だ何だと言うから壮大に聞こえるが、関係者全員に既に会っていると思うと一気にスケールダウンした気分だ。
「でも、昨日はこんなに魔力強くなかったのに」
「そりゃ四六時中強い魔力を放ってたら周りに影響出るからな。隠してたんじゃねえか?」
なるほど。神レベルとなると一般の魔法使いとは色々と違うのか。
(あれ? それじゃあもしかして……?)
ふと一つの疑問が浮かんだが、ディサエルの声に遮られ、その疑問は頭の隅へと追いやられた。
「さあ、準備はいいか、翠。これからそいつと再会するぞ。お前は昨日そいつと会った時に、オレの事は知らないと嘘をついたんだろ? その嘘はもう既にバレていると思った方がいい。お前が扉の向こうのそいつに気づいたように、そいつもお前に気づいてる」
「うん」
相手の強さは魔力だけではない。物理的な力も強い事は昨日身をもって知った。これから何が起こるか分からず怖い気もするが、こちらには二柱の神がついているのだ。神の数では負けていない。
「いいぞ、その調子だ。奴を殺す気で行くぞ」
「え、いや、殺すのは、ちょっと……」
やっぱりこっちの神の方が怖いかも。
「あいつも神だから、殺してもちょっとやそっとじゃ死なねぇよ。安心しろ」
「いや待ってよ。怖いよ安心できないよ。もうちょっと穏便にいこうよ。せめてあの人を元の世界に送り返すとかさ」
「なるほど、確かにそうだな。あいつは元々この世界の神でも人間でもない訳だし」
納得した顔で頷くディサエル。一応言っておくが、ここにいる私以外の三人もそれに当てはまるぞ。
「それじゃあ、翠の願いはそれでいい?」
「え?」
願い?
「だってもう翠はわたし達の使徒になったようなものでしょ? だからあなたから信仰心を得るお返しに、あなたの願いを聞いてあげる。いいよね、ディサエル」
「ああ、異論はないぜ」
「え? え?」
急にそんな事を言われると、お願いしますと言っていいものかどうか迷う。するとロクドトが小さく溜息をついた。
「魔王と破壊神の好きなようにやらせるよりは、キミの願いを聞かせる方が、キミが嫌な思いをしなくて済むだろう」
「あ……」
そうか。物騒な事を平気で言うこの二柱の好きにさせたら、きっと惨劇を目撃する事になる。人間に危害を加える事は禁止されているらしいが、この先にいるのは人間ではない。相手も神なのだ。だから遠慮もなく危害を加え、たとえ死なずとも殺すのであろう。だが私が使徒として、相手を殺さずに元居た世界に送り返す事を願えば、見たくないものを見ずに済む。
「そうですね。ありがとうございます、ロクドトさん」
「ふん。礼を言われるような事は何も言ってない」
絶対私にその事を理解させる為に言っただろうに。素直に礼を受け取ればいいものを。
「どういたしまして、って言えばいいだけなのにね」
ふふっ、とスティルが笑い、ロクドトはぷいと顔を背けた。
「願い事が決まった所で、さっさとあいつに会ってやるか。オレ達が立ち話し過ぎて怒ってなきゃいいけどな」
「あはは、それありえるかも。あの子って自分の思い通りにならないのが気に入らないタイプだもんね~。ねえ、翠。あなたの願いは何でも聞いてあげるけど、その前にあの子に言わなきゃいけない事があるんだよね。それまで待っててくれる?」
「? はい」
意味深長なスティルの笑顔に一瞬疑問を抱いた。だが私の願いを聞くと言っているのだから、私の前で惨劇を起こすような真似はしないだろう。そう信じたい。
双子が扉に手を掛け同時に開けると、そこには二十人程の鎧姿の騎士が手に手に剣を持って扉を囲み、その後ろでは、一際目立つ黄金色の鎧を着て黄色……否、金色の魔力を周囲に漂わせる白人金髪碧眼の美丈夫――カルバスが、腕を組んで仁王立ちしていた。
「遅いッ‼」
「「「「……」」」」
怒られた。